ブラックガイド

マスターキー

番外編 ブラックガイド

 「例のデータだ。扱いには気をつけろよ。」  

 

 「助かるよ。いや〜、黒い業界から表社会を良き方向へと導くブラックガイド。大抵こういうやつはすぐくたばるもんだが、あんたはすごいねぇ。一体どんな訓練を積んだんだか。」


 「何もしてないさ。この業界が俺にあってたってだけだ。さ、とっとと失せな。誰かに見つかったらお互いまずい。」


 「そうだな。じゃ、また頼むぜ。」


 男の名前は「ブラックガイド」。だがこれはコードネームで、本名は誰も知らない。

 彼がなぜ裏社会の人間になったのか。それは彼の生い立ちにある。

 

 彼の親は、自分の子を子と思わぬ大人だった。まだ3才の息子を置いて街へ出かけることはしょっちゅうで、たまに家にいるときですら、彼にはまともな食事すら食べさせず、自分の私腹を肥やすことだけに集中していた。そんな大人のもとに育った彼は、次第に何も感じない人間へと成長していった。


 だが12歳のとき、彼は運命の出会いをすることになる。

 ある日彼は、裏路地で1人のホームレスに出会った。そのホームレスは、普通の子どもなら本来学校へ行っている時間に1人でいる彼を不思議に思い、声をかけたのだ。そのホームレスは優しかった。なけなしの金で腹を空かせている彼に食事を与え、勉強や教養など、様々なことを教えた。その時彼は、初めて「優しさ」を知ったのである。


 だが、その日々も終わりを告げる。ある日を境に、そのホームレスは姿を消した。何が起きたのか。彼は自然と、その理由を理解した。だが彼の中で、ホームレスに教えてもらったことは死せることなく生きていた。


 時は経ち、彼は大人になった。家を出て、必死に勉強した彼は、賢く、良き青年へと成長し、ついには普通に生きてきた人以上の企業へと就職した。これで幸せになれると彼は思った。しかし、彼は気づいてしまう。この世の中のからくりに。


 優しい人間などいなかった。皆金のために生き、そのためなら平気で人を貶める。貪欲な人間は生き、彼に様々なことを教えてくれたあのホームレスのような優しい人間は、社会から跳ね飛ばされる。彼は絶望した。

 

 そして彼は、闇の業界で暗躍するようになった。裏から手を伸ばし、本当に優しい人間がまっとうな人生を送れるような社会にするために。

 

 彼は、格闘、頭脳、全てにおいて超一流となり、どんな機密情報であろうと3日もあれば入手してしまうほどにまでなった。そして、多くの企業を潰した。そして次第に、「ブラックガイド」という呼び名がつけられることになる。


 「こんな仕事をしてりゃあ、金も貯まるものだな。そろそろ何かに使ってもいい。」


 「帰ったぞ、翔子」

 

 「お帰り。結構早かったね。」

 

 「先方が常連だったからな。スムーズにやり取りが済んだんだ。」


 彼には結婚を間近に控えた「翔子」という交際相手がいた。

 

彼女にもまた、生まれたときから幸せというものはなかった。

 

 幼いときからの家庭内暴力…孤独…まさに、絶望としか言いようのない人生を送っていた。

 

 だがある日、彼に出会い、彼女は「幸せ」というものを初めて知ることになる。その時すでに、彼は裏社会の人間となっていたが、他の人とは違う、本当の優しさを持つ彼に惹かれたのである。

 

 彼女はごく普通の優しい女性で、他のゴミ連中のように、金や酒、薬物に溺れるような、腐った精神は持っていなかった。


 「いよいよ来月だな…結婚式。」


 「そうだね。楽しみ。」


 「その前に、1つビッグな仕事を終わらせなきゃな。」


 「また大きな仕事引き受けたの?」


 「あぁ…今回はとびきりでかい依頼だ。あの金融グループを消す。」


 「ちょっとまって!あのグループは相当大きいわよ!?そんなの…危険すぎる…」


 「たしかに危険な依頼だ。でも俺はブラックガイドだぞ?そんな簡単にやられはしないさ。」


 「そうだけど…」


 「安心しろ。絶対に死んだりしないから。」


 「わかった。でも本当に気をつけてね。」


 「ああ。」



 2日後、彼はグループへ乗り込んだ。持ち前の話術や戦闘スキルを活かし、グループの機密情報を盗み出した。

 

 後をつけられていたらまずいので、彼は一晩身を隠し、早朝、日が昇る前に家へと戻った。


 「翔子〜戻ったぞ〜!翔子〜」


 翔子からの反応はなかった。ただただその名を呼ぶ声が静けさに溶け込んでゆくだけだある。


 「翔子?おかしいな…いつもなら家にいる時間帯だが…ん?」


 その時、彼は見つけた。リビングに横たわる、自分が愛した女性の姿を。彼女は、光のように白いブラウスの左胸を黒く染め、体を冷たくしていた。彼女は…死んでいた。

 「翔子!どうして!翔子!起きてくれよ!うわぁぁぁぁぁあ!」


 彼の叫びが、昇りゆく朝日より早く、まだ暗い空を突いたが、無情にも、この凄惨な事実は変わらない。彼の心が、日に照らされることはなかった。


 確信はあった。彼女を殺したのは例のグループの者だと。そして、彼の実力を知ってなお彼の家に乗り込んで張り合えると踏んだ人物だと。それはグループのトップしかいないと。

 

 トップは私欲を最優先する男で、その性格によって数々の企業を取り込み、社会の頂点と言っていいほどの地位へと上り詰めたカスだった。

 

 彼の行動は早かった。あらゆる状況を想定し、彼は準備を整えた。


 その晩、彼はグループへ乗り込んだ。迷いのないその動きで待ち構える敵を次々と圧倒し、トップがいるビルの最上階へ一気に駆け上がった。


 彼がついたとき、トップは一人だった。まるでこうなることが分かっていたかのように落ち着いて彼を待っていた。


 「来たね、ブラックガイド。」


 「てめぇだろ、翔子を殺したのは…」


 「あぁそうだ。君を直々に殺すつもりだったんだが、いなかったから彼女を殺しておいた。そうすれば君の方から来てくれるだろうしね。」


 「ふざけるんじゃねぇ!翔子は何もしてない。情報ならは俺が持ってるんだから俺だけを狙えばよかったのに!」


 「うるさいぞ。少し落ち着け。」


 「できるかぁ!」


 鋭いストレート、サマーソルト、次々と攻撃が飛び交う。だが、お互い手練なため、決着つかないまま30分が経った。


 「…!」


 「流石はブラックガイド。簡単には倒せんか。」


 「てめぇもだ…だがてめぇと俺とじゃ覚悟が違う。俺は死んででもお前を殺しに来た。死んででもな…」


 「ブラックガイド…お前、まさか!」


 彼はスイッチを押した。激しい爆音とともにグループの本拠地であるビルは崩壊した。


 「お互い地獄行きだな…ま、上等だ。」


 「貴様!ふざけるな!私はまだ…私はまだ、死ぬべき存在ではぁぁぁ!」


 そして彼らは、ビルとともに地に落ちた。


 目を開けると、そこはあの世だった。振り分け所で彼は地獄へ落ち、それから過酷な日々を送っていた。


 そんなある日、彼は数日前までとあるレースが行われていたこと、そして、優勝者は1日現世へ蘇れることを知る。

 

 彼から血の気が引いた。もしあのトップが参加し、蘇ってしまえば、またあのグループが悪事の限りを尽してしまう。あのトップは、それができるほどの力を持っている。彼は思った。やつを1日たりとも蘇らせてはならないと。殺された、翔子のためにも。

 

 3年という時間を費やし、彼はそのレースやあの世のあれこれについて調べ上げた。

 もちろん毎回レースに参加し、参加者を観察した。だが、やつは参加していなかった。

 

 そして彼は4回目となるレースに参加した。やつを、1位にさせないために。

 

 これが、案崎内樹が、林走太とレースに参加するまでの経緯である。


 


 

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