第87話「凶弾」
「ベ、ベリル……」
ジェイドが身を起こす。
「ごらっ!」
「うわ」
鞭使いの海賊がジェイドの肩を蹴り上げた。そのはずみで、少年の右袖から何かが覗いた。キラキラと輝いている。
「……ん? おいおい、こりゃ驚いた」
それは柄にダイヤがついたダガーだった。
震える手で、ジェイドがそのダガーを握る。這うようにしてベリルのところへ進もうとする。
「ベリル、今助けに……」
「自分の心配でもして、なっ!」
「ぐっ!」
鞭使いの海賊が、ジェイドの右手を踏みつける。ジェイドが痛みでダガーを手放すと、それを奪って逆手に持った。
「フン! やっぱり、お前は油断ならねぇな……。それじゃあな、薄汚れた子ネズミ」
ダガーを振り下ろす。
「待て」
悪魔が、ジェイドへのトドメを止めた。
「なにをしているのだ? 訊いていなかったのか? 殺すな、と」
威圧感のある静かな声で、悪魔は、鞭使いの海賊と船大工の手下を見た。
「ふたりをこっちへ連れて来るのだ」
鞭使いの海賊と船大工の手下は、ジェイドとベリルから武器を奪うと、無理やり立たせ、悪魔の前に連れてくる。
「君の希望を、頂くことにしよう」
革袋を抱えるクリードに笑いかけると、悪魔は、銃器室長から銃を借りた。振り向きざまに、引き金を引く。
ドン……ッ!!
銃声が響き、ベリルの身体がぐらついた。
「!!」
ジェイドは弟が倒れる様を、なす術なく見ていた。
ベリルが撃たれた。肩から血があふれだす。
「ベリル!!」
悪魔の長い腕がのびて、ベリルをつかんだ。ベリルは抵抗してもがくが、軽々と後ろに放り投げられる。
悪魔は、地面に転がるベリルの身体に足を置いて、転がすようにもてあそんだ。
「そう言えば、話しが途中で終わっていたな。そろそろ結論を出してもらおう。ジェイド君、そしてベリル君。その名を捨て、我が船に乗るのだ」
悪魔は言った。琥珀色の瞳は、まっすぐにジェイドを捕らえて逃がさない。
「わたしは、ほしい魂は必ず手に入れる。わたしは、本気だ。お前たちがほしい。わたしと契約し、わたしの船に乗るのだ」
「――――!!」
ジェイドは、言葉が出なかった。
「あまり時間はないぞ? ん? ベリル君は、致命傷ではないが、このままでは死ぬのだろうな。いやいや、そうだ! 我が船には船医がいた。ん? だが、待てよ。どこかのだれかが、灰にしてしまったのだったな。
ならば、今から地上に降りて医者に診てもらおうか? ……う~ん、だがその前に血を流しすぎで手遅れになるかもしれぬ……」
あれやこれや思案気に顔をめぐらせて、その顔は、またジェイドにもどってきた。
「さあ。どうする? 永遠の船の旅人というのも楽しいかもしれぬぞ? どの道、お前たちに帰る場所などないのだからな」
「…………」
地面に目を落とし、そしてジェイドはゆっくりと顔を上げた。
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