第86話「ベリルの孤独な闘い」

「もう我慢ならねぇ! 殺せっ!」


 甲板長が海賊たちに怒鳴る。みな一斉にカトラスを抜き放ち、腰から銃を抜いた。


「おい! 船長でもないのに命令するな!」


 大尉が一喝する。


「殺さず、生け捕りにしろ」


 悪魔はそう言って、甲板長の命令を修正した。


「おいガキども。この人数相手に勝てると思っているのか?」


 甲板長は、ジェイドとベリルに詰め寄った。


「勝算は、あるよ」


 ベリルはそう言うと、近くにいた子どものひとりを強引に引っ張った。みんなロープでつながれているので、つられて、ほかの子どもも引き寄せられる。ベリルの前に子どもたちが集まった。

 ベリルは笑ってみせた。


「撃ちたきゃ、ご自由に。でも、このままじゃあ、せっかく生け贄にしようとしてる子どもたちにも当たっちゃうかもな~」


 ベリルは、子どもたちを盾にしたのだ。


「儀式の前に死なれちゃあ、命を吸い取れない、でしょ……? さあ、どうする?」


 ベリルはそう言って、子どもの盾ごしに、海賊と対峙する。


「ちっ! 相変わらず悪知恵の働くガキだ……!」


 甲板長が舌打ちする。忌々しそうにジェイドを見た。当然、これはジェイドの策略だと思ったのだ。しかし、あの威勢の良かった少年は、手枷を解かれているものの、手足をだらんとさせてただ立っているだけだった。その顔に、あの生意気さがなくなっていた。


 なんだ? あのガキ……?


「どうするだとぉ? お前たちこそどうするつもりなのだ? ここは逃げ場のない空の上、審判の島だぞ?」


 銃器室長が不敵に笑い、一歩踏み出す。


「そうだ、そうだ。どう足掻いても逃げられない。ベロベロ~」


 海賊の一人が、舌を出し、降参のポーズをしておちょくった。


「このまま黙って命を吸い取られて、お前たちの一部になるよりかはマシさ」


 そう言うと、ベリルはクリードを見た。


「クリード! それ、ちゃんと守っていてね。間違っても捨てちゃだめだよ? 悪魔を封じることができる切り札だからね」


 ベリルはそう言うなり、足元の黒い石を海賊に向かって投げつけた。


「痛っ!? なにしやがる」


 ベリルは、地面の石を手あたり次第つかんでは海賊に投げつける。


「うおぉぉっ!!」


 唸り声と共に、風を切る音がベリルの耳に届いた。


 ドガ──!!


 ベリルの足元に、大きなハンマーが叩きつけられ丸い石が弾け飛ぶ。


「くっ!」


 ベリルは思わず顔を腕でガードした。気づくと、ベリルの前に海賊が一人仁王立ちしていた。肩に大きな木製のハンマーを担いで、ベリルを見下している。


「あの時は、よくもだまし討ち食らわせてくれたな。おかげで鼻が曲がったぜ? 覚悟しろ。今度は、お前の頭を叩き潰してやるからな」


 捕虜牢でベリルにやられた船大工の手下だった。


 バシュ──ンッ!!


 続けざまに、なにかがしなり、ジェイドの足元に打ちつけられた。


「!?」


 ベリルが見やると、長い鞭を手にした海賊がジェイドを睨んでいた。


「俺も足を刺されたお礼を、たっぷりとさせてもらうからなぁ……!!」


 ジェイドに足を刺された例の海賊であった。その濁った瞳に、憎しみの炎を燃え上がらせている。


「おいおい。ふたりとも、やりすぎるなよ」


 大尉が肩をすくめた。


「わかってますよ。でも、骨を砕くくらいでは死なんでしょう? そのくらいは楽しませてもらいますよ」

「俺も、この鞭で全身の肉を削ぎ落すくらいしなけりゃ気が済まねぇ!!」


 船大工の手下と足刺されの海賊は、そう言って息巻いた。


「俺はな、もともと鞭使いなんだ。これさえありゃ、元々お前みたいなガキに負けたりしねぇんだ! ずたずたに引き裂いてやる!!」


 鞭使いの海賊が、そう言って鞭をかまえた。


「……!」


 風を切って鞭の先端がジェイドを襲う。


「っ!」


 したたかにジェイドの足を打ちつけた。痛烈な痛みが走り、ジェイドは地面に尻もちをつくように転んだ。


「なんだ? もう終わりか、あぁ!?」

「……」

「ちょっと待て。おいおい、このガキ……」


 ジェイドの変化が気になっていた甲板長が声を上げた。


「やっぱりそうだ! 威勢の良かったこのガキ、完全に折れちまってる。もう抵抗する気もねぇぞ」


 甲板長がそう言って笑った。


「あぁ?」


 鞭使いの海賊がジェイドの胸ぐらをつかむ。ジェイドに顔を近づけた。ジェイドは、目を陰らせると顔を背けた。


「チッ! ……んだよ、当に挫かれてんじゃねぇか。ガキが!」


 そう言うと、ジェイドを殴り飛ばした。


「うっ……!」


 ジェイドはよろけて背中から倒れた。すぐ近くにいた子どもたちがジェイドの周りに集まる。牢の中で、あれだけ頼もしかった存在は今は見る影もなかった。


「ジェイド!」


 兄を心配した弟の声がジェイドの耳に届く。ベリルが走り寄って来た。


「あ、ベリ……」


 ベリルの背後にハンマーを構えた船大工の手下が見えて、ジェイドは声を漏らした。


「よそ見すんなっ!!」


 ドゴッ!!


「うぐぅ!!」


 横っ腹を殴りつけられて、ジェイドの目の前でベリルは吹き飛び地面を転がった。


「ベ、ベリル……」


「ぐ……。ジ、ェイド」


 震えながら、ベリルはかろうじて顔だけ起こし、兄を見やった。

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