第85話「最後の抵抗」

「思いつきで行動をする者は軽薄で嫌いだ。しかし時には、そんな愚かな行為をあえておかすのも、一興かもしれんな」


 そう言うと、悪魔はジェイドとベリルを見て、ついでその目をクリードに向けた。


「さ、クリード君、聞き分けの良い子よ、こっちへ」


 そう言われて、おずおずとクリードが前に出て来る。顔は怯え切って背は丸まっていた。


「君は良い子だから、ロープで縛られていないんだよ? ん? 分かっているね?」


 そう言って、クリードを地獄の門の前まで案内する。


「ひとつ、試してみようじゃないか。ここからクリスタルの瓶を投げ捨てるとどうなるのか……。悪しき魂を焼き尽くす地獄の業火をもってすれば、クリスタルも破壊できるのか。それとも、地獄の力さえも跳ね返すのか」


 悪魔がクリードに向き直る。


「さ。首にかけているクリスタルを門の中に投げ入れるのだ」


 悪魔が、クリードに優しくささやく。

 クリードは、助けを求めるようにジェイドとベリルの顔を見やった。


 どうすればいいかわからず、クリードは、取りあえず首から袋を外した。胸の前で抱きしめる。


「重かっただろう? どうした? 早く投げ入るんだ」


 クリードは、周囲にも聞こえるほどに短い呼吸を繰り返しながら、それでも首を横に振った。


「なぜだい? 難しいことではないだろう?」


 悪魔がささやく。

 でも、さっきベリルが言っていたのだ。


『これは特別なクリスタルなんだ。あの悪魔も海賊たちも、これを怖がってる』


 と言うことは、これを捨てるのは危険な行為なのだ。


 悪魔は、このクリスタルが怖い。だから捨てさせようとしているに違いない。じゃあ、これは必要なものだ。捨ててはいけないものだ。


 悪魔にどう言われても、クリードは、首を縦には降らなかった。彼のへの字口は、今さらにその角度を鋭くしていた。


「いい加減にしろっ! 早く捨てろって言ってるんだ!」


 酒瓶を持った海賊が、イラついて急に怒鳴った。ビクリと身を縮こまらせ、クリードが下に袋を落とした。地獄の門のふちに、袋が転がる。


「だめっ!」

「……!」


 思わず、ベリルが前のめりに叫ぶ。ジェイドも黙って見ていた。


「こらこら。脅しは、愚劣な者がするおこないだぞ」


 悪魔が、酒瓶の海賊をたしなめる。


「まったくだ、コラ!」

「船長、すいやせん、コラ!」


 近くにいた骨つきチキンの海賊とランプの海賊が、手にしている骨つきチキンとランプで、酒瓶の海賊の頭をたたいた。ふたりは、偉そうな酒瓶の海賊に一発喰らわせられて、してやったりと笑った。


「さ、拾って。もう一度だ」


 悪魔に言われて、クリードは袋を拾った。

 もうこの緊張に耐えられなくなったクリードは、頭が回らなくなってきた。楽になりたくて門のふちに近づく。海賊たちの視線は、熱を帯び、地獄の穴に腕をのばそうとするクリードにそそがれた。


「うぐ!?」


 背後から、くもった声がした。

 骨つきチキンの海賊が、膝から崩れ落ちていた。足もとに、ほどけたロープが落ちている。


 気を抜いた一瞬のことだった。ベリルが、海賊たちの前に躍り出る。その手には、美しいナイフが握られていた。


 海賊たちは、なにが起きたか分からず身を固めた。


「ジェイドも早く!!」


 ジェイドは突っ立ったままだ。それを見かねて、ベリルはジェイドに近づくと、彼の手枷もナイフで切り裂いた。


「いつの間にっ!」

「こいつらっ! 最後の最後まで!」


 銃器室長が銃を引き抜く。甲板長が、いまいましげに舌打ちする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る