第61話「クリスタルと悪魔」
「こちらこそ。俺はジェイド」
手かせを解くときもそうだったが、スピネルは、突拍子もない行動をするというか、ためらいの少ない人間のようだ。
ジェイドはそう感じた。
「僕はベリル。僕らは兄弟なんだ。こっちも助かったよ。みんなもありがとう」
取り囲む子どもたちを見まわして、ベリルはほほえんだ。
「ふたりとも、ずっと船に隠れていたの?」
「ああ。俺たちは船乗りなんだ。乗っていた商船がやつらに襲撃されて、積み荷の中に隠れてたんだけど、その積み荷ごと海賊船に運び込まれちまった。だから、船から脱出するために、あっちこっち探索してたんだ」
スピネルにたずねられて、ジェイドがうなずく。ベリルは、手短にこれまでのことを話した。
「……そんなわけで、僕らはクリスタルの瓶が脱出の鍵になるって考えて船長室を目指してたんだ。仮に瓶が見つからなくても、船長日誌に脱出の手がかりが書いてあるかもって。けど、その途中で見つかっちゃったってわけ」
「なにかが入っていたクリスタルの瓶に、子どもを使った儀式……」
話しを聞き終えたスピネルは、そうつぶやいた。なんだか、顔色が優れない。聞いていた子どもたちも不安げだった。
「そして、新しくわかったこともある。信じられない話だけど、こいつの話しぶりからすると、瓶に入っていたのは、悪魔ってことじゃないかな」
ベリルは、大工長のなれの果てを見やってそう言った。
「『あの方は、名前を恐れる』って、そうも言っていたな。あの方ってのが悪魔というわけか……」
ジェイドが弟を見やる。
「捕まる前に、俺は船長に会った。そいつも言っていた。名前を捨てろって」
「船長に? どんなやつだった?」
「最初はたんなるデブ船長と思ったが、多分やつには秘密がある。ただの船長じゃない。やつが現れると、海賊たちはみんな怯えた様子だった。船長の正体が悪魔って可能性もなくはないな」
「悪魔は、なんで名前を恐れるんだろうね?」
ジェイドとベリルとスピネルは、互いの顔を見合った。
まだ謎は残っているが、どうやらクリスタルの瓶と悪魔の名前というのが、ここから脱出するための重要な手がかりとなりそうだ。
「訊いて! わたしの村が襲われたんだ!」
三人が黙っていると、急に女の子がしゃべりだした。
「空一面真っ黒でね。でも、ぽっかりと丸い穴が開いてた。そこから月が見えてたんだ。ハチミツみたいな変な月だった。それでね。その雲の穴から、船が出てきたんだ。あいつら、村の家畜と子どもたちを集めてね。全員ここに連れて来られたんだ。わたしんちの牛は、タコのエサにするんだって言ってた」
「タコ?」
ジェイドは、首をかしげた。
「訊いて! ボクはね――」
「アタシは――」
どうやら、みんなも話したくてうずうずしているようだ。これまでの怖かった出来事をだれかに伝えて、全部吐き出したい。そんな様子だ。小さな子どもたちが、我先にとしゃべりだす。
「ちょ、ちょ、ちょっと待った! すまないが、のんびりとおしゃべりはしてられないぜ」
ジェイドは、両手を動かして子どもたちをなだめる。
「みんな、いろんな町や村からさらわれたんだよ。島育ちの子もいる。あいつら、夜中に空から襲ってきたんだ」
悔しそうな表情でスピネルは言った。どうやら彼女は、牢の中でいろんな子どもから話を聞いているようだった。
子どもたちの服装を見ると、まさしくそんな感じだった。スピネルは木綿のドレスに素足だし、ほかの子どもたちも、長そでのワンピースだったり、木綿のシャツとズボンという寝間着姿がほとんどなのだ。足も素足が多く、履いていても靴下くらいだった。
「そして、ここにいる子たちはみんな
「「えっ!?」」
「
驚くジェイドとベリルを見て、スピネルが問うように瞳を瞬かせる。
「うん、そうだよ。僕らは、ラ・ブランシュって町の出身だけどね」
「ラ・ブランシュって、白亜の港町ラ・ブランシュね? 知ってるよ、夕日に染められる街並みが美しいって有名だもんね」
「スピネルも、もしかしてフラバルト王国に?」
「うん、王都東部、グラン・テスト地方にあるルーブって町よ。わたしは、そこにある領主さまのお屋敷で住み込みで働いてるんだ」
「そっか」
「しかし、どういうことだ?」
ジェイドがいぶかしげに首をひねる。
「途中で会ったおっさんもペレグリンだった」
「あなたたちが会ったって言うクリードさんね?」
「うん。集められているのは、ペレグリン……、つまりヘリオドールの子どもたちってことになる。なんでなんだろう?」
「ねえねえ、お姉ちゃん」
一人の男の子がスピネルのスカートの裾を引っ張った。
「早くここから逃げようよ。また悪い海賊たちが来ちゃうから」
「確かに、そうだね」
ジェイドも肩をすくめる。
「今は取りあえず、目前の課題を解決するのが優先だな」
「うん。逃げ出した手下が仲間を呼んでくる前にね」
「そうだよ。それに、早くほかの子たちも助けてあげてよ」
さっきの女の子が、そう言って奥の部屋を指さす。
「全員を解放したわけじゃないの?」
ベリルは驚いた。目を丸くしてジェイドを見る。
こっちだ。
あごをしゃくると、ジェイドは、ランタンをひっつかみ、奥の部屋に入っていった。ベリルとスピネルも子どもたちと一緒にあとに続く。
牢の中を見やって、ベリルは驚いた。まだ三十人近くの子どもたちが、そこにいたのだ。おびえた様子でこちらを見あげている。足のロープもそのままだった。
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