第51話「赤い髪と瞳の少女」

「楽しかったぞ、子ネズミ。それじゃあな」


 足刺されの海賊が、ジェイドを見下して笑った。


「ちょいと、せめて手は外してくれよ。これじゃあ、痒いところも掻けないぜ」


 身を起こしながら、ジェイドがそう言ったが、海賊たちはそのまま引き上げていった。


 ジェイドを連行してきた海賊たちは部屋から出て行き、前の部屋には、また見張りの大工長とその手下のふたりだけになった。


「それじゃあ、賭けの続きといきましょうか」


 手下は、酔ってよろよろと歩くとイスに腰かけた。


「王冠と碇も飽きたな。次はポーカーといくか?」


 大工長がそう言う。


「いいんですかい? でも私が勝ったら足元のそれ、わたしに下さいよ。大事にしてる銀の手斧」

「ああ、いいさ。でも、俺が勝ったら、代わりに甲板掃除一週間だぞ?」


 大工長と手下は、そう言いながら、またギャンブルをはじめた。もう捕虜牢の子どものことなど頭にないといった感じである。


 大きな窓からその様子を見やると(と言っても床に座った状態では手下の顔くらいしか見えないのだが)、ジェイドはおもむろに、もぞもぞと動き出した。


 大きな新入りが、なにも言わずに、ごそごそやっているから、子どもたちは隣どうしで、ごにょごにょとしゃべりはじめる。


「ねえ、ちょっと。だいじょうぶ?」


 ジェイドのすぐ近くにいたひとりが、そう訊きながらジェイドの肩をたたく。

 赤い髪と同じく赤い瞳の女の子だった。歳は、ベリルと同じか少し上くらいに見えた。でも、牢の中にいる子どもの中では一番年上のようだ。


 問いかけられたジェイドは、振り向くと人さし指を口に当てて、その女の子にも、うしろの子どもたちにも、しーっと合図した。


 そして、窓の奥を気にしながらも、口をもごもごとやり出した。なにをしているのか、子どもたちは興味津々で、ジェイドに近寄ってくる。


 やがてジェイドは、イーッ、と歯をむき出しにして舌と歯でなにかを動かした。なにか白いものをかんでいる。指先でつまむと、ゆっくりとそれを引っ張った。


 にゅるにゅる~っと、細長いなにかが口の中、というより喉の奥からのびてくる。見ていた子どもたちはびっくりした。

 それは紐だった。そして、紐の先端には、粘土でできた細長いものがくっついていた。


「けほ、けほ……」


 全部を喉の奥から引っ張り出したジェイドが、小さく咳をする。


 ジェイドの口に鉄の味が広がる。


「すごい」


 小さな男の子がそう言った。


「でも、きたない」


 紐に絡むだ液やらタンやらを見て、小さな女の子が口をゆがませた。


 ジェイドが、また口に指をあてた。

 歯を使って粘土をはがしていく。中から出てきたのは、あの手術ナイフだった。実はこれは粘土ではない。粘土のように見えるのは、持っていたミントガムだ。それを噛んで柔らかくし、刃を包んでいたのだ。紐は、当然、ロープを分解して作っていたものだ。


 サーカスの曲芸で剣呑みというのがあるが、こんなに小さなナイフでも刃をむき出しのまま激しく動き回ったら喉がズタボロになる。そこでガムでコーティングをしたのだ。そこに紐を結んで飲み込み、紐の端を歯に引っ掛けていたというわけだ。


 ジェイドは、子どもたちを見やった。


 ジェイドが次になにをはじめるのか若干わくわくして見守っている子が何人かいた。這うように寄ってきたり、うしろから首をのばしている子もいる。


 だが多くの子どもは、疲れたようにぐったりしたり、先ほどから黙ったまま怯え続けている。死んだような顔の海賊に捕まり、こんな牢屋に押し込められているのだから無理はない。一番年上っぽい、赤い髪の少女だけは、冷静な目でジェイドを見ていた。

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