第46話「海賊船長」

 海賊たちの顔色が変わる。海兵隊長も、ほかの海賊たち同様に一点を見つめていた。その視線をなぞって、ジェイドも顔を向ける。


 船長室の扉が開いていた。


 どしぃ、どしぃ……。


暗がりから鈍重な足音が近づいてくる。


 月明かりの下に出てきたのは、ずんぐりと太った小柄な男だった。


「せ、船長……」


 海賊が、ぼそりとそう言った。


 こいつが、船長なのか?


 ゆっくりと海賊船長が、ジェイドの目の前までやって来る。


 海賊たちの空気が張り詰めている。ジェイドには、どこか怯えているように見えた。だが、目の前の男に、ジェイドはさほど恐怖は感じなかった。


 船長は、光沢のある紫色のビロードのコートを身にまとっていた。立派なのはそれぐらいで、その品のあるコートも、ずんぐりした彼には似合っていない。なにより、背が足りなくて、ずるずると引きずっている始末だ。


 ジェイドは拍子抜けした。もっと海賊の船長然とした風格を兼ね備えた人物かと思っていたが、違ったようだ。彼の姿は、言葉通り、身の丈に合わないものを着飾って浮かれているような、底の浅い人間のように思われた。


「あんたが、船長?」


 ジェイドは、どこか見下したようにそう言った。


「名前は何と言う?」


 船長は、ジェイドの質問を無視し、短く低い声で訊き返した。


「俺が質問してんだけど?」

「てめぇ、なんて口ききやがる!」


 海賊たちがわめきたてる。甲板長が、ジェイドの髪をつかみ、力任せに後ろに引いた。


「痛っ!!」

「オラ! 早く答えないか!」


「やめろ」


 船長の言葉で、甲板長はすぐにジェイドから手を放した。


「少年よ、名前くらいあるんだろ? ん?」

「……ジェイド」

「ジェイド、なんだ? ジェイド何と言う?」

「なんでフルネームを言わなきゃならないんだよ? だいたい知りたいんなら、まずは自分から名乗ったらどうなんだ、船長さんよ?」


 パン──!!


 いきなり平手打ちを喰らって、ジェイドはよろけた。左の頬がビリビリとしている。ジェイドが甲板長を睨む。


「いきなり何すんだ、この野郎!」

「いいかげんにしろ」と、甲板長がすごむ。

「名乗れ。お前のためだぞ」と、鋭い眼光で海兵隊長もつづけた。

「ジェイド・RS・ロードストーン」

「ロードストーンか……。ジェイドよ、お前が船医を殺ったのは本当か?」


 船長がそう訊いてくる。


「ああ」

「今宵襲った商船では、何をしていたのだ?」

「船乗り」


 ジェイドがそこまで言うと、船長は顔を近づけてジェイドの顔を覗き込んだ。ジェイドは、渋い顔をして顔をそらした。


「……見込みがあるな。なあ、ジェイド。俺たちの仲間にならないか? この船の船員になれ」

「船長!?」


 海兵隊長が、らしくない戸惑った声を漏らす。周囲の海賊たちもたじろいだ。


「海賊に? なんだい、俺をスカウトしようってのか?」

「ああ。船員は多いほうがいいからな。お前のような生きのいいのが欲しいんだ、ジェイドよ」

「生きのいいのねえ、確かに……。実際んとこ、息してるかどうかもわからねぇのが多いからな」

「また減らず口をっ!!」


 甲板長が、再びジェイドに平手打ちを喰らわそうと手を挙げる。船長が、手を軽く上げてそれを制止した。


 船長は、重い身体を引きずるように甲板の縁まで歩いていった。手すりに手をかける。海賊たちに背を押されて、ジェイドも甲板の縁まで歩かされた。半ば強制的に、船長の隣に立った。


「どうだ? 見事な景色だろう?」


 船長は、ジェイドの肩に手を回すと雲海を見つめて手を広げる。


「我々は、常に夜に向かって航海をしている。多くはこの雲海の上にいるが。時折、地上に降りて、商船や町を襲い、食い物を奪う。毎日というわけにはいかないが、時には贅沢だってできるぞ。酒もたらふく飲める。ああ、お前はまだ子どもだったな。が、しかし、別に構いはしないさ。我々は海賊なんだからな」

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