モノクロ世界に君を想う。

海鼠さてらいと。

これは私の最後の記憶

私は意識が戻る。


視界の先にいつもどうり……あの場所が見える。


丘の上から見る夕日…今まで何度見た光景だろう。私はその光景が大好きで、部活帰りにいつも丘まで登って眺めていた。


私にとって思い出の場所。ある日、ここで付き合って半年になる彼に告白された。


.......私はそれを何度も体験してる。


私の口が彼の唇で塞がれる。


それは本来ならば、人生最高に幸せな時の筈だった。


でも、私はもう理解り切っている。


これは、ただの妄想上での体験なんだ。


最初で最後だった、あの時の1回を除いては。


もう…これで何回目だろう。




ーーーーーーーー

とある日の放課後、部活帰りの私はいつもどうり丘へと上り、夕日を眺めていた。これは最早、最近の日課になってしまっている。

「綺麗だな…」

大きな空をオレンジをぶちまけたような色に染めながら、キラキラと輝いている夕日は毎日見ていても飽きない。私が夕日を見ないの日なんてのは、せいぜい雨天で見れない時ぐらいだ。ここで夕日を眺めていたら、何だか嫌な事全て忘れられる気がする。私は暫く無心になって空を見上げていた。

「あ…もうこんな時間…」

いつまでここに居ただろう?気づけば夕日が沈みかかり、門限の時間が迫ってきていた。オレンジは濃い色になり、遠くの方は既に夜の色に侵食されている。急がなきゃ、私は腰を上げる。その時、背後に誰かの気配を感じた。私はすぐに感づく。

「あれ、レイヤ?」

「ばれたか」

そう言って気配の主は私の前に現れた。私の予想通り、そこには付き合って半年になる彼氏、レイヤが居た。私の顔が熱くなる。

「どうしてここに?」

彼には私がここにいる事を伝えてなかったはずなのにな。そう思っているとレイヤは笑ってズボンのポケットから何かを取り出す。

「…?」

ポケットから出てきたそれは、正方形の箱だった。小さいけど、高級そうな造りをしてる。

「何これ?」

「開けてみ?」

何だろう。言われた通りに箱を開ける。

「…え…?」

中身を見た私は固まる。なんと、その中には小さな指輪が入っていた。

「結婚しよう」

え、え?結婚…?レイヤと?私が??

私は言われた意味を理解出来ないでいる。

「あ…っ」

私が次の言葉を紡ぎだすより早く、唇がレイヤの唇で塞がた。私は暖かい体に優しく抱きしめられていた。ここでようやく、言われた意味が解った。

「…はい」

断る理由なんて無い。無いよ。大好きだもん。

無意識に私の目から涙が溢れ出す。生きてきてこんなに嬉しい事、今まで無かったから。

「でも、俺達はまだ高校生だしさ、この指輪はお互いに成人してから渡すよ」

レイヤはそんなふうな事を言っていたんだと思う。でも幸せの絶頂に居た私にその言葉は入ってこなかった。そんな幸せで満たされた夕景後の帰り道。レイヤが家に泊めてくれると言ったので、私はその旨を親に連絡した。親は事の顛末を知っているかのように二つ返事で了承した。

「ふふ…」

私は幸せを抑え切る事が出来ない。一刻も早くレイヤの家に到着したい気持ちはどんどん高まっていく。でも私はこの時、致命的な行動を犯した。犯してしまった。

振り返ればこれさえ無かったら、全てが上手くいったのに。

私は握っていたレイヤの手を離す。

「どうした?」

不思議そうに私を見つめるレイヤ。

「ねぇ、どっちが早く家に着けるか競争しよ!」

そう言ったと同時に私は走りだしていた。こうすればレイヤの家に到着するまでにかかる時間は大幅に短縮されるに違いないと思って。

「ちょっ…ちょっと待てよ!」

レイヤは当然走り出した私を必死で追いかけている。あぁ.......私の為に必死になってくれてる姿を見ているだけでとても幸せだ。

私はレイヤの方に顔を向けながら走っている。だから気付けなかったのだろう。


幸せな時間…それは束の間だった。


「なっ.......危ない!!止まれ!!」

突如顔色を変えて叫ぶレイヤ。何事かと思い立ち止まろうとするも既に遅かった。私は次の瞬間、レイヤが叫んだ意味を身を持って知る事となる。


「……っ!!」

私の右側からけたたましいクラクションとブレーキ音を出しながら.......私にトラックが直撃した。私は吹き飛ばされ、アスファルトの地面に頭をぶつけた。痛い.......そう思う間も無く、一瞬で意識を失った。


ーーーーーーーー

ここは.......どこ?

あんなに煩かった外の騒音も

身が千切れるような感覚も

嘘だったように何も感じない。

私は意識を取り戻した。しかし何も見えないし、何故か言葉を発する事すら無理だった。ただ1つだけ、聴くという動作は遺されているようで、耳からは外の風の音だけが聞こえてきた。


私はどうなったの?もしかして.......死んでしまったのだろうか?もしそうなら…。

私の感情が一気に「哀しい」で埋め尽くされる。けれど泣く事は出来なかった。どうやれば泣けるのか、まるでそれ自体を忘れてしまったようだった。もう、レイヤとは逢えないのかもしれない。私は一気に絶望に突き落とされる気分になる。

…と、その時だった。突如乱暴なドアの開閉音が聞こえたかと思うと、遅れて声も伝わった。

「先生!!ユミは助かるんですか!?」

その声は…レイヤ…?ユミって誰…あ、そうだった、私の名前だ。

息を荒らげながら尋常じゃない声で脅すように聞くレイヤに対し、また別の声…恐らく医者だろうか?は、こう返した。

「非常に残念ですが…手術の結果ユミさんは脳死と認められました」

「脳死…う、うそだろ.......死んだ訳じゃないですよね.......そうですよね.......?」

レイヤは呆然とした声で尋ねる。

「法律的に言えば死んだ訳ではありません。ですがユミさんは恐らく.......貴方と会話する事はおろか貴方に反応を示す事すら不可能でしょう」

淡々と話す医者の声が聞こえてくる。

「そんな…嘘、だ…嘘だよ!くそっ!あの時、追いつけさえすればこんな、事…」

レイヤの泣き叫ぶ声が聞こえた。

「レイヤは悪くない、私が悪いんだよ」

私はそう言いたかったけど、伝えられなかった。こんなのを聞かされるぐらいならいっそ聴力すら無くなっていればまだ良かったのに。中途半端に生きてる脳のせいで、私はどうしようもない絶望感と孤独を感じた。脳死になれば人の魂は戻ってこない。今の私の状態は魂の入っていない私の抜け殻の上を、魂だけの私がただふわふわと浮いているだけじゃないのか……とにかく、もう全てが終わったんだ。私は考えるのを放棄した。それから暫くして、あの時の幸せな夢が現れるようになったんだ。


あの時の幸せな夢を見て、夢の中でまたトラックに轢かれて.......全部終われば元の聞く事しか出来ない現実を見せられる。そして暫く経てばまた同じ場所、同じ台詞の幸せな夢に戻って…そんな繰り返しを何ヶ月こなしてきたんだろうか。

私は今、現実世界に居る。死んでから時間が経ったからだろうか、もう聞く能力すらも大分と落ちてしまった。そろそろ本当の死期は近いだろうか。私の意識がまた薄くなる。

「もう嫌だよ、あの世界に行くのは」

こんな事しか出来ない世界なら、こんなテンプレートに嵌った何も進展しない妄想夢を無限ループの如くずっと見るくらいなら。

もうこのループから抜け出したい。意識を失う直前、私はそう強く願った。ここから抜け出す……つまりそれは「本当の死」を意味している。今の私にとってそれは救いの光だった。本当に…死んでしまいたい。

でも、私の力では本当の死に辿り着く事は不可能だ。それを達成するには、抜け殻の口を覆っている人工呼吸器を外さなければならない。指を動かす事すら出来ない今の私にそんな事は、不可能。

そう思っていると、途切れたドアの開閉音が聞こえてきた。レイヤが来てくれたんだ。

「ユミ……大丈…元気、なるよ…」

音の大きさは変わらないが、途切れ途切れの声は本当に聞こえ難い。レイヤは直ぐに元気になる…と言っているんだろうか…。無理だよ。私は心の中でそう返す。本当は、直接口で伝えたかった。

もう、私は戻れないんだって。


ーーーー

もう何日経過しただろうか。1ヶ月くらいかな。日付の感覚なんて物は無いから1回夢を繰り返した=1日とカウントしての日付だけど。

私は、また幸せな夢を見た。

いつもと同じ、不変的…


では無かった。私が、それを捻じ曲げた。


私はいつものように告白される前に、夢の中のレイヤに話しかけた。

「ねぇ…いつまで続けるの?こんな事」

レイヤは驚いた表情をする。しかし、質問に答えずに作られた物語を再開しようとする。

「ねぇ、答えてよ!」

私はレイヤの服の袖を引っ張る。レイヤは聞き飽きた台詞を止め、俯いて呟いた。

「…ごめん」

「いつまで同じ事を繰り返すの?もう…疲れたよ…」

私は困った表情のレイヤの顔を必死に見つめた。

「…ユミが寂しくならないように、毎日幸せな気分にしてあげようとしたつもりだったんだけどさ」

「うん…ありがとう。でも、もう同じ夢なんかで私を慰めなくても良いんだよ」

私はそう言うと、突如世界が崩れ始めていく。レイヤの輪郭が崩壊して、真っ黒に塗り潰されていく。私の脳内で作り上げたレイヤは、世界と一緒に影となって溶けていく。

「これで、いいんだよね」

これで、私は逝けるかな…。


ーーーーーーーー

「う…ん……」

私は目が覚める。

「ここは?」

目の前に映し出されたのは、天国でも地獄でもない。病院の天井だった。

「な、なんで…!?あの繰り返しを断ち切ったはずなのに……」

また繰り返しが始まるのか。私は悲しくなったけど、よく見ると違った。いつもの無の世現実界では無く、私が生きていた元の世界に帰ってこれた。言葉も発する事が出来るし、体を動かす事も出来る。試しに腕を抓ってみると痛みを感じた。

「私…生き返った……?」

…いや。

私は違和感に気づき、そして理解した。この世界は夢では無い、だけど前の現実とは違う「私だけの現実」なんだ。

確かに物や景色を見る事が出来る。但しそれには色が無く、モノクロのような色調をしている。視界自体も歪んでいる。

つまり、前まで居た世界とはまた違う世界なんだ。

「…そうだ」

私の命を、繰り返しを、完全に終わらせないと。私は自分の口に被さっている人工呼吸器を取り外してみた。それは簡単に外れ、床へと転がる。

あれ……死なない?

この世界から脱出したら死ねるのかな。それともここが既に死後の世界?私はとりあえず、病院中を歩き回ってみた。でもやっぱり私が居た世界とは違うらしい。患者、医者、看護婦さん…1人として人は存在しなかったから。

寂しさを感じた私は自室へと戻る。すると、病室の窓から眩しい光が差し込んでいた。

私は気になって窓を覗きこむ。

そこには……大好きだった丘の上の夕焼けが輝いていた。その夕焼けだけは煌々とオレンジ色に輝いており、モノクロの世界に色をつけていた。

「あぁ、最期に見たかったんだ。見れて良かった……」

私がそう言った途端、再び世界が崩れ去る。

気づけば私は再び「無」の現実世界へ戻ってきた。私の意識は弱く、薄く、断続的だ。

…嗚呼、やっと死ねるのか。私は直感的にそう思った。

私は今までの出来事を思い出す。

初めてレイヤに出逢った時。あの時はレイヤと付き合えるなんて思ってなかったな。それと.......文化祭で一緒に屋台をやった時。楽しかった。そして、あの丘の上でレイヤに告白された時。

あ…あれ……?

可笑しいな、いくら思い出してもレイヤの事しか思い出せないや。

レイヤ…楽し……かった…。

その時.......崩壊寸前の意識の中で微かに…微かにあの音が、ドアの開閉音が聞こえた。

レイヤだ。私は確信した。レイヤの声は聞こえなかったけど、私の手が何か暖かい物に触れた。手の感覚なんてもう感じる筈無いのに。この暖かい手の感触…あの時、告白されて抱き締められた時の暖かさと同じだ。

どんどん薄まる意識の中、私は必死にその手を握り返そうとする。だけどどんなに力を入れても手はまるで反応を示してくれない。

レイヤ……私やっぱりまだ、一緒に居たい…よ…。

その時、私の目から頬を伝って何か暖かい物が流れたのを感じた。

「…ユミ…?ユミ…!」

これは、涙…?私、泣いてるの…?

「先生…っ!!」

レイヤの叫び声が病室に響き渡り、続いて凄い音量の足音が聞こえた。

駆けつけた医師も私の涙を見て驚いているようだ。奇跡がどうとか言っていた。

このまま起き上がってもう一度レイヤを抱き締めたい。でも神様はそこまで奇跡を与えてくれなかった。意識は容赦なく薄れていく。もう時間が無い。

私は最後の力を振り絞り、叫んだ。

「レ…イヤ……ありがとう…幸せ…だ…った……」

さようなら。

「そんな…ユ-」

レイヤの声も、世界の感覚も、僅かに生き残っていた意識も全て途絶えた。


医師は呆然とするレイヤの前でユミの脈や心拍などを確認した後、腕時計に視線を写した。


「非常に残念ですが.......午後5時32分、ご臨終です.......」

橙色の空。病室の窓に一筋の光が差し込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モノクロ世界に君を想う。 海鼠さてらいと。 @namako3824

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ