とおめのかたり 「旅立ちけるに 溺るる童 助けにけり 」

 先を歩くナオヨシの汗ばんだうなじや首筋を時折下心満載で眺めながら、朋彦は山道を歩き続けていた。

「だいぶ日も高くなってきたな~。昼も近いな、朋彦さん。」 

 ナオヨシがふと立ち止まり、赤や黄に色付いた木々の茂みの向こうから照らしてくる太陽を見上げた。

「そうみたいだな~。」

 朋彦も立ち止まり、道具袋から携帯端末を取り出して時計と地図を表示させた。

 午前十一時四十分。この世界では正確な時刻表示の必要は無かったが、ナオヨシの予想は当たっていた。

「・・・まだ四分の一かよ・・・。」

 ナギシダ村からシモアサダ村までの山道を表示した地図は、まだ朋彦達が四分の一の距離しか歩いていない事を示していた。

 自分達の道行きの残りの距離を見た朋彦は力無く溜息をついた。

「もう疲れた!! 飯だ飯! 昼飯食おうぜ。」

 携帯端末を道具袋に戻すと、朋彦はナオヨシに抱き着く様にもたれかかりその尻を撫で回した。

「くすぐったいってば~。」

 ナオヨシは笑いながら朋彦を抱き留めた。

「昼飯は何食べたい?」

 朋彦はナオヨシの体にもたれかかったまま懐の道具袋に手を入れた。

「んーと、栗の炊き込み飯と大根の漬物と・・・。」

 ナオヨシの要望を聞きながら想像を固めていると、ふと朋彦の耳に水の音――川の流れる音が聞こえてきた。

 そういえば地図には山道の近くに流れる小さな川が表示されていたと、朋彦は今更ながら思い出した。

「ちょっと汗もかいたし、涼しそうなトコで昼飯にするか?」

「うん。」

 朋彦の提案にナオヨシも素直に頷いた。

 朋彦にとっては幸いな事に、山道の近くの斜面は緩やかな傾斜だったので大した苦労もせずに川辺まで下りる事が出来た。

 ナオヨシの方は当然の様に苦も無く軽々とした足取りで、朋彦よりも先に斜面を下りてしまっていた。

 川は山の間に浅く流れており、斜面から下りた場所の向こう岸には剥き出しのいくつもの大きな岩肌が、川に沿って並んでいる様が見えていた。

「あ、すげ~。菊がすげえ咲いてるよ!」

 ナオヨシが振り返り朋彦に手を振った。

 川の水で湿り気を帯びた向こう岸の岩肌には、いくつもの岩の割れ目に根を張った山菊が大きく長く枝葉を伸ばし、無数の白い一重の花を咲かせていた。

「おーおー、なかなか風流だな。」

 風流のふの字も理解していない口調で朋彦は声を上げて、湿った灰色の岩肌を花弁の白と雌しべの黄色で飾り立てた山菊の花の様子を眺めた。

「じゃあ昼飯にするか。」

 秋の山の風流を味わう前に昼飯を味わおうと、朋彦は道具袋からレジャーシートと弁当箱を取り出して昼食の準備を始めた。

「朋彦さん! あそこ、岩の所、誰か居る!!」

 川辺に座り込んでレジャーシートを広げている朋彦の肩を叩き、ナオヨシは慌てて向こう岸の岩を指し示した。

「ん?」

 立ち上がって朋彦が示された方を向くと、向こう岸の川に浸かった岩肌の出っ張った場所に、小さな人影が倒れ込んでいる様子が目に入った。

「んんん!?」

 朋彦が驚きに声を上げている間にも、ナオヨシの方は着物を脱いで褌一丁になると急いで川の中へと入っていった。

「お、おい! ナオヨシ!」

 川の深さも判らないのに入るのは危険だと朋彦は呼び止めようとしたが、幸い向こう岸に至るまで川の深さはナオヨシの膝下までしか無い様だった。

「・・・あ! 」

 そういえば防御の腕輪には浮遊や飛行のマジナイの力も付与していたのだと朋彦は思い出した。

 自分で設定していたのに使う機会が無かった為に、腕輪の能力も今まですっかり失念してしまっていた。

 朋彦は急いで腕輪に付けていた緑色、水色、白色の石の内、飛行のマジナイを発動する白い石に触れた。

「おおー! ほんとに浮かんだ!」

 朋彦の思念を受けてふわふわと体が浮かび上がり、そのまま歩く様な速度で川の上数十センチを飛行していった。 

「あ、オレも飛べば良かったんだ。」

 朋彦がふわふわと川の上を飛んでくる様子を見て、ナオヨシは自分の腕にもあった腕輪へと目を落とした。

「息はしてるみたいだな・・・。」

 ナオヨシの側にやって来た朋彦は、恐る恐る岩の上を覗き込んだ。

 そこには小さな男の子が気を失って倒れていた。

 年の頃は三~四歳ぐらいだろうか。短く丸刈りにされた頭には流される途中で打ったのか小さなたんこぶが出来ていた様だった。

 丈の短い紺色の着物はあちこちがつぎはぎだらけで、腰から下は川の水でぐっしょりと濡れていた。

「親とはぐれたのかな・・・?」

 ナオヨシは心配そうに男の子の前で立ち尽くしていた。

「とにかく手当しなきゃな。さっきのトコに運ぼう。」

 ナオヨシの肩を朋彦は軽く叩き、男の子を抱える様に指示した。

「う、うん。」

 ナオヨシは慌てながらもそっと男の子を抱え上げ、再び元の場所へと引き返した。

 ナオヨシにレジャーシートの上に男の子を横たえさせると、朋彦は困った時の蛙人形頼みで適当な治療薬を作り出そうと道具袋の中に手を突っ込んだ。

 幸い男の子の呼吸も正常な様で、見た所たんこぶ以外は大きな怪我もしていない様子だった。

「・・・取り敢えずご都合主義的な治療薬でいいか・・・。」

 炎症とか打撲とか、何か体に異常があればそれを治療する薬――そんな設定で朋彦は治療薬の想像を固めようとした。



 テルヒサの命令を受けてツルオを探していたタケハルは、川に沿って下流へと下りて行った。

 しばらく移動すると、ツルオが川辺の岩に引っ掛かって気絶しているのを発見する事が出来た。

「やれやれ。」

 そう独り言を言ってタケハルは溜息をついたが、これでキヨミの姐さんもテルヒサの旦那も喜ぶ事だろう。

 ツルオを連れ帰ったら、内心では心配している筈なのにツンケンとした態度を取るに違いないキヨミの様子を想像しながら、タケハルはツルオを助けるべく川辺の茂みから川の中へと下りて行こうとした。 

「――?」

 そこに人の気配が――誰か二人程の話し声が聞こえて来て、タケハルは盗賊家業の条件反射で再び茂みの中に身を潜めた。

 背の高い大柄な青年と、それよりは背の低い青年――身なりや背負った行李箱からして若い行商人の様だとタケハルは推測した。

 彼等はツルオを見つけると、大柄な青年の方が慌てて救助しようと川に入っていった。

 盗賊である自分達が言うのも何だったが、彼等はどうやら悪い連中でもなさそうだったので、ツルオを自分の弟とでも言って誤魔化せば通用するだろう・・・。

 口先三寸で丸め込んでさっさとツルオを連れて帰る事にしよう。

 そんな風にタケハルが考えている内に、もう一人の方は体が少し浮かび上がり、そのまま川の上を飛んでツルオの倒れている所へと向かったのだった。

「――!?」

 今迄タケハル達が流れてきた町や村の噂話でマジナイ師というものは知ってはいたが、実際にマジナイの発現を自分の目で見るのは初めての事だった。

 唐突に人間一人が空中に浮かび上がり、そのまま水の上を移動する様子にタケハルは呆気に取られ、思わず茂みから身を乗り出してしまった。



 道具袋の中で握った蛙人形からいつもの白いゲロが吐き出された感触があり、しばらくして小さなガラス瓶へとその感触が変化したところで朋彦は取り出そうとした。

「――!!」

 そこへ不意に朋彦達の近くの茂みから、小石が幾つかぱらぱらと転がり落ちる音がしてきた。

「なんだなんだ?」

 化生か山の動物か・・・? 朋彦とナオヨシは訝しげに音のした方向へと顔を上げた。

 朋彦達から離れた山の斜面の方に、何か・・・人の様な、或いは猿の様な一つの影が見えたが、それはすぐにざっ、と、もう一度だけ茂みを震わせただけで去ってしまった様だった。

「何だったのかな・・・?」

 ナオヨシが不安げに気配のあった茂みを見ていたが、差し迫って害をなす物でもなさそうだったので無視する事にして、朋彦は急いで治療薬を懐から取り出した。

「ちょっとこの子を支えててくれよ・・・。」

「うん。」

 ナオヨシに男の子の胸から上を少し起こす様に頼み、朋彦は薬瓶の蓋を開けて男の子の口へと近付けた。

「・・・っ!!」

 男の子は意識を失ったままだったが、口に流し込まれる薬液に無意識にむせ込んで吐き出してしまった。 

「どうしよう・・・。」

 片手で男の子の体を支え、もう片方の手で彼の胸をさすりながらナオヨシは泣きそうな目で朋彦を見た。

「飲み薬は駄目か・・・。仕方無いな・・・。」

 朋彦はまだ薬液の残る瓶を片手に持ったまま、もう片方で道具袋の中の蛙人形を掴んだ。

「えーと塗り薬というか掛け薬というか、そんな感じで!」

 具体的なイメージを固めるべく願い事を口に出して言い、それはすぐに叶えられた様だった。

 少し乱暴だとは思ったが、薬の変更が終わるとすぐに朋彦は男の子の頭から薬液を浴びせ掛けた。

 すぐに薬は効果を発揮し、川の水で冷えていたらしい青白かった顔色にも赤みが差し、呼吸も穏やかに落ち着いていった。

「よかった~。」

 ナオヨシもほっとして大きく息を吐き、レジャーシートの上に男の子を寝かせ直した。

「しばらくしたら気が付くだろ。」

 朋彦も空の薬瓶を道具袋にしまいながら一息ついた。

「しっかし、何処の子だろうな・・・。迷子だろうけど・・・。」 

 穏やかな寝顔に変わった男の子を見下ろしながら、朋彦とナオヨシは首を捻っていた。



 ツルオを助けた行商人らしき二人連れは悪い連中ではないとは思うが、盗賊である自分達の事はなるべく知られたくないという事と、何より一人がマジナイ師である事にタケハルは一度寝ぐらへと撤退する事を選んだ。

 ――あたしゃ、マジナイ師が大っ嫌いなんだ!!

 盗賊一味の頭であるキヨミは、マジナイ師に対して日頃からとてつもない嫌悪感や不信感を持っていた。

 姐さんに伺いを立ててからの方がいいだろう・・・。独断でマジナイ師と関わる事になればキヨミは怒り狂うに違いなかった。

 ツルオの口から自分達盗賊の事が彼等に知られる恐れもあったが、まだまだ幼い子供の事ゆえ、満足な説明も出来ないだろうし、しばらくは目を覚ます事も無いだろう。

 そう考え、タケハルは自分達の寝ぐらへと急いだ。



 朋彦とナオヨシはレジャーシートに寝かせた男の子の様子を見守っていたが、治療薬を浴びせてから五分もしない内に男の子は意識を取り戻した。

「・・・?」

 男の子はゆっくりと目を開け、横たわったまま周りの様子を見回した。

「!!」

 心配そうに見守っていたナオヨシと朋彦の姿に気付くと、男の子は怯えと驚きに飛び起き、少し這って朋彦達から距離を置いた。

「おじさん達・・・誰?」

「おじ・・・さん・・・!?」

 朋彦は男の子の言葉に少なからずショックを受け、少しの間絶句した。

 まだ二十歳にはなってないのにおじさんだなんて・・・。そんな事を朋彦が思っている間にも、男の子は朋彦とナオヨシを怯えたまま見つめていた。

「・・・姉ちゃん・・・!! サダロウ・・・!!」

 そしてすぐにそんな事を呟きながらしくしくと泣き始めてしまったのだった。

「まいったな・・・。えーと・・・ほら、泣くなよ・・・。」

 朋彦は溜息をつきながら男の子へとなるべく優しい口調で話し掛けた。

 しかし朋彦の言葉も届いていない様で、彼は俯いたまま泣き続けるだけだった。

 親戚にもこんな小さな子は居らず、朋彦は子供の世話をした事等無かった。

 困惑したまま朋彦は、何とかならないものかと傍らに立つナオヨシを見上げたが、ナオヨシの方も少し泣きそうな様子で眉根を寄せて立ち尽くすばかりだった。

「ナオヨシ・・・。村で子守とか・・・した事あるか?」

 朋彦の問いに、ナオヨシは大きく頭を横に振った。

「ごめん・・・。オレ、お前は力仕事しか能が無いからって言われてそれしか仕事させてもらえなかったから・・・。」

 ナギシダ村での生活を少し思い出してしまったのか、更に泣きそうになった表情でナオヨシはぽつりと答えた。

「あ、いやごめんごめん・・・。」

 朋彦は慌ててナオヨシに謝った。

「ほら、君、腹減ってないか? 俺達、今から昼飯なんだ。」

 レジャーシートの一番端に座り込んでいる男の子に精一杯の愛想笑いを作り、朋彦は懐の道具袋の中から黒い漆塗りの大きな弁当箱を取り出した。 

 蓋を開けてそっと男の子の座る前へと差し出し、彼の様子を伺いながら次に箸や味噌汁の入った椀を取り出した。

 弁当箱の中には山菜や海老等のかき揚げや、刻み柚子を散らした蕪の漬物、銀杏や蒲鉾の茶碗蒸し、栗の炊き込みご飯等が作り立ての状態で入っていた。

 男の子は空腹だった様で、かき揚げの香ばしい油の香りや、仄かな柚子の香り等が漂う様子にいつの間にか泣き止んで、弁当箱の中をじっと見つめていた。 

 彼にとっては見た事も聞いた事も無い様な御馳走がその中には入っていた。 

「・・・。」

 ほんの少しの間、男の子は弁当箱の中と朋彦達を交互に見比べていたが、強張った愛想笑いを貼り付けながら朋彦が弁当箱を押し遣る様子に、おずおずと箸を取る事にした。

 余程空腹だったのか、男の子ががつがつと弁当や味噌汁を掻き込む様子に朋彦は安心すると同時に感心した。

「なかなかいい食べっぷりだよなー。」

「朋彦さんのマジナイで作る料理って御公家様か御殿様が食べるみたいな大御馳走だもの。当たり前だよ~。」

 男の子が泣き止んだ事にほっとしたナオヨシの表情も明るくなっていた。

「俺達も食べるか。」

 なるべく男の子を刺激しない様に距離を置いて朋彦はゆっくりとした動作で腰を下ろした。

 ナオヨシもそれに倣って朋彦の横に胡坐をかいた。

 同じ内容の弁当箱と味噌汁を二人分道具袋から作り出し、朋彦とナオヨシは弁当箱の蓋を開いた。

「何か今日はすごく腹減った感じだなー。」

 不意の迷子との遭遇に気疲れした朋彦も、箸を取るとがつがつとかき揚げに齧りついた。

「そうだね~。」

 朋彦の溜息をつく様子に少し笑いながらナオヨシも弁当へと箸を伸ばした。

 食べながらもちらちらと男の子の様子を朋彦とナオヨシが窺っていると、既に彼は弁当の中身の殆どを食べてしまっていた。

「・・・え、えーと・・・美味かったか・・・な・・・?」

 弁当箱を片手に朋彦はまたぎこちない笑顔を浮かべて話し掛けた。

 沢蟹の味噌汁を飲み乾した男の子は、椀を両手に持ったまま一瞬驚いた様に肩を震わせたが、ぼそぼそと呟く様に礼を言って頭を下げた。

「・・・美味しかった・・・。ありがとう・・・。」

 満腹になってかなり落ち着いた様で、幾らかは彼の警戒心も解けた様だった。

「えーと・・・君、名前は? 俺は朋彦。こっちはナオヨシ。えーと、旅の行商人をしてるんだけど・・・。」

 弁当箱と箸を置いて朋彦は自分とナオヨシを指差して自己紹介をした。

 ナオヨシの方は心配そうに成り行きを見守りながらも、もぐもぐと茶碗蒸しを食べていた。

「・・・ツルオ・・・。」

 少し俯いて男の子は呟く様に答えた。

「誰か・・・家族とはぐれて川に落ちたのか?」

 朋彦の問い掛けに、ツルオはぽつぽつと答えていったが、まだ三歳ぐらいの子供の事ゆえひどく断片的で曖昧な話ししか出来なかった。

「姉ちゃんとサダロウと・・・山に・・・。そしたら怖い人達が・・・。」

 途中で何度か前後したり、黙り込んでしまうツルオの話を辛抱強く朋彦とナオヨシは聞き取った。

 ツルオがシモアサダ村の子供だという事や、姉と小鳥の精霊であるらしいサダロウと共に山で山菜だか薬草だかを採っていた所を悪者達に攫われた事等が、何とか推測出来た。

「・・・村に帰りたい・・・。」

 何とか一通りの事を話し終えると、ツルオはまたしくしくと泣き始めてしまった。

「もう・・・泣くなよ~・・・。」

 朋彦は泣き止まないツルオの様子に、今度はどうやって宥めようかと頭を痛めた。 

「あ、今度は食後のデザート要るか? 甘い物! 」

 思い付くとすぐに朋彦は道具袋に手を突っ込んで食後のデザート――果物のゼリー寄せを取り出した。

 ゆっくりと想像を固める暇も無く作り出した為、スーパーの特売品でよくある二個で百五十円と言う様な安物の実体化だったが、ミカンやパイナップル、洋梨等が透明なゼリーの中に散りばめられた様子はツルオとナオヨシの目を強く惹いた様だった。

「あ・・・、お前の分も出すよ・・・。」

 ツルオにゼリーとスプーンを手渡す様子をじいっと見つめているナオヨシに気付き、朋彦は同じ物を道具袋の中から取り出した。

「ありがと! 」

 無邪気に笑って礼を言うと、ナオヨシは嬉しそうに朋彦からゼリーとスプーンを受け取った。

「甘くて冷たくてうめぇな~。」

 ナオヨシが喜びながら食べている様子に少し釣られたのか、ツルオも小さく頷いた。

 既にツルオは泣き止んでおり、どうやら食後のデザートの効果はあった様だった。

 ナオヨシとツルオの様子を交互に眺めながら、朋彦は小さな溜息をついた。

「・・・しかし・・・怖い人達に攫われた・・・・か・・・。」

 ツルオの言う怖い人達というのは多分、誘拐犯とか山賊とか、そうした類の連中なのだろう。

 携帯端末の探知機能を使うまでもなく、ツルオが流されて来た川の上流の方に彼等が居ると思われた。

「どうしたもんかね・・・。」

 朋彦は頭を悩ませながらまた溜息をついた。

「何とか助けられないかなあ? マジナイの人形に何とかお願い出来ないかな?」

 朋彦の隣で、ゼリーを食べ終わったナオヨシがそう言って朋彦の方を向いた。

 ナオヨシにとっては朋彦は自分の命や、ナギシダ村で縮こまっていた心を助けてくれた大マジナイ師で、何でも出来る存在の様にも思えていた。

「うーん・・・。そうは言ってもな・・・。」

 朋彦はまた本日何度目かの大きな溜息をついてしまった。

 ナオヨシのツルオへの同情心は判らないでもなかったが、朋彦自身は元々はだらだらと、大した生き方をしてきた訳でもないただの元男子大学生でしかなかった。

 幼児誘拐をする様な犯罪者達を相手に大立ち回りをする様な度胸も腕も全く持ち合わせてはいなかった。   

「困ったな・・・ほんと・・・。」

 俯いたままのツルオと、悲しそうにツルオを見つめるナオヨシとを交互に見ながら、朋彦は軽く頭を掻いた。

 山の中で出会った化生も恐ろしかったが、しかし、下手な化生よりも人間の方が恐ろしいのではないかとも朋彦は思っていた。

 化生は最悪でも刀で斬り捨てるか、マジナイの火炎か何かを放って消滅させれば解決するが、人間相手ではそうもいかなかった。

 犯罪者とはいえ、生身の人間相手に何でも切れる刀だの、超高温の火炎の柱等をぶつけるつもりは朋彦には全くなかった。

「ごめん、朋彦さん・・・。でも、何とかならないかな・・・?」

 何かしら頭を痛めている朋彦の様子に申し訳なく思いながらも、ツルオの様なこんな小さな子供を放っておく事も出来ず、ナオヨシは縋る様な目で朋彦を見た。 

 朋彦が少し顔を上げてナオヨシの方を向くと、ツルオもまた、朋彦が何かしらの助けになる存在だと直観したのかじっと朋彦の顔を見つめていた。

「・・・ああ、判った判った。」

 心優しいナオヨシはツルオに同情して少し涙目になっていた。そんなナオヨシを慰める様に朋彦は背伸びしてナオヨシの頭を撫で、それからツルオの方を向いた。

「えーと・・・、取り敢えず、君の姉ちゃんと・・・後、サダロウだっけ? 助けに行く事にするから・・・。判るか?」

 朋彦の話にツルオは少し嬉しそうな顔になり、大きく頷いた。

 朋彦もツルオに対して同情していない訳ではなかったし、助けになる事も決して嫌ではなかったが。

 誘拐犯達に会う前に、殺傷能力の低い麻痺とか拘束とかのマジナイのイメージをまとめとかないとな――。

 朋彦は内心ではひどく憂鬱な気持ちになりながら、空になった弁当箱やゼリーのカップを片付けようと腰を上げた。

 とにかく蛙人形頼りの出たとこ勝負か・・・。

 朋彦は無意識の内に腹に、貼り付けていた道具袋を着物の上から撫でていた。



 道具袋の中に弁当箱やカップ、レジャーシート等を片付けると、朋彦だけは物凄く気が進まないながらも誘拐犯達の居る所を目指す事にした。

 道具袋から手を抜いた所で、朋彦はじっと見つめて来るツルオと視線が合った。

「・・・もしかして、すっげぇ期待されてる?」

 朋彦からの問い掛けには答えず、まだ打ち解けていない事もありツルオはナオヨシの後ろへと隠れてしまった。

「そうみたいだね。」

 自分の背後に回ったツルオを少し振り返りながらナオヨシは微笑んだ。

 どう見ても着物の懐に入りきらない量の弁当箱や敷物が全て仕舞い込まれた様子や、見た事も聞いた事も食べた事も無い様な大御馳走を気軽に食べさせてくれた事に、ツルオも幼いながらも朋彦が只者ではない事を直観していた様だった。

「・・・まあ、なるようになれ、だよ・・・。」

 朋彦は小さな溜息をつき、それから道具袋の中にまた手を突っ込んだ。

 朋彦とナオヨシの身に付けている防御機能のある腕輪の、幼児用の小さな物が取り出された。

「これ着けといてくれ。悪いヤツとかが襲ってきても防いでくれるからな。」 

 ツルオの直観は朋彦から手渡された小さな木の腕輪の説明を聞いて、更に強いものとなった。

 嵌められた腕輪を不思議そうに見るツルオの頭の上に、朋彦は試しに近くにあった小石を落とした。

 腕輪の防御機能は正しく働き、小石はツルオの頭上数センチの所で弾き飛ばされた。

「お揃いだな。」

 ナオヨシが嬉しそうに自分の腕輪をツルオに見せた。

 ツルオも釣られたのか少し嬉しそうに頷いた。

「あ、お揃いと言っても防御機能だけな。空飛んだり治療したりとかの機能は付けてないから。」

「そうなんだ・・・。」

 朋彦の説明にナオヨシは少しだけ落胆した様だった。

「間違って操作してもいけないからな・・・。取り敢えず何かあったら皆で逃げるからな。」

 安全第一、逃走第一の朋彦らしい言葉にナオヨシも頷いた。

「じゃあ出発しようか。」

「そうだな・・・。」

 ナオヨシの言葉に朋彦も何とか覚悟を決めて返事をした――が。

「あ、そういや誘拐犯とかの居場所調べてなかったな。」

 足を踏み出しかけて立ち止まり、朋彦は懐に手を入れて携帯端末を取り出した。

 半分忘れかけていたが、化生や人間の位置を地図上に表示する機能を付けていたのだった。

 化生はともかく、現在地から数キロ以内に数人で固まっている人間の反応があれば、それは誘拐犯達とツルオの姉のものだろう。

「ほんとに朋彦さんのマジナイは便利だなー。」

 板状の端末機の表面を撫でる様にして操作する朋彦の様子を覗き込みながら、ナオヨシは感心していた。

 現在地周辺を表示した地図の上には朋彦の予想通り、この谷川の上流一キロ足らずの場所の・・・どうやら洞窟らしい場所に、人間を表す青い点が五つ点滅していた。

「ん?」

 洞窟に至る山道が無いかと地図を拡大しようとしたところで、洞窟に向かっているもう一つの青い点が、朋彦の目に留まった。

「誘拐犯の仲間なのかね・・・?」

 独り言を呟きながら朋彦が地図を少し拡大すると小さな山道らしきものが地図に表示され、移動している青い点はその道を移動していた。

 そういえば化生の反応は表示される様にしていたが、サダロウとかいう精霊の反応を表示する機能はまだ付けていなかったと朋彦は気付き、片手を道具袋の中に突っ込んで蛙人形を掴んだ。

「・・・えーと、精霊の反応も追加で。」

 朋彦の言葉が終わるとすぐに、洞窟の中の人間五人分の反応のすぐ横に緑色の点が示された。

 これで洞窟の中に居るのは誘拐犯達でまず間違いは無いだろう。

「どう? やっぱり誘拐犯の人達だった?」

 朋彦が携帯端末を操作するのを見守っていたナオヨシが問い掛けると、朋彦は小さな溜息をつきながら頷いた。

「ああ。多分、間違いない。・・・場所も判ったし、出発するか・・・。」

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