マジナヒ神の異語部~ことかたりべ~

邪部そとみち

はじめかたり/初語/プロローグ

 何処でも無い場所。

 何時でも無い時間。

 そこに何も無いから何も無い、と言うのではなかった。

 言い表す言葉が何も無い為に、何も無いとしか言い様がないのだった。

 何もかもが溶けて混じり合い、何もかもが生まれては再び分解していく不可思議なうねりと流れの只中に、何もかも、が、あった。

 そこに、それはある時ふと、辛うじて人間に感じ取れる状態として出現したのだった。

 人間に例えるならば、気紛れに窓を開けて顔を出し外の景色を眺めるかの様に、とでも言えばいいのだろうか。

 暗黒の様な、或いは光明の様なものが無限に広がり流れる中に、巨大なパイ皮の様な物に包まれた球・・・の様な物、が顕現した。

 目玉や手、足、骨や血管或いは胃腸の様な物が、パイ皮の一枚下の表面へと出鱈目に浮かび上がり、それは世界を見下ろした。

 ――パ

 イ

 ――ラ・・・イ

 フ。

 人間に感じ取れる状態では、それ、は、その様な名前・・・の様だった。

 パイ皮のほころびから覗く爪や髪の毛、目玉や骨は呼吸する様に収縮を繰り返し、そこから世界を覗いている様だった。

 無限の可能性で無限に枝分かれした無限の数のパラレルワールド。

 或いは自身がかつて戯れに創造した幾つもの世界。

 戯れ。手慰み。退屈しのぎ・・・の様な物。

 人間に例えるならば、書物を読んだり、劇を観るかの様にパイライフは世界を覗き、ふと一つの概念がその目?に留まった。

 異世界転移。

 ある一つの世界の者が死んだり空間の隙間に飲まれてしまう事によって別の世界へと、時に幾つかの能力を付与されて転移するというもの。

 パイライフは自身もそれを行なってみようと考え、パイ皮のほころびから手・・・の様な物を伸ばした。

 無限の可能性で無限に枝分かれした無限の数の宇宙。

 無限に広がる宇宙の果てには、また同じ様に無限に広がる宇宙があった。

 一つの宇宙の中に、星々の集まりを内包する銀河、銀河の集まりを内包する銀河団、銀河団の集まりを内包する超銀河団があり、更にそれらを内包する・・・。

 そしてまた、物質は分子から成り、分子は原子から成り、原子核と電子から成り、さらに小さな素粒子の世界から成り・・・。

 無限に続き、無限に繰り返される極大と極小の連鎖。

 人間の五感では測り知れない知覚によって、それら全ては俯瞰された。

 そして。 

 人間に例えるならばルーレットを回す様にして、パイライフは出来るだけ自身の恣意の介入を減らした状態で一つの世界の、一つの人間を掴み取った。


 

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