第10話 再び東海道へ


 惣兵衛は平屋で雑魚寝の土間だけを貸すような安宿に泊まっている。


 「東海道辺りの宿は高いって噂やから、ほんまに大丈夫か?」


 囲炉裏の火に当たりながらの独り言であった。


 このまま中山道を進もうかとも思ったが、それでは源之進に遅れを取ってしまう。妖怪の脚力に追いつけるのか不明瞭でも、せめて角谷に心変わりしたので奉公したいと早めに談判したいと思っている。


 しかし、銭は空から降ってこない。東海道の立派な宿場町よりも、山側にはここと同じような安宿が多い。ならば、東海道の御油宿ごゆからは山際の本坂通ほんさかどおりに進もうかと思案している。


 ともかく、なるべく早く東海道に戻りたい。この先にも川はあって、宿の地図が古いのでどこまで正しいかは怪しいのだが、道や町は変化しても地形が変わる事はないはずだ。土地の人間が使用する渡し船も通っているようで、東海道に戻るのに支障はなさそうだと思った。


 翌日…、


 寺の鐘も聞こえぬ暁時に惣兵衛は身支度を整えて渡し場を探しに宿を出立した。


 「さあ、どこや?」


 ぼんやりと明るくなってきて、しばらく歩くと船が河原に置いてある。きっとここで人を渡しているに違いないが、まだ船頭の姿は見えなかった。


 「一番乗りや、後はどれだけ待つかやな」


 暇なので惣兵衛は河原で食材が無いかと探している。いくつかノビルなどの野草と沢蟹を数匹捕まえたが、これだけでは腹が持たない。


 寺の鐘が聞こえ、辺りも明るくなると道に人が行き交うようになり、先を越されない様に渡し場で待機した。


 あれだけ強く叩かれた頭は何故か治癒も早く、痛みも引いている。触っても傷口らしいところはない。源之進の力だろうかと惣兵衛は思っている。


 辺りはすでに明るくなっている。しばらくすると遠くから渡し場に向かって来る四人組が見えた。船頭には見えないが、旅装束をしており商人のようだった。


 商人の習性で惣兵衛は先んじて声をかける。


 「どうも!」


 すると、快活な返事が返ってくる。


 「こんなに朝早くからご苦労ですな!」


 「…んっ?」


 朝霧で顔はぼやけているが、惣兵衛はこの声に聞き覚えがあった。桑名宿で朝飯を相伴し、一緒に中山道から回り道を考え出した善右衛門である。


 「その声は桑名でご一緒した方々ではないですか?」


 と、惣兵衛が答える。


 「おお!惣兵衛か!今日頃には東海道に到着したかと思っていたが、なにゆえここに居るのか?」


 「いや、色々と災難に見舞われまして…」


 今一度考えると妖怪に路銀を強奪されたなど、何と説明すればよいのか迷うしかない。姿形は変化するのだから捕まる筈のない相手だ。


 なので不注意にも路銀を落としたと説明したのである。


 善右衛門たちと桑名宿で合流したのは海鮮問屋の倅の一人であった。三河の店では旦那になる人だ。善右衛門たちは五年前にも兄弟の一人を尾張で世話したらしい。


 「しかし、文無しではないと言っても不条理な世だから不安だな。あまり宿場から離れた場所に泊まるなよ。…ところで惣兵衛はどこまで歩くのだ?」


 一通りの世間話が終わると、善右衛門に聞かれた。


 「そう言えば聞いていなかったですな」


 半助も問いかけて来た。


 「手前は江戸まで出向く段取りです。今日は東海道まで戻って、それからは御油宿を山際の本坂通りに向かうと思います」


 「ならば三河みかわ藤川ふじかわで家に泊まっていきませんか?」


 親切にも旦那が口を開いた。


 「本当ですか?」


 「ええ、旅は道連れと言うでしょう」


 これは仏様からの助けだろうか?惣兵衛が若いから親切にしてくれるのだろう。図々しいと思いつつも旅の路銀が枯渇している実情では断る理由もない。


 「では手前たちの荷物を少しばかり運んでくれるなら、この先の旅籠でも同宿しようではないか?」


 善右衛門はそう言って、寛一と半助も同意した。


 「ご親切に何と礼を言ったらよいか」

 

 「いやいや、惣兵衛の役に立って嬉しいよ」


 惣兵衛はご恩を一生忘れないだろう。これで多少は宿賃倹約できるに違いない。惣兵衛はこの旅の道連れと行動を共にするのだった。


 「今日は鳴海宿なるみまで参りたいな!」


 船を降りると善右衛門は、そう言って先達した。


                 ○


 同刻…、


 時を同じくして化け妖怪の源之進は東海道を先へ進んでいた。この日には惣兵衛が通ると決めていた本坂通りの手前に差し掛かっている。

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