第10話

☆☆☆


その日はろくに眠ることができないまま朝を迎えていた。



7時のアラームを消してスマホを確認するが、千紗からの連絡は入っていない。



「どこに行ったんだよ……」



呟き、いつもより随分早いけれど制服に着替えをした。



このまま登校時間までのんびりしていられるほど、落ち着いていられなかった。



キッチンで焼いていないパンをほお張り、そのまま玄関へ向かう。



「久典、そんなに慌ててどうしたの?」



靴を履いているときに母親が追いかけてきて、そう声をかけた。



「昨日の晩から千紗が家に帰ってないんだ。連絡も取れないし、ちょっと早く出て近所を探してから行く」



俺の言葉に母親が目を丸くするのがわかった。



「千紗ちゃんが帰ってないって、どういうこと?」



「わからないんだ。じゃ、行ってきます」



まだなにか聞きたそうな母親をその場に残して、俺は家を飛び出したのだった。


☆☆☆


家を出た俺は真っ直ぐ千紗の自宅に向かって歩き出した。



ここから徒歩で10分くらいの場所だ。



千紗の自宅へ向かいながらもコンビニの中を確認したり、公園で立ち止まったりして千紗を探す。



どこにもいなくて肩を落としてしまいそうになったとき、やっと千紗の家に到着した。



呼び鈴を鳴らすと、すぐに父親が出てきてくれた。



その顔は疲れて、目の下にクマがクッキリとできている。



昨日1日でずいぶん老けてしまったようだ。



「久典君、こんなに早くに来てくれたのか」



俺の顔を見てかすかに微笑み父親。



しかしその表情の中には安心した様子が見られなくて、千紗はまだ戻ってきていないのだと安易に想像できた。



「あの、千紗は?」



「まだだ」



左右に首をふる父親にやっぱりかと落胆する。



一体どこに行ってしまったんだろう。



「これから警察に連絡するつもりなんだ」



警察という言葉に一瞬背中が冷たくなった。



千紗が事件に巻き込まれてしまったんじゃないかと、嫌な予感が胸をよぎったのだ。



俺は左右に首を振り、その考えをかき消した。



そんなはずない。



千紗に限って事件に巻き込まれるなんてこと……!



「そうですか……」



「だから、久典君は安心して学校に行きなさい」



そう言われ、俺はうなだれて歩き出したのだった。


☆☆☆


B組の教室に入ると千紗がいる気がしていたけれど、やっぱりそこに千紗の姿はなかった。



俺が早く来すぎたせいもあって、智恵理と栞の姿もない。



あの2人なら千紗の行動をなにか知っているかもしれない。



昨日は3人で居残りをしていたのだから。



そんな期待を持って2人が登校してくるのを待っていたのだけれど、時間ばかりが無常に過ぎていく。



結局3人とも姿を見せないまま、担任の先生がホームルームを始めてしまった。



「今日はみんなに大事な話がある」



先生が改まった様子で咳払いをし、クラス全体を見回した。



「実は昨日から小川さんと西角さんと岩吉さんの3人が家に帰っていないそうだ」



その言葉に俺は目を見開いた。



千紗だけじゃなく、智恵理と栞も家に戻っていないということなのだ。



さすがに教室内がざわめいた。



「仲がいいから、3人でどこか行ったんじゃない?」



「そうかもね。きっと遊んでるんだよ」



そんな言葉が飛び交う中、嫌な予感がして心臓が早鐘を打ち始めていた。



本当にただ遊んでいるだけだろうか?



両親に心配までかけて、あの3人が?



勉強はできないかもしれないけれど、そんな不謹慎なことをするとは思えなかった。



特に千紗は両親のことを大好きだと言っていた。



他の2人だって、熱心にアルバイトをしていたりするから人の迷惑になることを率先してやるとは思えなかった。



ホームルームが終わったとき、先生が真っ直ぐ俺の席へと歩いてきた。



「守屋少しいいか?」



「はい」



先生について廊下へ出ると、千紗のことについて質問をされた。



「なにか知っていることはないか?」



その質問に俺は左右に首を振った。



「俺も昨日から探したり、連絡をとてみたりしてるんですけど、全然ダメで……」



「そうか。先生も探してみるから、なにかわかったらすぐに教えてくれよ?」



「はい」



もちろんそのつもりだった。



教室へ戻ると、心配そうな顔をした郁乃が駆け寄ってきた。



「千紗がいなくなったのって、本当なの?」



「あぁ」



先生がそんな嘘をつくわけないだろ。



そう言いたかったけれど、黙っていた。



「でもみんな3人で遊びに行ったんだって言ってるし、きっと大丈夫だよ。それより、久典君に連絡もしないなんて、なにを考えてるのかな?」



郁乃の怒りを含ませた言葉を無視して、自分の席へと向かう。



椅子に座ってスマホを確認してみるけれど、やっぱり千紗からの連絡はなかったのだった。

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