転・生・現・世

寿 丸

プロローグ

第1話「似て非なるもの」

「君が今いるこの世界が、本当の世界だとでも?」


 黒いフードの少年の口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。




 いくつは普段通りの日常を享受きょうじゅしていた。息を潜めるようにして授業を受けて、これから帰宅して、妹と一緒にご飯を作って、ダラダラとスマホをいじって、寝て、一日を終える——その繰り返しが待っているはずだった。


 高架線の下、幾はぶらぶらと歩いていた。すると黒いフード姿の少年が向かい側から歩いてきて、「やあ」と鷹揚に手を上げてきた。幾は反射的に立ち止まり、後ろに誰もいないのを確認して、自分に向けられたのだと理解するのに数秒かかった。


「……どちら様で?」


「誰でもいいじゃないか。ところで君、異世界というものに興味はないかい?」


 幾は返答に困った。興味がないとは言いがたいし、なんならついさっきまで「異世界転生して、モンスターやっつけて、ハーレム作れたらいいなぁ」とぼんやり妄想していたのだ。


 あれだろうか。新手の新興宗教の誘いだろうか——そう考えると、途端に目の前の少年がうさんくさく感じられた。そもそも魔法使いみたいなフードのたぐいを着ている時点で、怪しいことこの上ない。


「あ、いえ。間に合っていますんで」


「そうかい? 君はこの世界にそれほど執着していないように思えるんだけどねぇ」


 幾はぐっと言葉に詰まった。


 その反応を面白がるように、少年は肩を揺らした。


「とりあえず一度、こっちの世界においでよ。嫌だったら帰ってくれればいい。まがい物の世界の中で一生を終えたいのなら、別にそれでも構わないけどね」


「……まがい物?」


 少年はにたりと笑い、フードを下した。


 幾は絶句した。目の前の少年は、自分とそっくりだったのだ。目つきは鋭く眉は細く、あごもしゅっと伸びていて——幾がもっと体重を落とせばの条件つきだが、うり二つといって差し支えないほどだった。


 そして——少年はこう告げる。


「君が今いるこの世界が、本当の世界だとでも?」


 少年は次に、人差し指を立てた。空中に円を描いたかと思うと、その軌跡が光の輪を作ったのだ。


「なっ……!?」


「この程度で驚くなよ。……さぁ、どうするかい?」


 円の中心は真っ暗で、何も見えない。少年の言う通りこの先が異世界とやらに続いているとしても、だからといってはいそうですかと飛び込めるはずがない。


 そもそも、この少年が何者なのかもはっきりしていないのだ。


「お前……なんなんだ? 何者なんだよ?」


「俺かい? それは今答えられない。この世界風に言うとアレだよ、この時点でネタバレしたらつまらないじゃないか」


 すると――高架線が揺れた。電車が真上を通過していったのだ。遠くには踏切の音も聞こえる。おまけに工事現場の作業音もだ。幾には慣れているものだが——目の前の少年にとってはそうではないらしく、「ぐっ……」と呻き、耳を押さえた。


「不細工な音を立てやがって……! これだから二元世界ってのは!」

「二元、世界……? お前、さっきから何を言ってるんだよ?」

「あ? あー……気にしないで。とにかく異世界に行くか行かないか、どうする? ——といっても、選択肢なんてないけどね」

「何を言って——」


 少年はくるっと、手をひるがえした。


 すると幾の背後から強風が吹いてきた。不意を突かれ、鞄が手から離れてしまった。風の勢いは増し、つま先までもが浮き上がり、そのまま少年の開けた円の中心へと吸い込まれてしまった。


「うわあああああああ!!」


 最後に見たのは自分とうり二つの少年の——すべてを嘲るような笑みだけだった。

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