雷君子と弾幕遊戯

11時限目 目には目を、歯には歯を

いッタっっっ!!」

「我慢して、罰よ罰」


 眼球が、目の前に座る女性は激痛に悶える俺を叱りつけた。


 ─────五月の初日、曇天。

 俺は先日封筒に入っていた手紙にて呼び出され、ここ眼科に来ている。

 が、しかし、ここはただの眼科ではない。

『先端医学の最高峰』と謳われる女医を主治医とする、超一級の眼科である。

 その理由は、言わずもがな義眼のおかげだろう。


 ─────可視義眼。

 人間の視神経の接合部と同様の神経機能を造り出し、当人にしか機能できない義眼を作り出す世界に一つだけの眼科である。

 それを可能にした人物こそ、今俺の真正面に座している彼女だ。


「……ふん、ぼちぼちね。一ヶ月放置しても遜色無かっただけあるわね……」

「で、でしょう? だからそんなに焦らなくても」

「馬鹿ッ! 大事にしてよっ! ─────わ、私だって最低限の主治医としての意地があるの!」


 上目遣いでキッと睨む女性。

 彼女の名前は矢嶋やじま 満弦みつる。年齢は二三と俺より一つしか違わないが、身長は見たところ一五◯センチ程度とあまり高い方とは言えない感じだ。


 白衣の下に淡い水色のブラウスを着て、茶髪を肩まで伸ばし童顔さが僅かに残る。誰が見ても満場一致で綺麗と言うだろう女性である。

 街中に繰り出せば間違いなく勧誘が止まないことは必定だろう。

 そんな彼女は俺にそっぽを向いてカルテを書いていた。妙に耳が赤いのは気のせいだ。


「遅れた理由は……聞かないんですか」

「患者のプライバシーに手をかけるほど、私は暇じゃないの。でも、相談なら────聞く」


 決して顔をこちらに向けることなく、淡々とペンとキーボードに手をかけ作業中。

 診察室は俺と満弦先生しか居らず、静かなbgmが流れているだけだった。


「ちょっとした斡旋で、教職に就くことになって」

「……は?」

「もちろん、ゲーマーとしても稼いではいるんですけど、教師としての授業の内容もまた遊戯って授業で────」

「な、ん、で、そんなことしてるのっ!」


 満弦先生は作業机をバン、と叩き怒り気味に詰問をしてきた。思わず気圧されて、身体中の重心を後ろに退ける。


「あのねぇ! 貴方の眼は常人のそれとは違うの! 酷使したら駄目なのに、普通のゲームの時間に加えて教職活動だなんて────」

「ま、まぁ大丈夫ですって────」

「最初に言ったわよねぇ! もっと自分を大切にしてって!」

「ぐっ…………」


 指を俺の胸に突きつけて、目下から脅威が迫る。だが、そこまで強くはなく、子犬に全力で怒られている時のような精神の余裕があった。

 この先夏季の大会に出場するだなんて言うと更に罵詈雑言を食らうだろうから口を封じておく。

 だが、満弦先生の次の言葉に、俺は身の毛をよだつことになった。


「罰よ。一ヶ月片眼で生活してて」

「なっ!?」

「元から検査期間だったのもあるけど、あんまりにも甘く見すぎ。反、省、して!」

「…………はい……」


 一ヶ月も片眼とは、中々久々で生活できるか若干不安だ。

 ……? でも、元から検査期間ならそう大して罰にはならないのでは。


「一ヶ月後、ちゃんと性能を整えたものを用意しておくから。それまでは我慢して」

「はい……」

「(教師なんて…………若い女の子ばかり…………)」

「……? 今、何か」

「言ってないっ!!」


 満弦先生がぼそぼそと小声で独り言を呟いていたのが聞き取れず、つい問う。すると、頬をほんのり赤く染めた満弦先生に荒く返された。

 何だったんだ……一体。

 夏燐もあれぐらいの反抗気質があれば────と雑念に囚われていると、そう時間もかからず待合室に着く。



「────ん、サトルやん」


 すると、珍妙な訛り言葉が俺の鼓膜を刺激した。俺の知りうる人間関係の中で、下の名前を呼ぶのは姉か拓真か、─────もう一人くらいだ。


「マサか」

「おぅ、おひさやな」


 待合室で脚を組んで待ちわびていたような顔をしている彼は、千鳥ちどり 将輝まさき。この眼科を紹介してくれた人物であり、戦友でもある。愛称として『マサ』と呼んではいるが、彼の方が二つ年上の二六歳だ。

 性格は荒々しいが、割と気さくで口調を気にしなければ接しやすい一面がある。ツーブロックの自他共に認める強面を除けば、だが。

 ではなぜ俺の方が上からなのか。そんなこと自明である。


「いい加減ワイのとこ来んか?」

「遠慮しとくさにばんて。俺はソロぼっちで十分だ」

「けっ。ひでぇのぉ」


 彼、千鳥将輝はWGSでも名のあるプレイヤーである。プロの契約もしていて、俺がボードやカードなどの論理型のあるゲーマーであるならば、彼はFPSや音ゲーなどの感覚派のゲーマーである。そういった対を為す対等の相手ではあるのだが、総合ランキング上では彼は次位。俺は首位に座っていた。

 よって上下関係ほどではないが、こうして慣れ親しんだ意味をも込めて相手をそう呼んでいるのであった。


「終わったのか?」

「いんや、まだまだ」

「そうか」


 淡白な話をしようとしてるなかで、二人して自然とスマホを開いていた。

 アーツなし平面チェス。ルールは一般的なモノだった。


「姐さんから何かされたな」

「ぐっ……言わないでくれ」

「かっかっかっ♪ やはり尻に敷かれる男は違うっちゅーことか」

「るっせぇっ」


 なお、マサの言う姐さんというのは、満弦先生その人だ。

 話をしつつ、白と黒の駒は爆速で動いている。彼も彼で時間があるというのに、一体俺たちは何をしているのやら。

 毎度、言葉を交わすまでもなくゲームを介して互いの心境を聞く。因みにアーツを使わないのは相性が激烈に最悪過ぎるからだ。

 俺がアーツをありにすれば、大抵のゲームで相手マサが有利になってしまう。

 

「面白おかしな話があるけど聞くか?」

「おっ、聞くで」


 俺は一拍置いて教師になったことを告げた。あまり周囲へ伝播させていなかった分、知り合いには告げておこう。

 水瀬校長と拓真が大抵の情報統制をしてくれるだろうし、身近な人物には重要なことだ。言っておいて損はない。


 するとマサは、唇を舐めて水分を含ませる。


「……予言しとくで。サトルは近いうちに、ワイを頼ることになる」

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