第9話 見習い魔女の特別な修行

 土下座のかいあってか、良司さんは快くお金を貸してくれた。しかも「僕のものはもう全部白緑君のものなんだから返さなくていいよ」と言ってくれた。


 が、それは駄目だ。借金をしておいてなんだが、この歳になればお金関係で友情や愛情、主従関係が崩壊していく様を何度か見ている。


 使い魔との良好な関係は立派な一人前の魔女の条件でもあると俺は考えている。


 とりあえず三万七千円をありがたく拝借して、小悪魔たちに千円ずつあげた。


 手が震えてなかなか離せなかったけど、小学生組は大喜びしてくれたから良しとしよう。中学より上の連中は予想通りの態度だが、これも良しとしておくのが大人だ。


 そして姉兄たちに軽く挨拶してから母の待つ、彼女の部屋魔女の部屋へ向かう。


 奥座敷の地下にあるのだが、怪しげな掛け軸の裏や、隠し通路がありそうな床脇は無視。いったん振り返り欄間めがけてジャンプ――


 するとあら不思議。あっという間に地下室の階段にたどり着きましたっと。


「に、忍者屋敷って本当にあるんですね。ワクワクしてきました」


 ついてきた良司さんが少し興奮している。


 そうか。これ一般家庭にはない設備なのか。子供の頃から慣れ親しんだ俺には当たり前だった。あっちの世界ではもっと色んな仕掛けがあるし……。


「忍者屋敷っていうよりは魔女の館って方がしっくりきますけどね」


 階段を降りて、ちょっとした巨大迷路を抜け、罠を解除して合言葉を囁き、現れた行き止まりの壁に家族の紋章をかざしてようやく母の部屋の前に辿り着く。


「か、かなり厳重なんですね」

「法に触れる物やヤバいモノがわんさか保管してあるんでそれなりには……内緒ですよ?」


 俺の言葉にごくりと喉を鳴らした良司さんだが、物凄く楽しそうだ。


「母さん、入るよ」


 ここで返事を待たずに入るのは厳禁。もしも、怪しげな召喚や薬の調合なんかしてたらえらい目にあう。


「遅かったな。ほれ、紫が準備万端で待っとるぞ」


 母ではなく父が出迎えてくれる。しかし、準備万端とはいったい……。


 禍々しい素材置き場を通りすぎ、目をキラキラさせて首を動かす良司さんの手を引き、調合室もすぎて休憩室に行くと、微笑む母が椅子に座っていた。いつものようにかすかに流れているハープかなにかで奏でられる音楽がとても心地よい。


「白緑ちゃんも、良司ちゃんも座って。大事な話があるの」


 椅子が俺と良司さんの動きに合わせてすっと移動する。母の魔法だろう。


 いいな。俺もこういう然り気無い魔法を使って生活したい。


「うわあ!」


 魔法もそうだったが、目の前で元の姿に戻った母に良司さんがいっそう目を輝かせた。そりゃ、絶世の美女である母を見ればそうなるだろうが、俺だって負けてないだろうに。


 少しだけもやっした気持ちに疑問を抱いていたら父が飲み物を持ってきてくれた。温かな夜の紅茶だ。カップの持ち手が少し欠けている。


 なるほど、大事な話とは使い魔の属性調べか。


 妖力は夜の力を元に様々な属性がごちゃ混ぜだ。使い魔になったからには、その中で良司さんが上手に扱える属性を見極める必要がある。


 例えばその属性が水だけだったら紅茶の量が増えて味が薄まる。風なら波紋ができて火なら熱くなるといった具合だ。


 本来、使い魔の属性は主にもかなり影響する。が、妖力を扱えない俺にどの程度影響があるのかは未知数だ。


「あ、待って良司さん。それ飲む用じゃないんだ」


 夜の紅茶を飲もうとした良司さんを止めて、説明する。両親はただ黙って聞いていた。


「てなわけで、この夜の紅茶に怪我した指を入れて下さい」

「分かったよ」


 欠けたカップの持ち手で傷を作り、そっと指を入れていく良司さん。相変わらず目がキラッキラだ。


 夜の紅茶はどうかな……変化無し。


「ねぇ、良司ちゃん。あなたが思う、白緑ちゃんの一番好きな姿だったり仕草を思い浮かべてみてちょうだい」


 同じく紅茶の変化を見ていた母が助言する。


「は、はい」


 何故か頬を赤らめた良司さんが俺の顔を見てからグッと目を閉じた。


「おお!」


 紅茶に変化が現れた。


「お、おお……おお?」


 知らない現象だった。


 紅茶入れた指を中心に白っぽい円ができて、うっすらと環が……


「まぁまぁまぁ」

「こりゃ珍しい」


 両親が目を丸くして良司さんを見る。当の本人は状況が把握できず戸惑いながら俺を見てきた。悪いが俺にも分からない。


「えっと、良司さんの属性はなんなの?」

「うふふふ、白緑ちゃんは本当にいい使い魔を見つけたわね」


 嬉しそうな笑顔を見せる母に少しだけ誇らしさを覚える。


「良司ちゃん、あなたの属性は――」

「月光だって!? す、すんごいレアな属性じゃないか!」


 俺は喰い気味で叫んでしまった。何故なら月に関係する属性は夜の力の中でも最も希少なのだ。世界中探しても片手で収まる人数しかいないという……。


「白緑君、嬉しいですか?」

「嬉しいです! 使い魔の属性が月光なんて自慢しまくりですよ!」


 おずおずと聞いてきた良司さんの肩をバシバシ叩いてしまった。少し痛そうな顔をして、でも嬉しそうに良司さんが笑う。


「そうそう、あなたたち喋り方を改めてなくちゃいけないわ。魔女と使い魔は主従関係といっても、現代ではほとんど対等なの。敬語はなしよ」


 母がにっこり笑って忠告してくる。そう、これは忠告。つまり言うとおりにしなければならないのだ。


 ややピリッとした空気を感じ取った俺たちは無言で頷いていた。


「そしたら、本題へ移るかの」


 父が席を立ち、奥からスーツケースをゴロゴロと運んできた。


「白緑ちゃん。遅くなったけど使い魔契約成功おめでとう」


 母は変わらず座ったまま微笑んでいる。


「ありがとう」


 父はまた奥へ行き今度は箒を持ってきた。


「それでね、使い魔を手に入れた見習い魔女には慣例として特別な修行が課せられるの」


 へぇ、そうなんだ。いや、たぶん聞いたことがあるんだろうが完全に忘れている。


「本当なら中学とか高校、遅くても大学進学と同時にする厳しい修行なんだけど……」


 まあ俺はなかなか使い魔契約が上手くいかなかったからな。仕方ないさ。一歩前進とポジティブにとらえよう。


「いくら厳しくたって平気さ。俺は魔女になりたいんだから」


 母の目を真っ直ぐ見る。


「そう、覚悟が決まってて良かったわ。実は動揺しないか心配してたんだけど、その堂々とした顔なら大丈夫ね」

「もちろんさ!」

「じゃあ早速、お家を出て他の町で暮らしてらっしゃいな」

「……へ?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「何でもいい。何かしらの成果を出せたら帰って来い」


 涙ぐむ父がスーツケースと箒を押し付けてくる。


「良司ちゃんの財産に頼ってもいいけど、できるだけ魔女として、白緑ちゃんが頑張るのよ。あ、でも身の丈にあわない魔法は気を付けて使うのよ。今回は怪我の巧妙ってやつなんだから。じゃあ、いってらっしゃい」


 いつまでも微笑みの絶えない母が言い終わると同時に、足元から魔法陣が現れた。


「ちょっ――」


 俺の発言を遮り眩く光った魔方陣は、俺と良司さんを見知らぬ土地の無人JRR駅に瞬間移動させた。

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