第8話 見習い魔女と小悪魔たち
良司さんを使い魔にした翌朝、俺はとても清々しい気分で目が覚めた。
良司さんは床に敷いた布団に寝かせて……あれ、いない。
「まさか夢だったのか?」
いや、しかし布団は綺麗に畳まれている。きっと几帳面であろう良司さんがやったのだ。
「無理心中されそうになったことなら現実ですよ」
『お尻に手を出されなくて大人の階段を登れなかったことも現実だよ』
部屋に入ってきたシラーとベリーが、お握りを食べながら言う。
寝起きだから二人の冗談に突っ込めなかった。ていうか朝だと思ったらもう昼過ぎ。よっぽど疲れていたんだな。
「……ん? なんか騒がしくないか?」
ドアの隙間をこじ開けるように、はしゃぐ子供の声が入ってくる。
「そりゃそうですよ。
『昨日紫と勝蔵がいなかったのは四人一家を迎えに行ってたからみたいだよ』
なん……だと?
『そんな顔してどうしたの? お正月なんだから当然でしょ?』
おむすびを飲み込んだベリーが悪戯声でドアを開けていく。
「待ちなさい! 逃げるなんて許しませんよ!」
くっ、すすきの箒を引っ付かんで逃走を図った俺を遮ってシラーが邪魔しやがる。
いかん……このままでは奴らが来てしまう。
「なんかみどりの部屋から音が聞こえたぞ!」
「あ! ドアが開いてるよ!」
「いけいけ~!」
まずいまずいまずい!!
ズドドドドドっという音が迫ってくる。小悪魔たちの跫音――
「あ、逃がすか!」
シラーを掴み、ベッドに投げ捨て窓から飛び立とうとした瞬間、背後に飛び付かれた。
「みんな早く!」
一人ならなんとかなりそうだったのに、次から次へと小悪魔たち、もとい甥っ子と姪っ子が飛びかかってくる。いくら子供とはいえ七人は無理だ……。
「子供に好かれるなんていいことです。きっと白緑はイイ人なんでしょうね」
『うんうん。じゃ、あとはイイ人に任せて僕らはお出かけしよ~』
あ、あいつら、俺を生け贄にしやがった。
「あら何言ってるのよ」
「シラーとベリーもまだやるべきことがあるだろ?」
「ん!」
「ん!!」
「ん!!!」
小悪魔たちからやや遅れてやってきた大きな小悪魔五匹。
「ペン?」
『てへ?』
うおっ気色悪。
二人の可愛い子ぶった表情と仕草に鳥肌が立つ。だいたいペンてなんだペンて。ペンギンはそんな鳴き声じゃないだろ。
とか心の中で突っ込んでたら、シラーとベリーは一瞬の隙をついて行方をくらませた。俺の底をつきかけた大切な魔力を使って……。
「チッ。相変わらずあの二人は逃げるのが上手いわね」
「仕方ない。あいつらの分も白緑からもらうとするか」
「ん!」
「ん!!」
「ん!!!」
チビッ子どもに揉みくちゃにされ続ける俺の前に立ちはだかる大きな小悪魔ども。
こいつらは何かっていうと俺からお金を毟り取っていく酷いやつらだ。この時期は大義名分があるから特に容赦がない。
「「「「「「お年玉!!」」」」」
五人の発言を皮切りに、チビッ子たちまでお年玉お年玉と喚きだす。
十二人だぞ?
一人五百円でも六千円。痛すぎる出費だ。それほどまでの大金を支払っても、手に入るのは「少なすぎる」という不満の言葉。割に合わないとはこのことだ。
どうにか逃げなくては。
「言っとくけど、ここ数年踏み倒した分も今年に加算してもらうわよ」
この上から物を言うような口調の女子大生は
「それだけじゃない。待ってやった料も加算だ」
余計な提案をするのは山吹。多感な高校二年生。こいつも
「ん!」
「ん!!」
「ん!!!」
さっきから「ん」しか要ってない同じ顔の三人組は
そして
「俺知ってんだぞ! みどりみたいな大人を独身貴族っていうんだ」
「貴族ってなぁに?」
「お金持ちのことさ」
「でもみどりはド貧乏なんでしょ」
「貧乏神を信仰してるんだよ」
「毎年俺たちを騙してたってのか!?」
「ひど~い!」
わちゃわちゃと好き勝手にあるこないことを喋っている。
「ほら、早くお年玉出しなさいよ。私大学生なんだし、五万円くらい欲しいわ」
「姉貴が五万円なら俺は四万円でいいぜ」
信じられない額を要求する二人は、強欲な
「ん!」
「ん!!」
「ん!!!」
一言に三万円と込めてみせる三つ子らは物静かな
「お年玉~」
「ねぇみどりは貴族なの?」
「俺ひゃくまんえん!」
「じゃあ俺いっちょうえん!」
小学生組は相変わらずわちゃわちゃとうるさい。うるさいから考えがまとまらない。まとまらないからドンドン詰め寄られていく。
しかし無いものは無い……と言えないのがまた辛いのだ。万単位は不可能だが、
「さあ今年こそお年玉を寄越しなさい!」
「あ、あう……」
決してお年玉をもらうような態度ではない月桃がずいっと一歩踏み出したその時、救いの手が差しのべられた。
「あの、皆さん。お昼ご飯買ってきましたよ。頼まれたドムドドムバーガーを……あ、白緑君。やっと起きたんだね」
良司さん!!
「ドムドドムーー!!」
「俺照り焼き!」
「私カニー」
「ポテト! ねぇポテト!」
俺に纏わり付いていたガキんちょ七人がわっと良司さんの持つハンバーガーに群がる。
「ふんっ! いったん止めよ。私冷めたドムドドムは認めないの。ああ、言っとくけど逃げたって無駄よ白緑。私、この一年で特殊魔女免許三級を取得したのよ」
と、特殊の三級だと!?
あ、あああ……終わった。特殊魔女免許とは攻撃や破壊に関する魔法を扱える資格だ。三級だと某国民的RPGの呪文、メ●ミ相当の魔法が許可されている。もちろん正当な理由
そういう免許なのだ。月桃は躊躇うことなく撃ち込んでくるだろう。そういう姪っ子だ。
「観念しろ白緑。今年は絶対逃がさないからな。よし! とりあえず飯にするか」
「ん!」
「ん!!」
「ん!!!」
小悪魔たちは良司さんから袋を受け取ると、俺の部屋から出ていった。
にしてもすごいなドムドドムバーガー。小悪魔たちのお年玉攻撃をこうも容易く……。
「白緑君。起きたら部屋に来るようにって紫さんが言ってたよ。まだ色々信じられないけど、僕は君の使い魔? ていうのになったんだってね」
「はい……」
「ふふっ、これからは毎日白緑君の食事風景を見られるのかぁ」
なんだか周りに花でも咲かせそうな良司さんが、軽い足取りで部屋から出ていこうとする。
「ま、待ってください良司さん。使い魔になって早々、申し訳ないんですが、初めての仕事をしてもらいます」
「仕事、ですか?」
「はい。良司さんにしかできない仕事です」
「僕にしかできない……うん、なんでも言ってくれ! なんだか君に頼られるのが凄く嬉しいんだ!」
中年モブ顔男の笑顔がこんなにも眩しいとは。では遠慮なく……
「お金を貸してください。お願いします」
俺はベッドから降りて床に額を擦り付けた。
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