第12話 部活動見学と書記の人
金曜日になり、千慧は調理室へと向かっていた。ちなみに七桜は今日はテニス部を見学するんだとか。文化部には全く興味を示さず、入学式から運動部へと足を運んでいる。昨日聞いた話だと、バスケ部にいる松永先輩は相当モテているようで、かなりの数の女子が応援に来ていたらしい。様子を見てなのか、七桜はバスケ部には入らないと決めたようだ。だから今日はテニス部を見に行くんだとか。
千慧は興味もなさそうに話半分で荷物をまとめてから、七桜にまた明日ねと声を掛けてから急いで教室を後にした。少しだけ早足で廊下を歩いていると、前の方から見知った顔が静かに歩いてくるのが見えて、自然と心が躍る。
「あれ、呉宮くん。今日は部活を見にいくの?」
「はい!えと、今日は調理部やってますよね……?なんだか不安になってきちゃって」
「大丈夫、今日はやるって聞いてるから」
誰か知り合いが調理部にいるのだろうか。しかし彼女の言葉で安心した千慧は、胸を撫で下ろした。すると自分達の後ろから女子たちがはしゃぎながら歩いてくるのが見えたため、廊下の端へと寄った。女子たちは調理室のある方へと曲がって行ったため、彼女たちも調理部に見学しに行くのだろう。
「大丈夫、調理部の副部長は男子だから。部長はちょっと派手な子だけど、優しい子だから安心してね」
「すみません……ありがとうございます」
部活にたいしての不安が顔に出ていたのだろうか。そう考えると何だか恥ずかしい気もしてくる。ただ先輩のおかげで、先ほどまでの緊張による胸の苦しさは消えていた。
「あれ、千歳ちゃんどーしたの?今日はカフェで勉強するんでしょ?」
調理室の中から出てきたのは、ウルフカットの穏やかな男子生徒だった。親しげに千歳と話す姿に少しジェラシーを感じてしまう。
「湊くん。うん、これから行くけど呉宮くんに会ったからちょっと話してたの。この子、呉宮千慧くんっていうんだけど調理部の見学しにきたんだって。ちゃんと新入生の面倒見てあげてね」
そう言って先輩は、俺と湊先輩を残してその場をあとにした。
「見学に来てくれてありがとね。千慧くんだったよね?おれは湊 六季(むつき)っていうんだ。好きに呼んでね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
湊先輩は、調理室に千慧を招き入れた。部屋の中はエプロンを身につけた女子がお菓子の材料を並べているところだった。一斉に注目を浴びて全身が熱くなる。何、俺何かした?
「湊っ!でかした!!」
オリエンテーションで見かけた部長の女子生徒が湊先輩の背中を思い切り叩いた。かなり痛そうな音がしたが、叩かれた本人は笑っているだけだった。
「君、何組?すっごいイケメンだね!よかったら調理部入ってね!お菓子作れる男子すっごいモテるよ!まぁ、湊は例外だけど……」
「は、はぁ…。1年B君の呉宮千慧です。あの、よろしくお願いします」
「待って、めっちゃ可愛いんだけど!ねぇ千慧くんは彼女いるの?え、いない?じゃあ好きな人は!?」
「まゆちゃん、がっつきすぎ。ちょっと落ち着いて。千慧くん怯えてるから」
部長の勢いに若干引いていると、湊先輩が彼女を宥めてくれた。何とか助かった。この部活、いつもこんなテンションなのだろうか。果たしてついていけるのか。
「ごめんね、千慧くん。あ、そうだ自己紹介!私、部長の斎川まゆっていいます。湊は副部長ね。生徒会の書記もやってるよ。何か連絡とかあれば調理部のLIMEにメッセしてね」
なんか、もう入部の流れになってるけどまぁいっか。と千慧は部長の強引さを半ば諦めて受け入れることにした。
*
*
*
あれから千慧は、六季にエプロンを借りて部員と共にお菓子作りをやり始めた。簡単に作れるクッキーにしようと、部長のまゆが張り切っている。千慧はお菓子作りは初めてではあるが、料理は割とできるためそこまで苦戦することも無く、スムーズに作業が進んだ。
「呉宮くん、手際がいいね!お菓子作り得意なの?」
「いや、初めて作りました」
「すご!めっちゃ形キレイ!!私なんてぐちゃぐちゃだよー」
同じく1年生らしい女子生徒は、歪な形に焼けたクッキーを見せてくる。甘い匂いが調理室に漂っていて、誰かのお腹の音が盛大に鳴った。千慧は驚いて、周りを見渡す。
「湊ー??」
「あはは、ごめんね。クッキーの匂いでお腹すいちゃって……。ねえ食べていい?」
「いいよ、そのための湊だったりするし」
そのための湊とはどういう意味だろうか。自分で作ったクッキーを食べながら考えるが、答えが出てこない。湊先輩は、すごい勢いでクッキーを口に放り込んでいた。
「ねぇ、湊先輩ってさ……」
「あー、気になるよね。湊先輩は基本的にお菓子は作らないんだって。部員が食べきれなかった分とか食べる係だって部長が言ってたよ」
「そうなんだ、ありがとう……ええっと」
「深雪だよ。呉宮くんと同じクラスの中森深雪。これからよろしくね」
同じ調理台を使っていた彼女は、明るく自己紹介をしてくれた。質問にも快く答えてくれてとても助かった。
「ごめんね、俺まだクラスメイトの名前とか覚えてなくて」
「いいのいいの!私も全然覚えてないから。ただ呉宮くんと西野くんは目立つから覚えちゃった」
「えっ、俺と七桜って目立ってるの!?」
目立たないように過ごしていたはずだけどな、と困ったように笑うと中森さんは目立ってるよーと面白そうに言った。なんだか恥ずかしくなり、それを紛らわすためにまたクッキーを口に運んだ。
「2人ともすごく顔が良いって1年生の女子の間で人気だよ?呉宮くんなんてミステリアスだよねって言われてて。西野くんは元気で少年みたいだけど、呉宮くんは大人っぽいよねって」
大人っぽい、なんて1番遠い言葉だと思ってた。普通に嫉妬だってするし、友達だって作れなかったし、あんまりクラスメイトと馴れ合わなかったし……。思い返してみれば、先輩と出会ってから自分の行動が全て変化していることに気づいた。
そっか、先輩のおかげなんだ――。
「そうなんだ。みんなが思ってるほど俺も大人じゃないよ。好きなものだってみんなと変わらない」
「そうなんだ!なんかそれ聞いてちょっと安心したかも。……雲の上の人って言うと大袈裟かもしれないけど、そんな感じの人で近寄り難いんだって思ってたから。呉宮くんってすごく話しやすい人だったんだね」
俺の印象は一体どうなっているんだろう、と学年全体に聞いてみたくなるほどだった。自分のことよりも、神瀬先輩のことの方が気になる。放課後はカフェで勉強をしていることだって初めて聞いたし……。
俺って先輩のこと何も知らないんだ――。
まずは、先輩のことについてもっと知らなきゃなと今後の行動について、クッキーを食べならがら考えていくのであった。
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