第2話 曇り顔
一年生教室に続く廊下を千歳と千慧は並んで同じくらいのペースで歩く。
「あの、変な話をしてもいいですか?」
先程の笑顔とはうって変わった彼の表情は、思い詰めたような顔をしていた。
千歳は彼の問いに頷くと、持っていた書類を抱え直した。
廊下には自分たち以外に誰もいない。
まだ入学式までは時間があるはずなのに。この不気味さを背中に感じながら歩くスピードは緩めることはなかった。
「実は、校内探検なんて嘘なんです。俺、中学校でうまくいかなくて……。だから高校で新しく始めようと思って中学の同級生が誰もいないところにしたんです。けどやっぱりクラスの雰囲気に馴染めなくて。今日が初日なんだから当たり前だろって感じですけど……」
彼はそこまで話すと、困ったように笑っていた。
さっきヘアピンをあげた時のような笑顔とは違って、何か取り繕っているような演技のような笑顔で。
千歳はどう言えばいいのか、言葉を見つけられずにいた。
下手に、なんとかなるよなんて無責任なことは言いたくない。
けどそれ以上に上手な言葉なんて見つからない。
「クラスはすでにグループができてるっぽくて、今更入れるような雰囲気でもなかったんです。だから、その環境にいるのが辛くて入学式まで時間を潰そうと思って廊下に出てたんです。あ、でも迷子になったのは本当なんですよ、恥ずかしいですけどね」
千慧は、少しだけ顔を赤くして俯いてそのまま口を閉ざした。
さて、これから俺は彼女に何を言われるんだろう。
キミが頑張れば友達なんてすぐできるよ、なんて今までの人たちのように言うのだろうか。
過去にも親や先生に言われてきていた言葉だが、それがプレッシャーになって不登校になっていた時期だってある。
この人もやっぱり、なんて思った瞬間、隣から弾んだ声が聞こえてきた。
「最初はそんなもんだよ、仕方ない!!」
眩しいくらいの笑顔を向けてくれた先輩にキュンとする。
あまりもの適当な発言にもびっくりした千慧だが、それよりも彼女の表情に惹かれたのだった。
「そりゃもう仕方ないよ。私が入学した時だってキミと同じ気持ちだったよ。人見知りが酷くて、おまけに男子に対して苦手意識が強くてね。誰にも関わらずに勉強ばかりしていたからすごくクラスで浮いちゃってたんだ」
明るい声音で懐かしそうに話す千歳は、千慧にとって女神のように見えていた。
「でもね、やっぱり気になる人もいたみたいで声をかけてくれた子が何人かいたの。いつも通り過ごしてるだけでも、必ず誰かはきっと興味を示してくれるはずだよ。……なんてまた無責任なこと言っちゃってるし、あんまり参考にはならないかもしれないけどさ」
先輩の言葉は暖かった。
友達ができないのはずっと自分の性格のせいにしていたから。
自分なんて、って思いながら今まで過ごしてきたせいで自己肯定感が低くなっていたのかもしれない。
「あとね、キミのその笑顔はきっといい武器になるよ。私もその笑顔で元気をもらったから。よーし、入学式頑張らないと!」
グッと拳を作って気合を入れる先輩の姿が愛おしく感じて、自然と肩の力が抜けていった。
さっきまで残っていた心のモヤモヤがすっきりと晴れた気がする。
「先輩、アドバイスありがとうございました。おかげで元気出てきました。だから俺も入学式頑張ります!」
自然と笑えるようになった彼をみて千歳はホッと胸を撫で下ろした。
ちょうどいいくらいに緊張が解けたみたいでよかった。
しばらく、世間話をしながら進んでいるとガヤガヤと賑やかしい声が聞こえてくる。
前方の曲がり角を左に曲がると1年生教室のプレートが目に入った。
「B組だったよね。私はA組に用事があるからここで別れるけど、またたくさん話そうね」
「はい!色々とありがとうございました。ヘアピンも大切にしますね!神瀬先輩、これからもよろしくお願いします!」
ぺこり、と軽くお辞儀をすると彼は教室の中へ入っていった。
それを見送った後、千歳は資料を届けにA組のドアをノックするのだった。
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