妹は腹黒くてドライな恋のキューピット
僕と妹の長期に及んだ兄妹ゲンカも、あの日の一件でようやく終焉を迎え、僕らはこれまでと変わらない普通の日常を過ごしていた。
妹の怪我も、検査の結果ただの捻挫だったことがわかり、目指していた大会への出場は見送られたものの、間もなく復帰予定だ。
「吾妻、ちょっとお母さんのとこいらっしゃい!」
調度そんな時だった。僕はある夜母親に呼び出されて、一階のリビングへと下りていく。
「母さん、何か用?」
「いいから、そこに座りなさい!」
僕は母親に言われるがまま、母親とテーブルを挟んで対面のソファーに腰を下した。
妹が隣のダイニングで、落ち着かない感じでちらちらとこちらを伺っている。
「あんた、もう行く高校はちゃんと決めたの?」
「あ……ああ、その話? 前にも言ったと思うけど、県立に行こうかなって……」
「皇海学園に行きなさい!」
「……は?」
母親の何の脈絡もない発言に、僕は思わずポカンとしてしまった。なんなの、この展開?
以前は皇海学園の“す”の字も言ったことのなかった母親が、急に豹変してしまったんだ。
「聞いたわよ、あんた毘奈ちゃんに皇海学園行かないか誘われたのに、あまり勉強したくないからって断ったらしいじゃない!」
「な……なんでそれを!? もしや伊吹?」
僕が妹に目をやると、したり顔でこちらを見ていた。あのクソガキ、余計な事チクりやがって……。
「県立行って楽しようなんて、そうはいかないわよ! 皇海学園に行って、ちゃんと勉強してもらいますから!」
「ち、違うよ母さん! 僕は別に勉強サボりたいわけじゃなくて……えーと、そうそう、私立は授業料高いからさ! 家計のことを考えて……」
本当にそれも理由の一つだった。ただし、純粋に家計を心配してたんじゃない。授業料が高いと、必然的に勉強しなかったときの親からの当たりが強くなるからだ。
だが、僕のそんな取って付けたような弁解も、妹に言い包められてその気になった母親には、全く通用しないのであった。
「あんたはそんなこと気にしなくていいの! あんたの授業料なんかね、お父さんが今より多く残業してくれば、事足りるんだから!」
「ぶぅぅぅーー!!」
「やだ! お父さん汚い!」
隣のダイニングで、父親が盛大にお茶を噴き出していた。
そんな迫害を受ける父親が、僕の味方についてくれることも考えたが、それは到底無理なお話だ。我が家はこの通り、女尊男卑なんだから。
「とにかく、あんたは毘奈ちゃんと一緒に皇海学園に行きなさい! いいわね!」
「でもほら! 一応皇海は進学校なわけだし……受かるかどうかは……」
「何言ってるの! だから今から頑張って、受かるように勉強するんでしょ!!」
「ええー!!」
最悪皇海を受けるだけ受けて、わざと落ちるという高度な戦略もあったが、それすらも我が母親は計算済みのようで、
「もし皇海に受からなかったら、高校一年から三年まで、みっちり予備校に通ってもらうからね!」
という、とんでもないカウンターパンチが返ってきた。これではもう、皇海学園に行く選択肢しかないも同然じゃないか。
言うなれば、これで僕の“中学三年、受験生なのに楽して県立お手軽プラン”は終了のお知らせってわけだ……。
「わ……分かったよ。やるだけやってみるよ」
「そうそう、最初から素直にそう言えばいいの。これで高校も毘奈ちゃんと一緒で安心だわ!」
妹の策略にまんまとハメられてしまった僕は、肩を落としてとぼとぼと自分の部屋へと帰って行く。
階段を登っていると、僕の去ったリビングからは、妹と母親の話声が聞こえてきていた。
「良かったわ! 伊吹が教えてくれたおかげで、吾妻も勉強する気になったみたい! やっぱり、あの子には毘奈ちゃんがついててくれないと、不安だものね」
「そうそう、あとお兄ちゃんなんか、毘奈姉に見捨てられたら一生独身間違いないから、私が面倒見なきゃいけなくなるもんね!」
全く、僕がいないからって好き勝手言いやがって。しかしながら、我が家族ながら本当に腹黒い妹だよ。一体誰に似たんだか……。
「ふふん、これで私の“毘奈姉をいつか本当のお姉ちゃんに作戦”も一歩前進だね!」
「そうね、これで上手く毘奈ちゃんが吾妻のお嫁に来てくれたら、お母さんの老後も安泰だわ!」
母さん、やっぱりあんたか……。
こうして、我が家の腹黒い女性陣によって、那木 吾妻補完計画は着々と進められていくのであった。
僕と腹黒くてドライな妹、そして完璧すぎる幼馴染。この不思議な三角関係によって、僕はこの後皇海学園への進学を決めるわけだ。
でもまあ、今となってはそれも悪くなかったのかもしれない。
この奇妙な三角方程式によって導き出された答えが、僕とあの少女との出会いへ繫がっていくのだから。
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