第22話 こんなに気持ちいいなんて知りませんでした 1
レイラを襲ったリリンが戻ってくる前に、はぐれたラディスと合流しないといけない。
レイラはボロボロになった自分の体を見下ろし、ため息をつくと立ち上がろうとした。
何とか、ここから先ほどの場所まで戻らないといけない。
「離れるなと言わなかったか?」
後ろから聞こえてきた地を這うような不機嫌な低い声に、レイラはぎょっとして振り返った。
「ごめんっ! なさい」
慌てて立ち上がろうしたとき、左足に鋭い痛みが走り、しりもちをつく。
「いつっ」
はじめは何が原因かわからなかったが、記憶をたどっていくうちに、先ほどリリンに襲われ彼女の体を蹴ったときに、足に鋭い痛みが走ったことを思い出した。
捻挫かもしれない。
「ケガをしたのか?」
ラディスがレイラの正面にしゃがみ込み、そっと足首に手を伸ばす。
レイラの靴を脱がして足首をぐっとつかむと、右に左に動かす。
「えっ……いたたたたっ、待って待って! 痛い! 痛いってば!」
レイラが暴れると、ラディスはしゃがんだまま、じろりとにらみつけた。
「これだから人間の体は……あれほど注意しろと言っておいたのに」
「だって……」
こちらは殺されかけたのだ。捻挫ですんだのだから、レイラにしてみればよくやったほうだ。
ラディスはため息をつくと、両手でレイラの捻挫した足首を両手で包み込み、何かを唱えた。
すると、足首の痛みがみるみる引いていく。
そういえば、レイラは死にかけたときにラディスの魔力をもらって眷属になっている。
ある程度の怪我ならばラディスの力で治せると、口数の少ないラディスの代わりにシルファから説明を受けたのだった。
「正常な状態に戻した反動があるかもしれん。1日は動かすな」
ラディスがきちんと説明をしてくれる。
「ご、ごめんね……転んじゃって」
「ここでか?」
ラディスは怪訝な顔をして、あたりを見回す。
辺りは木の低い茂みと大きな木の幹が一定の間隔であるくらいで、森の中にしては見晴らしがよく、比較的歩きやすい場所だった。
リリンのことや、黒髪の女性のことなど、話したいことはたくさんあったが、あまりにも多くの情報を一度に聞いたために、まだ頭の中が整理できていない。
ここは日を改めて、順番に聞いた方が得策だ。
「まあいい……帰るぞ」
レイラは痛みのなくなった足で立ち上がろうとしたが、ラディスに無言で横抱きにされた。
これは見慣れたお姫様抱っこだ。
「足は治ったから、大丈夫」
「安静だ」
短く、きっぱりと言い切られて、レイラはあきらめて体から力を抜いた。
レイラは年をとればとるほど経験値により慣れが出てきて、羞恥心や遠慮がなくなっていったと自覚しているので、すぐにあきらめられる。
それを他人から、かわいげがないと言われようと、何とも思わなかった。
レイラは今の自分が好きなのだ。
体が若くなったから、気持ちも引きずられないか心配だったけど、杞憂だったようだ。
こういう時は変に意識せずに考えることをやめた方が楽になれる。
こう考えている時点で、すでに意識していることに、レイラは気づいていなかった。
「城に戻る」
日も暮れていたので、残りの瘴気の穴は、後日、浄化して回るらしい。
レイラはおとなしくラディスに連れられて城へと戻った。
* * *
城に戻ったレイラは、顔色が悪いといわれて、そのままいつもラディスが使用する湯殿に放り込まれた。
ラディスは西の森の調査の報告などやることがあるらしく、足早に去っていった。
侍女をつけるといわれたが、足に痛みはなかったので、丁重に断ると、ひとりで入ることができた。
湯殿は華美ではないが質の良い大理石や彫刻がいたるところに施されており、贅の尽くされたものだとわかった。
湯につかりながら、レイラは息を吐いた。
ここに来てから、あまりにも色々なことがありすぎて疲れていた。
湯につかると血行が良くなって、リラックスできるので考え事をするにはもってこいだった。
リリンがレイラを嫌っていたのはわかっていたが、命を狙われるほどだとは思っていなかった。
日中の何もないときは、レイラの身を守るために鳥かごに入れられるというのも、ようやく実感できて来た。
ここは人間のレイラにはあまりにも危険なのだ。
今後もリリンと2人きりになったり、近づいたりしないほうがいいだろう。
シルファの妹でもあるし、かばいたい気持ちはあったのだが、リリンに襲われたことをラディスに報告しておいた方がいい。
後は西の森であった女性のことだ。
ラディスのことを知っていて、瘴気の穴をあけて回っているというならば、おそらく彼が探している魔女に間違いない。
これも報告した方がいい。
ただし、レイラが彼女とラディスの関係を知らないように、まだ知らないことがあると考えると、質問は慎重にした方がいい。
ラディスは元々口数が少ない。
端的に回答されると、情報が少なくなるからだ。
口数の少ないラディスから、なるべく多くの情報を引き出せるような質問を考えなくてはいけない。
「後は、タイミングも大切かな」
「タイミングとは?」
レイラがぎょっとして振り返と、すぐ後ろにラディスが立っていた。
「なんで、ラディスがいるの!?」
声がいいから誰かすぐにわかったことと、湯につかっているから、悲鳴こそ上げなかったが、普通なら問答無用で殴っている。
森でもそうだったが、後ろから急に声をかけられるのは、心臓に悪い。
「今日は安静だ」
レイラはがっくりと肩を落とした。
「考えたのだが、今日は俺がしようと思う」
「??」
こくりとうなずくラディスに、レイラは嫌な予感がする。
「いつも俺ばかりが気持ちいい思いをしているのだから、今日は俺がしよう」
そのとき、レイラの着替えを持ってきた侍女が驚いた顔をして、バサバサと着替えを落としてしまった。
いないと思っていたラディスがいて驚いたのだろう。なぜか、耳まで赤くなっていた。
もしかするとラディスのことを密かに思っている侍女なのかもしれない。
レイラが着替え終えたあとも、ラディスは歩くことを断固として許可しなかった。
夕食も歩かなくていいように、ラディスの私室に用意されているという徹底ぶりだったので、レイラは再びあきらめて、おとなしくラディスの寝室まで運ばれたのだった。
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