第18話 西の森の調査 1
午後から瘴気を浄化するために西の森に向かったレイラは、ラディスと共に森中に点在している瘴気の穴をふさいで回っていた。
数は多いが、いたって順調だった。
聖ロンバヌス教国に近いこともあって、慎重な行動が厳命されていたため調査隊はいつになく口数が少なかった。
「次で7つ目……」
ラディスと馬に乗って移動していたレイラは、指折り数えながらつぶやく。
調査隊は森に散っていたが、数人の部下がラディスの警護にあたっていた。
シルファが言うには、ラディスほどの力があれは、警護は必要ないのだそうだが、警備が目に見えて厳重であればあるほど、襲われることも少なくなるらしく、襲われる面倒を省くための処置であるらしい。
レイラはラディスの横顔を見みた。
色々大変なんだなぁ。
レイラの持つアロマオイルでさえ毒物の疑いをかけられ、シルファのチェックを受けたことを思い出して、ラディスに同情する。
その結果があの慢性的にこって疲れの取れない体なのだとしたら、いくら強いといってもあんまりではないか。
今まで休まることがあったのだろうか。
「着いたぞ。あそこの茂みの向こう側だ」
ラディスは茂みを指さした後、馬からひらりと降りると、レイラに手を差し出した。
幸い、レイラの癒しの力がラディスの不調に効いているようだし、マッサージなども相乗効果となって気に入ってくれているのだろう。
レイラは最近、ラディスがどんなに無表情でも、何を考えているか時々わかるようになってきていた。
それは血色がよくなっていたり、耳や眉がかすかに動いたり、口角がわずかに上がって見えたり、本当に些細な変化なのだが、意外と嬉しいものだ。
今は……張りつめてる感じ。
「どうした?」
「あ、ううん。何でも」
ラディスをまじまじと見ながら、考え込んでいたレイラは、自らもひらりと馬から飛び降りた。
レイラの知る馬よりずいぶんいかつくて大きな魔獣の馬だが、足をかける鐙(あぶみ)にジャンプして飛び降り、そこからもう一度飛び降りれば、レイラでも降りることができる。
「……」
レイラが地面に降りると、ラディスがレイラに手を差し出したままの格好で固まっている。
眉がピクリと上がりラディスの張りつめていた表情が少し不服そうに変化する。
「……自分で、降りられるようになったようだな」
「あ、うん。毎回抱えて降ろしてもらうのも悪いし」
「…………そうか」
何が不服かはわからないが、間があった後、ラディスはぽそりとつぶやいた。
ラディスの変化がわからないレイラは、固まったラディスの手を取って引っ張った。
森でラディスと離れるのは危険ということで、シルファに首輪にリードを勧められたのだが、レイラが断固拒否したので、結局手をつないでいることになった。
これは完全に子供の迷子防止策だわ。
恥ずかしさはあったが、危険がある以上、優先順位を考えたら、手をつなぐしかないのはわかっていた。
瘴気の穴に歩いて向かうレイラとラディスの後に、距離を置いて調査隊の魔族たちが4人続く。
「さ、早く終わらせて帰ろう。今日も好きなところをマッサージしてあげるから」
ラディスの方が圧倒的な年上なのだが、レイラは子供をなだめすかすように、ラディスの機嫌を取る。
レイラは歩きながら、反応のないラディスを振り返る。
「どこがいい?」
ラディスはレイラとつないだ手をじっと見ながら、ぼそりとつぶやく。
「……手で……」
レイラは目を丸くする。
なかなかマニアックだ。
「そんなに気に入ったの? 体の方が気持ちよくない?」
「……いや、体も……」
「じゃあ、今日は両方してあげる。クリームがよかったのかな? オイルのぬるぬるした感じが嫌なのかな?」
レイラは気づいていなかったのだが、この時、調査団の魔族たちはレイラとラディスの会話に聞き耳を立てていた。
「マッサージって……」
「……噂が……本当に」
などの会話が断片的に聞こえてくる。
後から知ったのだが、彼らは「マッサージ」という行為を知らず、「マッサージ」という単語さえ知らない場合が多いらしい。
つまり彼らはぜい弱で取るに足らない人間のレイラが「マッサージ」という超絶気持ちいいテクニックを使って、ラディスを篭絡したという事実だけを知ってるということになる。
他にも噂が重なって色々と誤解を受けていたのだが。
この時のレイラは知る由もなかった。
茂みを抜けると、今まで以上に大きな瘴気の穴が大地に開いている。
ところどころ間欠泉が噴き出すように、黒い瘴気の炎が吹き上がる。
レイラは瘴気の気味悪さに、口元を手でおさえた。
ラディスは調査隊に下がるように指示すると、レイラと共に瘴気の穴に近づく。
「今までで一番大きいね。ちょっとした湖みたい」
ぽかりと大地にあいた穴は、落ちるとどうなるかわからない。
その時、レイラは大きな大地の穴の近くに、人が倒れていることに気づいた。
成人男性のようだが、意識がないようだった。
「大変! 人が倒れてる」
レイラが駆け寄ろうとするが、ラディスはぴくりとも動かない。
手をつないでいるためレイラはたたらを踏んだようにつんのめってしまった。
「ラディス、どうしたの?」
非難の声を上げるが、レイラとラディスの目の前を噴出した瘴気の炎がかすめる。
「危険だ。まずは浄化を」
短く言ったラディスの言葉にはっと我に返ったレイラは、うなずいた。
「あっ! そうだよね。ありがとう」
男性が倒れているのは、瘴気の穴を挟んで反対側だ。
何を優先すべきかは明らかだった。
ラディスの手を離すと、レイラは瘴気の穴に近づき、集中する。
禍々しい気配を浄化したいと意識すると、次第に瘴気の気分の悪くなる気配が散っていく。
少し時間はかかったが、浄化は正常に行われた。
穴が次第にふさがり完全になくなったので、レイラはほっと肩の力を抜いた。
今までで一番大きな穴だったが、何とかなったようだ。
「そうだ! 大丈夫ですか!?」
「レイラ、待て」
レイラはラディスの静止の声を無視して、夢中で意識のない男性に駆け寄った。
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