第13話 つらいほど、その後が気持ちいいそうです 1

 昼食からようやく解放されたレイラは、午後からラディスと共に東の森へ調査に向かうことになっていた。


 ラディスの膝の上で食事を食べさせてもらっていたので腕も動かしていないのに、レイラはぐったりと疲れていた。


 ラディスはペットの本を参考にしているといっていたが、イケメンに「あーん」をして食べさせ続けられることを考えてみて欲しい。


 想像だけならうらやましいと言えるかもしれないが、実際にされると心臓に悪い。


 仕事で激務を終えた後とも違う脱力するような疲れ方だった。


 間近にあったラディスの顔を思い出し、レイラは赤くなった顔をたたいて誤魔化した。


 40年生きて、そこそこの経験を積んできたと思っていたが、世の中にはレイラの想像もつかない驚きがたくさんあるのだと再確認させられた。


 レイラはため息をついて頭を切り替えることにした。


 出発にあたり、短い着丈のワンピースのままでは、少し動いただけで下着が見えてしまうので、頼み込んでレギンスを用意してもらった。


 この世界にレギンスがあることが驚きだが、ワンピースに組み合わせるものではなかったらしく、出発の際にレイラの格好を見たラディスにも怪訝な顔をされてしまった。


 魔族の標準的な服装は着丈が短いか深いスリットの入ったもので、セクシーさと動きやすさが重要視されているということだった。


「自信がないから隠すのでしょうし」


「足が短いから、丈の短さを気にされなくてもいいでしょうに」


「鈍いようですから、私たちの言いたいことを全く理解できてないと思うけど、誰もあなたのことなんて見てませんわよ」


 など、侍女とリリンに散々言われてしまった後だったので、魔族的にナシなのはわかっていたのだが。


 パンツが見えるかもしれないと思うと、気になってまともに動けなくなる。


 それにこの数日で魔族について、いくつかわかったことがある。


 魔族という生き物は、本当に欲望に忠実で、快楽に弱く、そして性格が悪い!


 確かに彼女たちは容姿に優れ、自信にあふれていること自体は悪いことではないかもしれない。


 けれども、人を悪しざまに罵るときの下卑た瞳と表情は非常に醜いとレイラは思うのだ。


 美しさは心と体から作られるという、社長の教えはやはり素晴らしいものだと再確認させられる。


「これさえあれば、多少、パンツが見える動きをしても大丈夫!」


 そういって試しに足を上げてみせると、ラディスは驚いた後ぐぐっと眉間にしわを寄せ、見送りに来ていたシルファが口を押えて肩をふるわせている。


「そういう問題じゃないでしょうけど、ふふっ、無防備ですね」


 レイラはいい感じだと思ったのだが、魔族的には違うようだ。


 シルファはにこにこ笑うばかりで、一連のやり取りを見ていたラディスは、なぜかレイラを隠すように長い外套の中に入れる。


 ラディスの香水の匂いに包まれるようで、レイラは落ち着かなくなる。


 魔族ってよくわからない。


 レイラは魔族の様々な反応を見て、自分が生きてきた日本と異世界の感覚の違いを感じていた。


 その後、シルファに見送られ、ラディスと共に厳めしい馬のような生き物の背に乗って東の森へと向かった。


 ラディスからしてみれば、人間のレイラは保護すべきペットのような存在なのかもしれないが、未だに40歳で自立してきたと自負していたレイラは、素直にその好意を受け取ることができない。


 かわいげがないとは思うけど。


 年と共に、社会で生きていくために、強くならざるを得なかったのだ。


 1時間ほどで東の森の到着したのだが、レイラは揺れに酔い、さらに馬の速さに目を回していた。


 馬から降りたレイラだが、ぐったりしてふらついたため静まり帰った森の中を、ラディスに抱きかかえられて進んでいた。


 午後の日差しが木々の枝葉をすり抜けて、地面にまばらな金色の光を落としている。


 運んでもらうのは、さすがに申し訳ないと思って辞退しようとしたが、人間は体が弱いものだから、当然だと有無をいわさず抱えあげられてしまったのだ。


 二人乗りの前に乗せられて、後ろから抱きしめられる格好になると、否が応でも意識してしまう。


 お姫様抱っこの次は膝の上に乗せられ、後ろから抱え込まれるように抱きしめられて食事をとらされ、子どものように抱っこされているなど、普段なら暴れて逃げ出している。


 レイラが顔を上げると目の前に美しいラディスの顔があるので、恥ずかしすぎてラディスの肩と首の間に顔を押し付けるようにして酔いがおさまるのを待つことにした。


 ラディスはレイラを抱きかかえたまま、調査隊から離れて瘴気の吹き出すという穴へと向かっているようだった。


「……他の人は?」


「周辺の調査をしている。瘴気を浴びると普通の魔族は理性を失って狂うから瘴気の穴には近づかせていない」


「あぁ……」


 レイラはラディスと出会ったときに会った狂暴化した魔族を思い出して身震いした。


 レイラは静かな森の中を進むラディスの丹精な横顔をこっそり見上げた。


「あなたは平気なの?」


「他よりは頑丈にできている」


 シルファから聞いた話によると、ラディスはけた違いの魔力を有し、強靭な肉体を使った戦闘能力も高く、瘴気にも耐えられるという。


 何も言わなかったが、レイラは「頑丈」という言葉にかすかな違和感を持った。


 その違和感が何かわからないまま、レイラはラディスと共に、森の奥へと向かっていった。

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