第5話 鳥かごの中でカワイイ服を着せられています 1
ひそひそという話声で、レイラの意識が覚醒していく。
目を覚ますと、レイラは硬めのクッションのようなものの上に寝かされていた。
ゆっくりと半身を起こして自分の状況を賢明に把握しようとする。
まず、生きている。
背中から光の槍のようなものに貫かれたはずだが、痛みはおろか、胸を見下ろしても傷一つ残っていない。
まさか夢なんてことはない……よね。
傷みも血の匂いも、鮮明に覚えている。
目の前で魔族と呼ばれた男性が死んだことも……。
レイラは息を吐いて自分を落ち着かせると、ぐるりとあたりを見回す。
「金色の鉄格子?」
あまりにも奇妙な光景に、天井も仰ぎ見た。
鉄格子はアーチ形になっている。
「あ、鳥かご」
レイラは巨大な円形の鳥かごの中に入れられていた。
それも金色で、いたるところに宝石がはめられ彫金がほどこされている。
足元はクッション性のある硬めのマットで白と金糸が上品に織り込まれた光沢のあるシルクの織物だ。
普段から良質なものを見極める目を養えと社長に言われていたレイラは、社長の元、様々な高級品、一級品に触れる機会を与えられていた。
悪趣味だが、ここにあるのは一級品のものばかりだ。
そう。レイラが来ているワンピースはフリルたっぷりで丈こそ太ももが見えるほど短いものだが、手触りと光沢からしてシルクだろう。
……リボンがたくさんついている。
? リボンがたくさんついたシルクの光沢のあるひらひらの丈の短いワンピース。
レイラは自分が来ている服を冷静に見下ろして、ぎょっと目を見開いた。
「げっ、ナニコレ!!!???」
悲鳴にならない叫び声がもれた。
レイラは肩や太ももがむき出しになったひらひらでリボンがたくさんついたワンピ―スを着せられていたのだ。
気づくのが遅すぎるとは、言わないで欲しい。
あまりに非現実的な状況が続いているので、頭が回っていないのだ。
しかもスカートのすそを持ち上げているとカワイイ白い下着まではかされている。
ないないないない!
この年になって、この格好はさすがにありえない。
下手したら痴女として警察に突き出されるかもしれない!!
次々と起こるありえない状況にレイラの頭はパンク寸前だった。
頭を抱えていたレイラはしばらくして、あたりが静かになっていることに気づいた。
顔を上げると美しい女性たちがレイラを見ている。
人数は3人。
メイドのようなおそろいのお仕着せを着ていたが、その見た目は髪と瞳、肌の色が違う、三者三様の絶世の美少女だった。
先ほど、目が覚めた時に聞こえていた、ひそひそ声のおしゃべりは彼女たちだったのだろうが、今は口をつぐんで、憎悪とも蔑みとも思える表情でレイラをにらんでいる。
「あの……」
雰囲気は最悪だが、とにかく聞いてみるしかない。
「人間、ラディス様に取り入ったやり方を教えろ」
「黙っているような、口を引き裂くよ」
美女はそういって、鳥かごの中に手を入れてこようとする。
長く鋭い爪のある手がレイラの目の前に迫る。
「脳みそを引きずり出して聞き出せないかしら。くそっ届かない」
脳みそって、何を言っているのか理解できない。
美女の口から飛び出す悪意に満ちた言葉に、頭が真っ白になり、咄嗟に言葉が出てこない。
彼女たちのいうラディスとは誰のことだろう。
鉄格子が揺さぶられ、いつ壊れるのかレイラが心配になってきたときだった。
扉が勢いよく開き、二人の男が入ってくる。
「ようやく目が覚めましたか」
女たちは慌てて部屋の隅により、頭を垂れた。
「下がりなさい。醜悪な声が廊下にまで聞こえていましたよ」
金髪の優しそうな風貌の男が冷たい声で言い放つと、美女たちは不服そうな顔をしながらも、黙って部屋を出ていく。
「シルファ、このかごは、なんだ?」
「陛下のご命令通り用意しました。急場の調達でしたが、いい仕事をしましたね」
「確かに身を守るカゴを用意しろと言ったが」
「装飾にもこだわったんですよ。女性を入れるのに武骨な鉄格子だと気が滅入ってしまいます」
確かに鳥かごの中にいなければ、先ほどの凶悪な美女たちに何かされていただろう。
「怖かったでしょう? 魔族の女性は狂暴なのが多くて」
シルファと呼ばれた金髪の青年が鳥かごの近くまで来て、優しく微笑んだ。
「あなた、お名前は?」
「宇田……麗良」
「レイラ」
もう一人白銀色の髪をした青年が、鳥かごに顔を近づける。
森で胸を貫かれたレイラの顔をのぞきこんでいた青年だ。
「ひっ!」
レイラは自分の服装を思い出してしゃがみこんだ。
男の人に見られた! いや、私のこんな姿見ても仕方ないし、というかみっともないだけなんだけど!
ぐるぐると混乱した頭で、考えているうちに泣けてくる。
「かわいそうに、こんなにおびえてしまって」
「!? まさか、傷口がふさがっていないのか」
「ラディス様!」
ラディスと呼ばれた白銀の髪と金色の瞳をした美しい男は鳥かごのカギを開けて中に入り、しゃがんでいたレイラに手を伸ばしてくる。
「へっ?」
再び変な声を上げたレイラは、慌てて両手で口を抑えて逃げようとするが、鳥かごの中にいるので、逃げ場がない。
レイラの顔のすぐ近くにこの世の者とは思えないほど、美しいラディスの顔があった。
思わず固まると、ラディスはしゃがみこんでいたレイラをひょいと、軽々抱き上げた。
お姫様抱っこだ!
レイラはさらに硬直して息をのんで、息も止めた。
「ラディス様の魔力が体になじんでいないのでしょうか? 傷口は問題なかったと思うのですが……」
色気が駄々洩れのシルファがレイラの顔を覗き込みながら、そういうと、ラディスは眉間にぐっと深いしわを寄せた。
「む、もう一度、傷を確認する」
そういって、レイラの服を脱がそうとする。
「大丈夫! 触らないで!」
レイラは暴れるが、ラディスはびくりともしない。
「あばれるな」
「丁寧に扱ってくださいね。人間の体はもろいんですから」
「わかった」
うぅ……限界。
男性と付き合った経験がなくとも、社会に出て処世術を身に着けたレイラは一緒に仕事をしたり話をすることは平気なのだ。だがレイラは本人が思っている以上に、男性への免疫が低かった。
もう、どうにでもなれ。
普段の生活ではありえない数々のできごとと、芸能人もびっくりな美形たちを見続けたレイラは、ついに考えることを放棄した。
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