第21話 大人なら喧嘩を買わない

 恒例のロナードの家での秘密の会合である。

 女友達から聞いた噂、家の中での家族の行動、そういう情報を持ってコソコソとロナードの家に行くのも随分と慣れてきた気がする。

 慣れていい物事かどうかは知らないけれど。


「コート男爵家のフィー様?」


 私がフィーについて知ってることはないかとロナードとアレックスに尋ねたところ、二人とも噂1つ聞いてないという返事がかえってきた。


「というより、なにかと最近、コート男爵家の話を聞くのよね」

「うーん、ちょっとその辺り調べてみようか。派閥としても、あまり繋がりがあるわけでもないんだけど、君の家にコート男爵が来ていた理由もわからないしね」


 やはり、ロナードは我が家にフィーの父が来ていたことが気になっていたらしい。


「ところで、サリダ侯爵家のパーティーって、二人とも行くの?」

「うん。目ぼしい人はみんな招待されているようだし、顔繋ぎにはうってつけだしね」


 サリダ侯爵夫人の五十歳の誕生日パーティーがあるようで、彼女に縁がある人は招待されているようだ。

 私は今回のパーティーの主役、侯爵夫人の娘の友人枠で招待されている。

 そこまで縁が薄い人間でも呼ばれるのだから、どれだけ大きなお祝いなのだろうか。五十になるだけだというのに。きっと大人のなんとやらというのがあるのだろう。


「アレックスも参加するんだろ?」

「ああ」


 あまりあの手のことに顔を出さないアレックスにしては珍しいと思ったら、以前にテレーゼが彼の家にまで押しかけてパートナーになるのをねだったパーティーとはこれのことだったらしい。


「じゃあ、パーティーで二人にも会えるってことね」


 そういえば、最近、テレーゼが私について嗅ぎまわっているとかいう話をお茶会で聞いた。

 当日、彼女と顔を会わせたら、テレーゼはどんな反応をするのだろう。

 私本人に声をかけてくるのだろうか。


「じゃあ、そろそろヘンリーと会うのは解禁?」


 パーティーに行くとなったら、婚約者と出席するのが多い。身内と出ることもできるだろうけれど、私の場合はどうしようもない男だとしても、ヘンリーと行くのが普通だろう。

 没交渉にしていたヘンリーは、私と会わないのを幸いにと、今まで遊びまわっていたようだ。その様子を、逐一ロナードの商会の部下たちが目撃していたとも知らずに。


「そうだね。パーティーでそれとなくヘンリーの行動を見て、そこでも証拠を固めてから、君の婚約破棄の手はずを整えようと思うよ。君たちの婚約した理由もまだ憶測混じりなのだけど、だいぶつかめてきたからね。それを突けば、君のパパさんも婚約解消に頷かざるを得ないと思う」


 全てはパーティーの後で。

 そう、ロナードは企画立案をしてくれていたのに。


 そのパーティーで思いがけない方向に話が転がっていくとは、思ってもみなかった。





***



 ――数週間後


 今日、久しぶりにヘンリーと会う。


 ドレスは女の戦闘服。しかし、今日は婚約者の男を圧倒させる勝負服だ。

 私の意図を把握しているメイド陣に三日前からお肌の手入れや支度に集中させて、ここぞとばかりに気合を入れた。

 アップをして、細く自慢の首をみせ、髪を少しばかりたらすのは最近の流行。あれこれ詰めたり締め上げたりしてめりはりのきいたボディラインを作って。

 ヘンリーに対して圧をかけるためではあるが、今日のパーティーで会えるだろうアレックスのために、装っているのだと思えば頑張れた。


 メイドに手を引かれて階下に静々と下りてくる私を見て、ヘンリーの顔が驚きに染まった。


「やぁ、リンダ。今日の君は特別に綺麗だね」

「ありがとうございます」


 私が美しくなったのを知らなかったのは貴方だけです、と言ってやりたいけれど、それは言わない。

 

「お久しぶりですね、ヘンリー様」


 自分が着ているのはヘンリーは知らないドレスである。

 あらかじめどの色のドレスを着るかは手紙で伝えてある。

 色を合わせたはずなのだが、こちらは緑がかった青、あちらは紫がかった青ということで、どことなく隣に立つとちぐはぐな印象を受ける。

 この合わなさ加減が、自分とヘンリーの間を表しているようで、どこかおかしかった。


「じゃあ、行きましょう」


 彼の腕を取り歩きだす。

 パーティーの時には、外面の良さを生かして私を大事に扱っているようなふりを見せることは、ヘンリーは上手だった。

 しかし、私を置いてどこかに行ってしまうようなところは確かにあった。どうして、メイド達の御注進があるまで気づかなかったのだろうか。

 多分私の中に、そういう発想を持つ人間がこの世にいるということすら想像つかなかったのだから、気付かなくても仕方がなかったのだろう。


 彼のエスコートで会場に到着する。

 招待状を見せ、中に通してもらえば、今日は立式パーティーなのだろう。きらびやかな内装の中、盛装で話し込む見知った面々の様子が見えた。 


 さて、誰か仲がいい知り合いはいるだろうか。人だかりがしている中に、見覚えのある髪色が見えた。


 あ、フィー様だ。やはりこういう場に、あのような華がある人は映える。

 今は彼女は皆に話しかけられているみたいだから、後で話しかけてみよう。

 そう思いながら周囲を見渡せば、高い声が響いた。


「ヘンリー様! ここでお会いできるなんて」


 満面の笑みを見せて、テレーゼがヘンリーの傍に早歩きで素早く寄ってきた。

 彼女のパートナーはアレックスだろうけれど、アレックスは傍にいない。見ればおいてけぼりをくらったのか、遠くの方にいるアレックスがこちらを向いているのに気づいた。



 こんなに大勢の人がいるのに、アレックスだけをすぐに見つけられるのはなぜだろう。



 彼は私をじっと見ている。そして自分も、テレーゼとお揃いなのだろうか。濃紺に赤いラインの入ったその衣装は彼にとてもよく似合っていて、目が離せなくなる。

 しかし、まるで引きはがすように無理やり彼から視線を背けた。見つめあっている姿を誰かに見られるわけにいかなかったから。


 ヘンリーは周囲の目を気にしてか、自分にまとわりつこうとしているテレーゼにそっけない態度をとっている。

 彼女に向けて、あの時、二人でいちゃいちゃしていた時のような優しい笑顔を見せたりしていない。

 そんなヘンリーに気づいていないのか、テレーゼは今日のドレスがどうの、とか飲み物の好みなど一人で話している。

 遠い昔にテレーゼとは挨拶を交わしたような気もするので、いまさら紹介は必要がないが、ここまで私のことを放置されるのも失礼な話で、私もその場を去ろうかと思った矢先、ようやくテレーゼの視線がこちらに向いた。


「リンダ様とヘンリー様って、本当にパートナーなのですか? 衣装を合わせたりしてないのですか? 色がちぐはぐではないですか」

「はぁ……」


 こちらへの挨拶もなくいきなり何を言い出すのか。

 大きなお世話だ。

 さすがに不躾な言いまわしにむっときたが、あえて笑顔を作り、大人の対応を心掛ける。


「私たちはお互いを尊重をしているだけですから。あえて個を殺してお互いにすり寄るようなことはしないんです」


 そう言って、お前には関係ないだろという意図を言葉に刷り込むが、それをテレーゼは見事に無視する。


「相手の家風に染まるように努力するのが婚約期間ではないですか? リンダ様は我儘すぎるのでは?」


 くすくす意地悪く笑いながら、テレーゼは挑発をしてくる。

 周囲に聞こえるように明確に喧嘩を売られて、怒りを覚える前に、戸惑いを感じた。


 ちょっと待ってよ。


 思わず自分の口元がひくひくと動くのがわかる。


 これが私かテレーゼの開いたパーティだったのなら、彼女が私を煽り、そして私がそれに受けるような対決姿勢になるのはまだいい。


 しかしこれは侯爵家に呼ばれているパーティ。自分たちより家格が上の貴族の盛大な社交の場である。

 それで問題を起こすようなことをしたらどうなるか、それに思考が及ばないのか、この人は!

 ホストの顔に泥を塗ることにもなり、パーティーが台無しだ。

 この人は、どうしてこんな常識のないような恥知らずなことを言いだしたのやら。


 同じ伯爵家といっても序列は我が家の方がテレーゼの家よりも上。

 これは上位の伯爵家の子女として行いをたしなめるべきだろうか。しかし、相手に恥をかかせるのべきではないだろう。


 うーん、困った。


 ヘンリーはどう思っているだろうと思って、ちらりとそちらを見れば、彼は済ました顔をして聞こえないふりをしている。


 助ける気はまるでなさそうだし、ただでさえ評価が地に落ちているヘンリーの評価がますます落ちた。


 この男、本当に使えない。

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