第19話 噂話

「ごきげんよう。お招きいただきありがとうございました」


 仲のいいお友達とのお茶会。貴族子女のたしなみでもあるけれど、どちらかというと情報収集をするために行うことが多い気がする。

 大体、噂話で終わりになることもあるのだけれど。

 私の場合は逆に、噂になるようにしておいで、とロナードに見送られた。


 私が馬術倶楽部に顔を出したことは、こそこそと水面下で広まったようだ。いる場所の珍しさもあったけれど、私のイメージが変わっていたことと共に。

 それを聞いた女友達が私に何かがあったのではないかと思ったのだろうか。即座に会う場をセッティングしてくれた。

 お土産に人気店のお菓子を持って顔を出せば、いらっしゃいと、今日の茶会の主催者であるサラが近くの席をすすめてくれた。


「いらっしゃい、みんな揃っているわよ」


 女子だけの集まりは、嫌味の応酬だったり、あてこすりのような足の引っ張り合いがあったり戦場のような様相を呈する時もあるけれど、今日招かれた家でのお茶会はそんな雰囲気とはいつも無縁だ。


「あらあら、噂通りじゃなーい。リンダ、なんか可愛くなってる。どうしたの? イメージチェンジ?」


 満面の笑みを浮かべて、他の人が言いにくいようなことを、ずばりというサラのせいだ。

 貴族の娘と思えないくらい、歯に衣着せぬ物言いをする彼女を嫌う人も多いが、私は好きだったりする。



「前よりずっと素敵よ」


 純粋に悔しいと思う人は褒めてこないだろうけれど、サラは素直に褒めてくれる。それは彼女が自分に自信があるという意味もあるのだろう。


「どうもありがとう。サラの方がずっと美人だけれど」

「当然でしょ? お金かけているもの」


 人が隠したいような本音とか裏事情とかを全部さらけ出すサラの評価は当てになる。彼女の評価はみんなの評価でもあるから。


「ね、みんなもそう思うでしょ。リンダ、前より可愛いって」

「そうね」


 皆、頷いてくれる。こう訊かれて否定できる人はいないだろう。

 他の人は感情や本音を隠すけれどサラが私が綺麗になったという流れを作ってくれてほっとした。


「ところで、貴方、テレーゼ様と何かあったの?」

「何かって?」

「貴方のことを、嗅ぎまわっているって話よ」


 こちらが嗅ぎまわっているという風に言われるのならともかく、相手がこちらを調べているということが意外で、自分用にと注がれた紅茶を取る手がぴくりと動いた。

 その話を聞いたのは、サラの右隣に座っているユーリナなのだろう。皆の視線が彼女に集中し、自分も彼女の方を自然と向いた。


「あの方、前まであまりお茶会とかパーティに顔出してなかったのに、最近、あちこちに顔出しするようになったみたいよ」

「だって招待状送ってるんでしょう?」

「そりゃぁ……伯爵家の人だしね」


 礼儀として招待状は出してはいるけれど、来てほしくないという雰囲気がありありだ。気持ちはわかる。

 私は首を傾げた。


「でもどういうつもりなのかしらね。私のことなんて知ったって面白くないでしょうしね」


 ヘンリーの婚約者である私のことを知りたいというのだろうか。

 それなら、私から彼を奪うために? 自分も婚約者がいるのに。

 ヘンリーに本気になってしまって、婚約破棄をしようと動き始めたというのだろうか。それならそれで願ってもないことなのだけれど。


「アレックス様がらみじゃないの?」

「アレックス?」

「そう。アレックス様の婚約者として、幼馴染である貴方のことを、よく思ってないのでは?」


 うーん、どうだろう。そうだというのなら、ヘンリーと浮気なんてしないと思うのだけれど。

 そう思った私は即座に否定する。


「そんなこと言っても、アレックスとは幼馴染ってだけよ?」


 内心、自分の方に彼への思いがあるというやましいところがあるので、ぎくりとしてしまうけれど、それを顔に出さないようにして、済ました顔をして否定する。


「そんなこと言っても婚約者からしたら、幼い頃の婚約者……自分の知らない頃の彼を知っている貴方は羨望の存在だと思うわよ」

「そんなものかしら? 私、別にヘンリー様の幼い頃を知りたいと思わないけれど?」


 そう私が否定すると、お嬢様方はくすくすと笑った。


「リンダはそんな風に大人っぽく着飾っても、まだまだお子ちゃまねえ。ヘンリー様の気を惹きたくてそんな風にイメチェンしているんでしょう? 隠してもわかるわよ」

「……」


 ここで違うと否定もせず、肯定もせず、にっこりとほほ笑んで受け流した。


 ヘンリー以外の男のために自分がおしゃれをしているというイメチェンだった。しかし、実際にはそういうわけではない。

 ヘンリー自身には「ヘンリーのためではない」と思わせ、他の人には「ヘンリーのためのイメチェン」と思わせるのは好都合なので、私はその彼女たちの誤解をもちろん解くことはしない。


「もしかしたら、次のパーティーでリンダと鉢合わせして、何か面倒なことが起きるかもしれないわよ?」

「うーん……」


 面倒なこと……。

 私の方は起こすつもりはないけれど、あちらの方がこちらに意図的に接触して何かを起こされる可能性もある。


 テレーゼの意図がわからない以上、警戒するにも限度がある。

 しばらくテレーゼが顔を出しそうなところに顔を出すのは控えようか。

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