浮気されてる同士、婚約破棄同盟を結びます!

すだもみぢ

第1話 浮気現場

 女性の膝の上で男は目を閉じている。

 柔らかな日差しの中、風が渡る丘の上は恋人たちにひと時の憩いを与えるのだろう。


 そろそろ帰らなければいけない時間なのだろうか。

 慌てて女が身支度を始め、そして起き上がった男の頬に1つ口づけた。

 惜しむように何度も女性の方が振り返りながら、そこから離れていく。

 彼女が遠ざかる様を、物惜しげに見送る男。


 彼女が完全に立ち去ったのをしっかりと見届けてから、隠れて様子を見ていたリンダは姿を現した


「ヘンリー様、あの女性とこんなところで何をされておりました?」


 静かに声を掛けたのに、声を掛けられたこと自体に驚いたのか、ヘンリーが驚きに体を揺らす。そして声をかけてきたのが婚約者のリンダということに気づいてから、しまったというような顔になった。


「見てたのか、リンダ」

「ええ、見てましたわよ。……申し開きの方は?」


 この二人を見つけたのは偶然なんかではない。

 婚約者であるヘンリーが浮気をしているようだという話をヘンリーのメイドから教えられて、後をつけさせて現場を押さえたのだから。


 わざわざ人気のないところで、婚約者以外の女とイチャイチャしていたことへの言い訳があるなら聞こうじゃないの、と腕組みをしてヘンリーの顔をじろりと睨みつけたが、余裕のある笑みで#見下__みお__#ろされてしまった。いや、#見下__みくだ__#されたのかもしれないが。


「何でそんな必要があるんだ?」

「は?」

「君もすればいいじゃないか」


 体についた土をパンパン、と払いながら、ヘンリーはリンダを置き去りに歩き出す。


「元々僕らは親同士が決めた婚約者同士。結婚するのは決められているけれど、心は自由だろ。ちゃんと君と結婚はするよ。でも、結婚相手以外と恋愛しちゃいけないわけじゃないだろ。じゃあ、またね」


 そう言い捨てると、リンダの肩を小さく叩いて行ってしまった。






「ねえ、ロナード……婚約者の浮気に対する私の怒りって正当なものだよね?」

「まぁ、一般的にはそうだな」


 悩んだ結果にリンダが飛び込んだのは友人である子爵家の令息ロナードの元だった。

 リンダは庭先のテラスで呑気に昼寝をしていたロナードを叩き起こすと、立て板に水のごとく話し出した。ロナードからしたら何が起きているかわからない状況だったため、いったん落ち着こう、と仕切り直させてから話を繰り返させたのだが。


 ロナードは男であるが男性の恋人がいるのは周知の事実であるので、性別を超えた友人としてリンダの仲良しだ。

 話をきいたロナードはよしよし、となだめるように頭を撫でてくれたが、リンダが欲しいのは慰めではなく、冷静な状況分析だ。


「でもさ、このまま怒りに任せて婚約破棄って言いだしたら、損をするのは君の家だよ」

「そうだよね……」

 

 自分の家とヘンリーの家が結婚するのは、家同士の利益を狙ってのもの。そこに感情は必要ない。だからヘンリーの「結婚はちゃんとする」という意思がある以上、浮気をしているという事実があったとしても、婚約破棄を求める方が罪が重いと思われ、こちらに莫大な慰謝料を請求される恐れもある。

そんなのは理不尽ではないか。


「で、そのヘンリーのお相手というのはわかってんの?」

「うん、あの地味な色使いのドレスは、アーチェ伯爵家のテレーゼ様だと思うわ……よりによってなんであんなのをヘンリー様も選んだのかしら、とも思うのよね」

「へえ、テレーゼ嬢ってそういう風に女性から評価を受けるような子だったのか」


 僕、あまり知らないんだよね、あの人、と首を傾げるロナードにリンダも頷く。


「うん、私もよく知ってるってわけじゃないんだけど……これが華やかで可愛らしくて気立てもよい女性なら、どこかで仕方ないわね、みたいに思う部分があったかもしれないのだけれどさ……」


 テレーゼ伯爵令嬢はいわゆるボッチ気質……だと思う。

 パーティーでもあまり人と話そうとせず、気を使った招待客が話しかけても、ツンとして話の輪に入ろうとしない。一人が好きなのだろうか、とそのうち人が遠巻きにするようにしたらしたで、わざとらしく壁際に立って、華やかな集団を羨ましそうにじっと見ているなどして扱いにくい。

 そんな風なので、あまりパーティーにも呼ばれなくなったようだし、自分から積極的に交流を持ちたい人だと思わない。

 同じ伯爵家の貴族令嬢だが、あちらの方は自分のことを知らないかもしれない。


「ほんっと、あの二人むかつくわ。なんで婚約してから遊び始めるわけ? 浮いた話全然今まで聞いたことなかったわよね、ヘンリー様もテレーゼ様も。社会的にも精神的にも抹殺して、こっちに非のない形で婚約破棄してやりたい!」


 拳を震わせながら吐き捨てるように言うが、物理的にと言わなかっただけでも自分は偉いと思う。暴力をふるったらこちらが負けなのはわかっているから。

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