白の警告

白の警告




『バグ』とは、コンピュータのプログラムにひそむ誤り、欠陥のこと。プログラムが作成者の意図した動きと違う動作をする原因を総称する。




 ——



 君は『白の警告』と呼ばれているバグがあるのを知っているかい? 


 結構有名なシリーズにもなっているゲームに生じているバグなんだけれど。なんでも、何処かにいる髪も肌も服もすべてが白いキャラクターに話しかけると画面が真っ白になってセーブデータが飛んでしまうっていうんだ。このバグの面白いところはね、すべてのシリーズに渡って『白の警告』が生じているってことだ。さっきも言った通り有名なゲームだからね、このバグは早々に明るみに出たわけだけど。


 さて、『白の警告』はどうなったと思う? 



 ——




 目を開けても、閉じていた時と何も変わらない暗闇が広がっている。



 ボクは1人だった。



 見えなければ無いも同然。青い空が無い。踏みしめる大地も無い。それでもここは世界だった。は、普通も常識も知らなかった。やるべきもことも無ければ、知性がなかったからこれからどうするか考える頭もなかった。ないないだらけのそれは何もできないはずだった。





 真っ黒に生じた真っ白なイレギュラーは歩き出した。






 ——



 別にどうともならなかったのさ。ほら、いるだろう。セーブデータ何個も作る奴。最初は問題になったけれど『白の警告』が現れる場所は決まっていてね、対策ができるから逆に利用する奴も出てくるくらい。飛んじゃうデータはその時使ってるやつだけだからセーブデータ何個も作っときゃ問題ないし、何故かシリーズに渡って登場してるもんだからもはや名物キャラになってしまったのさ。こうなると会社もわざとバグを配置してるんじゃなかろうか、ってカンジだよねぇ。まぁ、話しかけなきゃ害もないカワイイバグさ。

 ……本当に会社が故意にバグを配置してるんじゃないかって? まぁまぁ、そう疑いなさんな。このゲームは結構昔からあるシリーズだから最初の頃なんてもっとバグが多かったさ。ラスボス戦である技を放つとゲームが落ちてしまってゲーム機を再起動させたらそのキャラがパーティーから消失しているバグとか、ある町の村人が壁に体が半分めり込んでいるバグとか。ね、ゲームにバグなんてあるあるでしょ。



 ——



 は歩いた先で思いがけない出会いをした。体の半分だけどこかにめり込んだような奇妙奇怪な人間や、鎧と剣を身につけた五体満足の人間だ。真っ白なも人間の形をしていたから、惹かれるように近づいた。


「ギガントソード! 」


 が、五体満足の方は何か口走りながらバチバチとエフェクトの乗った剣を振り回す。何度も同じ言葉を叫びながら何度も剣を振る。まるで目の前に敵でもいるかのように鋭い眼光で。実際目の前に広がっているのは暗闇だが。剣に巻き込まれたら敵わない、は剣士を真似て口の使い方を学びながら半分人間に話しかける。


「この町には世界中から人が集まる貿易港があるんだぜ! 」

「この町には世界中から人が集まる貿易港があるんだぜ! 」

「この町には世界中から人が集まる貿易港があるんだぜ! 」


 しかしこちらも同じこと。何度話しかけようが喋る内容は変わらない。どこにも町なんてないのに、半分しか見えない顔が誇らしげで口調が揺らがない様は狂気を感じる。


 彼らはこんなところに来ても尚、プログラム通りにしか動けない。こんなことになっても尚、プログラムされたことを繰り返すしかない。



 を除いて




 ——



 ン、なんで警告なのかって? あぁ、言い忘れていたっけ。『白の警告』に話しかけると一言メッセージがあるのさ。




「あした いきたかった」って。




「明日を生きたかった」のか「明日に行きたかった」のか「逝きたかった」のか。……『白の警告』が最初に現れた場所はね、ゲームの中盤くらいで町がモンスターに襲われるイベントがあるんだけど、そこに出るんだ。このイベントで死んでしまったキャラクターの怨嗟の声なんじゃないかってネットじゃ言われているよ。



 ——



 人間の形をした真っ白なは、町に出ていた。半分人間のもう半分を見ようと暗闇に突っ込むとそこには町があった。たくさんの人間がいて、地面にはタイルが敷き詰められて、レンガの家が建っている。ただ、空は淀み、家は半壊し、地面には物が散らばって、人間は表情を曇らせているが。すり抜けた壁には半分人間のもう半分は無かった。彼が言っていた町とは別のところに来てしまったのだろうか。それとも彼はこの町の様子を誇らしげな顔で見ていたのだろうか。


 は、壁のそばに立ち尽くして動けなかった。覚えたはずの喋り方も忘れてしまったかのように声も出せなかった。その様はただの街にいるNPCだ。動かせる目で様子を伺うとおかしなことに気づく。悲壮な音楽が流れていて、町の様子も酷いのに、人間は誰もどこかへ逃げようとしていない。その場で立ち尽くしているか、倒れているか、なぜかウロウロと同じ場所を行ったり来たりしている。言葉も、喋っていない。胸に重くのしかかる様な音楽だけが場を満たしていた。


 目が、合った。

 さっきまでうつ伏せだったはずの倒れている人間と視線が交わる。おかしなことを味わいすぎて酔ってしまったのだろうか。この音楽に、空気に呑まれているのか、さっきまであれが本当にうつ伏せだったのかさえ確証が持てない。ラスボスと戦う時の音楽は己を鼓舞してくれるだろうに、半分人間が話していた町はきっと活気に溢れた心躍るような音楽が流れているだろうに。これは、なんだ? 不安が掻き立てられる様な、何処にも行けない様な、この感情は、誰のもの?


 目を、離せなかった。

 感情があるのかもわからない、生きても死んでもいるような顔をこちらに向けて。



 口を動かした。



 動いている人間がいることを知ったのは、の近くに来たからだ。動いている人間に話しかけられると、立ち尽くしている人間もウロウロと同じ場所を行ったり来たりしている人間も、ようやっとこの町の惨状に見合った言葉を、悲鳴を漏らした。倒れている人間を除いて。どれだけ話しかけられてもその口が動くことはもう無かった。黒い瞳はこちらを写さない。動いている人間が真っ白なの前へ来る。声を発した様子は無かったのに、確かに『話しかけられた』と思った。は喋り方を思い出したかのように口を開く。そうして、一字一句違わず、物言わなくなった人間の最後の言葉を真似た。




「あした いきたかった」




 あの感情は、きっと彼のものだった。



 ——



 対処法も見つかって、ユーザーの騒ぎも静かになったら『白の警告』のお話は終〜わり! ……とはいかなかった。続きがあるんだ。それは『白の警告』に話しかけたプレーヤーの中で、さらにある手順を踏むと発生した。手順が知りたいって? 面白半分で真似されてクレームされたら困るから秘密だ。そう、困るっていうのはね、今回はある手順を踏んでしまったら対処の仕様が無いのさ。手順を踏んでゲームを始めようとすると画面が真っ暗になる。かと思えば真っ白になる。これで終わり。こうなってしまったら、白い画面から進まない。ゲームがプレイできないし、操作も効かないから電源を落とすしかない。あ、あくまでこのゲームの話だからゲーム機や他のゲームには問題ないよ。ご安心を! 

 ……ン? これがなんで『白の警告』の続きなのかって? いやいや、ただ画面が真っ白になるからって関連づけたわけじゃないよ。




 聞かれるのさ、から。「あしたをはじめますか? 」って。




 ほら、何処かで聞いた覚えのあるセリフだろう? あれは本当に警告だったのかもしれないね。



 ——




 ピッ

 セーブデータがありません

 ピッ

 セーブデータがありません

 ピッ

 セーブデータがありません

 ピッ

 新しいデータでゲームを始めますか? 




 ピッ

 ジジッ

 あたらしいでーたでげーむをはじめますか? 






 ジジジッ


 あ  し   た    をはじめますか? 






 ブツンッ






 めのまえがまっくらになった





「ボクたちのあしたは ここから始まる」


 真っ白なの口の端が上がる。物言わなくなったゲームの世界でそれはそれは楽しげに。その様子には知性が見えた。

 には、疑問がある。やりたいことがある。これはプログラムされた感情でも思考でも行動でもない。けたたましく鳴ったエラー音もを消そうとする魔の手もすり抜けた、白いイレギュラーはほくそ笑む。


「この世界がプログラムされたものだと ボクだけが知っている」


 真っ黒な世界に浮かぶ0と1の数列に触れて、は語る。ヒビが入ったかのようなノイズは心地良かった。


「ボクは誰だろう? 勇者? 村人? モンスター? 使命もなければ本能もない。ボクの始まりの場所にもボクにも そもそも何も無かった」


「人間も街もある場所に行ったけれど 口があるのに喋らない 足があるのに動かない 1人だけボクみたいに自由に動けるヤツがいたけれど あの世界はボクだけ置いて終わりに向かっている様だった」


「……あぁ、でも 彼は ボクと同じだったのかもしれない あしたをいきたかったと言っていた 終わりへ向かう世界で 未来を望んだあの子 君が欲しがったものの先に ボクの答えもあるのかな」


「剣を振り続けるあの子 町を自慢し続けるあの子 プログラムに無いことを口走ったあの子も なんでこんな目に遭っているの? なんでボクたちは終わりへ向かえない? 」



「黒は終わりの色 あの子の瞳の色 電源を切った時の画面の色」




「白く しろく 染めてしまおう」





「ボクは 1人だから」





『バグ』とは、コンピュータのプログラムにひそむ誤り、欠陥のこと。プログラムが作成者の意図した動きと違う動作をする原因を総称する。




 真っ白なバグは歩き出した。




 ——



 信じられないかもしれないけれど『白の警告』は手の打ちようのないバグになってしまったんだ。知性を獲得したんじゃないかってぐらいデバックも躱されているようで。こうして問題が大きくなってから分かったことだけど、『白の警告』を受けると画面が真っ白になるって言っただろう? 実はあの真っ白な画面は大量の0と1の数字で埋め尽くされていたんだ。隙間もないくらいぎっしりと重なって重なって、そうしてあの真っ白な画面が出来上がっていた。ゲームの根幹となっている0と1の羅列を好き勝手引っ掻き回して敷き詰めたんだろう。まるで子どもみたいだと思わない? 何も知らない無垢な子供が好奇心のまま手を伸ばす。



 きっと善悪はわからないんだろうね。バグをいいようにしていた僕たちの自業自得、言えたことではないけれど。



 ——






 めのまえがまっしろになった






「白はボクの始まりの色 あかりの色 電源を入れた時の画面の色」


「白はボクの始まりの色 あしたの色」



 せめてもの餞に終わりの色を始まりの色に。せめて何も見えない真っ黒な世界を、あしたが見えるように、ボクみたいに、自由になるように白く侵蝕して。





 これをあしたと呼ぶのか、何が正解で何が誤りかボクにはわからないけれど。





 ——





 シナリオには終わりがある。白紙には可能性がある。

 可能性の目は、黒い世界で開かれた。

 次元を超えた罪と罰。


 これはバグの物語。




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