第28話 奏多
「私、昔から走るのが好きだったんだよね」
口にすることで別の思い出がはじける。ガラスでできたブドウのように、連なる記憶が瑞々しく共鳴する。
小学校のとき鬼ごっこ中に激しくこけて膝を2針縫ったこと。子供のころ初めて食べたホタテが口に合わなくて今もずっと貝類全般が苦手なこと。話せることはたくさんあった。
ユルカも話を聞くのが上手かった。
「どうしてそんなに勉強するんだ?」「どれくらいの怪我から重症なんだ?」「両親が二人とも働いているのはこの国では普通なのか?」「兄貴はどんな人なんだ?」
当たり前の質問や、時には思いもよらぬ質問、訊かれてみればなぜだかわからない質問。彼が全く違う世界の人間だから出てくる切り口の質問だった。
ふと、ユルカはこんなに人と話すのが上手だっただろうかと思う。出会ったときは、声を出すことも久しぶりで、独り言のようにしか話せないほどだったのに。もともとこういう人柄だったのだろうか。いや、少なからず奏多の影響はあるだろう。なぜなら、彼の質問する様は、まるで他の世界のことを訊く奏多そのものだったから。
自分もこんな風だったのかと思うと、なぜだが頬が熱くなって、奏多は話しながら両手を頬に当てた。
時間は矢のように過ぎていく。冬の日没は早い。
あたりが暗くなるにつれて、奏多の口調は早くなり、次々と言葉を吐いていく。
話しているうちにすっかり日は沈んだ。あたりには太陽の名残を漂っているのみ。これもすぐに消えてしまうだろう。
ユルカが
惜しむほどに早く時間が過ぎていく。夜空に星が舞い、下がった気温に指が震えても、声が枯れてきても構わず奏多は話し続けた。
意識して話し続けたのもあるが、それでも自分でも驚くほどに話せることがたくさんあった。いろんな経験をし、いろんな感情を抱き、いろんな人と出会って、
「それで……あなたに出会った」
二人が視線を交換する。これで預けられるものがあるなら、いくらでも見続けるとばかりに。
思い出が今に追いついた。追いついてしまった。
まだ言っていないことが二つある。
大切なこと。言いたいこと。
「ユルカ……私……」
言葉は最後まで言えなかった。
奏多が言葉を言い切る前に、激しい地響きが二人を突いたからだ。
「え、なっ、何⁉」
座っていても倒れ伏しそうになる地震に、思わず奏多はユルカに捕まる。
地震も動揺も収まる前に、一際大きな振動が二人を貫く。次の瞬間、耳をつんざく轟音とともに、桜島が噴火した。
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