第14話 巌澄神社


巌澄神社はかなり山間部に近いところにあり、住宅もまばらな山道の先にあった。最も巌澄神社から近いコンビニを選んだつもりだったが、それでも徒歩30分近くはかかった。


川沿いに作られた道を進んだ先で、苔むした石階段に出迎えられる。左右に石灯篭が整然と並び、先に鎮座する石の鳥居に来客者を導いている。


「不思議な雰囲気だ」


 ユルカがそう声を漏らす。


 聞こえるのは遠くから聞こえてくる風の音のみ。静寂に同調した岩や木々の自然たちが、存在を主張することなく二人を包んで見守っている。


 静寂はユルカに付きまとうものではあるが、その彼をもってなにか不思議な感覚を与える空間のようだった。


 一段一段踏みしめるように二人は石階段を上っていく。


「すごいね……」


「ああ。本当に神様がいるみたいだ。それか、魔法みたいな不思議な力があるか」


「あったらワクワクしたんだけどね……」


 神様はわからないが少なくとも魔法に匹敵するものがないらしいことはユルカも学んでいる。


階段を上って鳥居を潜ると、すぐ右手前に木製の看板が立てられていた。見ればこの神社に関する説明や案内が書かれている。ユルカがいるために全く人気がないが、マイナーとはいえ一応ここも観光地。ある程度の紹介はあるらしい。


この神社での主な観光スポットは、先ほどの長い石階段に加え、おみくじのできる本宮、龍穴の上に建てられているという奥宮、お祈りができる結社といった具合だ。ご神体である二つの大岩は一般客には非公開らしい。


紹介看板を読んでいたユルカが口を開く。


「龍穴って何?」


「左のほうに注釈あるよ」


陰陽道や風水術における繁栄するとされる土地のこと、とある。ここがパワースポットと呼ばれる所以だろう。


順路らしい順路はなかったが、砂利道が続く境内を二人は進んでいく。


最初にたどりついたのは、本宮だった。手や口を清めるための手水舎と並んで隣接している社は、人の腰くらいの高さの石垣の上に建てられており、年月に色を深められた木造の建築となっている。


「おみくじ引いてかない?」


という提案するもユルカは首を振った。


「いらない。どうせ神様も俺を避けてるよ」


「まあまあ、いいじゃん! 気軽に占う気持ちでさ!」


「……。まあ、別にいいけど」


幸いにも、お金を自分で入れて小さな社から取り出すシステムのようで、無人でも利用できる。取り出す社は二つあり、片方が恋愛や人間関係を占う人仲運、もう片方が自身の将来の健康や成功などを占う自己運となっている。


どちらを選ぼうか、と思いつつ奏多はチラリとユルカを見る。


「えっ」


思わず声を上げた。ユルカなら自己運を選ぶと思っていたのに、彼は人仲運のおみくじを引いていたのだ。


「い、いいの? そっち人との関係とか占うほうだよ?」


 奏多には、ユルカが引いた方のおみくじの説明文にある『恋愛』の二文字がとても大きく飛び込んできていた。目も泳ぎ頬も熱くなる。なぜなら、ユルカからすれば恋愛が可能な人間など一人しかいないのだから。


 そんな奏多の様子を知ってか知らずか、こともなげにユルカは。「ああ、いいんだ」と答える。


「え……そ、それって……」


「次の世界でもまた、あんたみたいなやつに会えるといいなってことでね」


「あ……」


 返ってきた言葉は、思いのほか重いものだった。


「そっか……いつか別の世界に行っちゃうんだもんね」


 そう。ユルカは世界にすら避けられる。今この世界にいられるのも、この世界が彼を許容しているだけに過ぎない。この世界だけが他の世界とは違うわけはないだろう。きっと他の世界と同じように彼はいつかこの世界から弾き出される。


「ああ……だから……」


 その言葉の続きはなかった。


 ただ、彼の端から滲む輪郭に奏多はなぜだか切なさを覚えた。


 ユルカのおみくじは案の定大凶だった。大凶のおみくじに書かれている内容を見たくもあったが、人のおみくじの結果を見るのはなんとなく失礼な気がしてじっくり見るのはやめておいた。


「人間関係、『離れる人多し。親切を心掛けること』だってよ。離れる人多いのは、そりゃそうだろ。それに親切しようにも人がいないっての」


自虐的に彼は笑う。


「えー。私がいるじゃん。私に親切にしてよ」


「え、まあ……それはそうしようとは思うけど……」


「それに、近づけなくても親切はできるでしょ。道を塞がないようになるべく大通りは行かないとか、人がいなくなったら困る場所に行かないとか……。親切っていうか、人に迷惑かけないようにする感じだけど」


 ユルカは露骨に顔を顰めた。


「なんで俺がそんなこと気をつけなくちゃいけないんだよ」


「完璧に気をつけろってわけじゃなくてもさ、ちょっと気が付く範囲ではやってみようよ」


「嫌だね。人がどうなろうとどうでもいい」


 それだけ言って彼は踵を返すと先に行ってしまう。


「ちょっとー。ほんのちょっとでもいいからさー」


「嫌」


 本当に頑なだ。そのあまりの取り付く島もない態度に奏多も少しムッとして、ちょっといた強硬策に出てみる。


「……」


 奏多はその背中をじっと睨んで、


「…………」


じいっと睨んで……


「………………」


  じいぃっと睨んで……。


「……」


 ユルカが足を止めて振り返る。口をへの字に曲げて何度か口をもにょもにょとさせていたが、結局ため息をつくと、


「……わかったよ。今度気づくことがあったらやってみるよ」


 頭を掻きながらそう言うのであった。


 奏多はニッコリ笑みを返した。いままでの付き合いでわかってきたが、彼は意外と押しに弱い。


 ユルカはもう一度ため息をついた。

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