ごみと母と私

@mumumuro

第1話

「貯金ないよ」「保険もない」

病室のベッドで、そう父はつぶやいたまま窓の外に目を移した。

 病室の窓の外にはまだ5月だというのに強い日差しを反射した海がキラキラと光ってた。

 私は眩しい窓に背を向け、すっかり歳を取り小さくなった父をじっと見つめた。

 そこには力強く威厳に満ちた父のかつての面影は無く、まるで見知らぬ初老の男が電子音が響く陰気な病室のベッドで横たわっているようだった。

「どうするの?母さん一人じゃ買い物も出来ないし」

 私は病気の父に優しい言葉をかける余裕もないほどの焦燥感に晒されていた。

 そうだ。母はあの古びた家に一人ごみに埋もれて暮らしているのだ。

 私があの家に帰らなくなって10年の歳月が過ぎていた。その間に私は家庭を築き子供も授かった。小さな小さな幸せを積み木を重ねるように築いてきた。

あの家から、あの母から目を背けたままで。

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