魔法使いのトロイメライ

瀬木蜜柑

第1章

第1話

「〜〜♪〜〜〜♪」


 広い、広い部屋の中で少女の鼻歌が響く。部屋は壁が一部崩壊し、シャンデリアと窓のガラスが床に散らばっている。しかし元々あった装飾の金はまだ色褪せずに、ランタンに照らされて輝きが増している。

 少女の方は角度によっては金髪にも見える茶色の髪を腰まで伸ばしてフリルがあしらわれた服を着ており、喪服を思わせるものだった。


「〜〜♪〜〜〜 ♪」


 その鼻歌はどこか浮ついているようにも聞こえる。まるで子供が新しいおもちゃを買ってもらった時のような。


「ふんふん。なるほどなるほど」


 目を瞑りながら、一人つぶやく。


「あちゃあ。思いっきりやられたね〜まあ、まだまだ沢山残ってるから全然いいんだけど」


 残念だと言うように眉を動かすが、その口元は笑っている。


「早く会いたいなあ! 待っててね、エレインちゃん?」


 立ち上がり、両手を広げて言いながら虚空を見つめる少女の目は、どこか狂気を孕んでいた。



「気をつけー、礼」


「ありがとうございましたー」


 一週間の始まりの終わりはやる気のないその言葉で、締めくくられた。―─所謂、帰りの挨拶。

 それが終わるや否や、急ぎ足で帰る人、帰りの約束を取り付ける人などがいた。そんな中、俺―有栖碧―は帰りの準備をしていた。後ろからバタバタと足音が聞こえてきて、パッと振り返る。


「うわあああ! ちくしょー驚かせようと思ったのにー」


「残念だったな、圭一くんや。お前の行動なんざ分かりきってんだよ」


 なんて馬鹿げたやり取りをするのは、男子の中でも特に話している斎藤圭一だ。


「って、そういうのはうそ。足音デカすぎんだよ。それで、どうした?」


「おお、俺の心がわかるのか友よ! 実はな、今日遊びに誘おうと思ってな」


「あー。ごめん、俺今日用事あるんだよ」


 用事。とそう濁しているが、実はバイトの事だ。この学校はバイトが禁じられている―とは言っても絶対半数はやっているだろうが―ので先生に聞かれても大丈夫なように、用事と言うのが殆どだ。


「用事か。それなら仕方ない。じゃあ、空いてる日また教えてくれ! じゃあな!」


「おう、じゃあなー」


 圭一と別れの挨拶をして、周りを見渡すと掃除当番の生徒たちが増えてきたので、ササッと急ぎ足で教室を出る。







 学校を出ると、冷たい風が全身に当たる。季節は秋の終わりかけになっており、あと一、二ヶ月すると雪がちらほら降り始めるだろう。


 電車で家に一番近い駅まで行って、バスに乗る。イヤホンで曲を流しながら一番後ろの大人数用の席の右側。そこに座るのが俺のバスでの過ごし方。三十分ほど乗り続けており、自分の家なんてのは既に過ぎている。終着点に着き、運転手に運賃を渡して寒い外に出た。



 俺がしているというバイトは少し、いやかなり珍しい仕事を行うところであり、人目に付きにくい場所に建物がある。

 終着点から出た先は住宅街だった。家の間の小さな道をくねくねと何度も曲がった先に、メルヘンチックな建物がある。見る人が見れば、かなり怪しいのだがそんなことを気にする人は居ない。重厚感のある扉を開き、螺旋階段を登る。そして、階段に一番近い部屋の扉を開けると、ここの社長の書斎だ。


「こんにちはー」


「お、やっと来たね。遅いから随分待ったよ。早く私にお茶を入れてくれないかい?」


「はいはい」


「はい、は一回! もしくは喜んで! って言うところだぜ?」


「はいーてか遅いとか言ってましたけど、俺普通に学校でしたからね?」


 お茶なんて自分で入れた方が確実に早いのに、わざわざそんなことを俺に頼むのは社長だ。社長と言われても初見では絶対に分からないような見た目をしている。何せ高校生である自分と同じぐらいの年の見た目をしているのだ。

 社長の名前はエレイン。その名に相応しい、美しい顔立ちをしている。金髪は肩で揃えられ、瞳は宝石を思わせるほど輝く紫。

 いつもはよくフリルの服を来ているのだが、今日は珍しく制服を思わせる、真面目な服装をしているということに気づいた。


「社長、誰か来るんですか?」


「ん? ああ、言い忘れてた。今日依頼主が来るんだよ。碧もしっかり補佐、よろしくね」


『わかりました』と返事をしながら、言い忘れるのは如何なものだろうか。と思う。


 世界は、おそらく普通では無いのだろう。どこか普通では無いのか、と聞かれるとやはり1番は科学が発達している今では考えることもないだろう、魔法が存在する事だ。

 科学がこんなにも発展する前はもっと魔法が使える人達が居たらしいが、最近はなりを潜めているのかは分からないが、数える程度しか社長は会っていないそうだ。

 この事務所は、時たま現れる魔獣、身の回りに起こる異常現象などによって困っている人達を助ける場所なのだ。


 そんな凄く危険な場所で―表向きはただのバイトだが―俺は働いている。



 来客を知らせる音が鳴り、中に入れようと立ち上がると


「あ、碧はお茶を入れて置いて。私が対応しておくから」


「分かりました。失礼のないようにお願いしますよ」


「碧は私のことをなんだと思ってるんだい?」


 もちろん、社長として慕っておりますとも。なんてことは言えない。でも感覚的には家族のような立ち位置の気がする。凄く失礼なことだと言うのはもちろん分かってはいるが。



 お茶を持って応接間へと向かう。零さないようにお茶の方に目を向けながら扉を開け、安全地帯に入ってから客を見るとそこには見知った顔がいた。


「有栖? どうしてここに?」


「いやそれはこっちのセリフなんだけど。なんでここに?」


 そこに居たのは同じクラスの設楽さなだった。黒い髪の毛を一つにまとめて触角を出しており、いかにもJKという見た目だ。

 おそらくこのまま続けていたらオウム返しのように長々と続いていた可能性があったが、それを止めたのは社長だった。


「こほん。碧、この人が今回の客だ。設楽さん、だったよね。彼は私の助手のようなものだ。制服が一緒だからまさかとは思ったけど同じクラスの子だったとは」


 俺の入れてきたお茶に一瞬目を輝かせながら、互いの紹介をしてくれた。―多分順番は逆だと思うが―俺が席に座ったのを確認すると、社長が本題へ切り出した。


「それで、今日はどんな依頼を?」

「あ、はい。実は友達の事なんですけど。最近様子がおかしくって。えっと…そうですね。なんて言えばいいんだろう。上の空…みたいな……? ううん。そうじゃない」

「『何か見えた』、とか?」

「……!」


 どう表現すれば良いのか分からなかったであろう設楽に社長が助け舟を出した。いや、『どう表現すれば良いのか分からなかった』と言うより言っても大丈夫なのだろうか? という方が正しいだろう。


「……そう、なんです。実は花音…私の友達で、岡部花音って言います。同じクラスで。その子、最近学校休むことが多くて、家が近いので先生に頼まれて課題とか届けに行ったんです」


 設楽の話はこうだ。


 一度目に岡部家へ訪問した時母親がおり、家へ通してくれた。彼女の部屋にいざノックをしようとすると話し声が聞こえた。母親に確認したが、誰も居ないと言う。代わりに渡しておこうか?と聞かれたらしいのだが、しばらく会っていなかったので断り、自分で渡そうと思ったらしい。


 もう1度部屋の前に言った時はちょうど話が終わったように思ったので、ノックをすると彼女は前に会った時と同じように迎えてくれた。誰かと話していたのか。と聞いたが誰とも話していなかったと言ったそうだ。疑問に思いながらも課題を渡して、少し話をしてから岡部家を後にした。


 2度目の訪問は、母親がいなかった。インターホンを鳴らしたが、出てくる気配が無く、帰ろうとした時にちょうど出て来たので中に入れてもらったらしい。


 部屋に入れてもらい、『飲み物を持ってくるから待っててね』と言われたので部屋の中で待っていた。――問題は次だ。


「その時スマホ見てたんですけど、物音がしたので周りを見渡したら…その、えっと、」

「何を、見たの?」

「こう言って良いのかは分からないんですけど……よ、妖精みたいなものが見えちゃって」


 気づかない振りをしていたが、岡部が戻ってきた時に羽の付いた妖精らしきものの方を見たので、思い切ってソレは何か聞くと途端に機嫌が悪くなって家を追い出されたらしい。


「なるほど…ソレを見たのは確実なんだね?」


「正直、まだ分かりません。1回しか見たことないので。でもソレを見た後、見ている景色がいつもと違うように感じるようになってしまって…」


「碧、私の机の……どこだっけ。どこかにある木箱があるからそれ持ってきてくれる?」


「なんで場所覚えてないんですか。それに木箱って言ったってどんだけあると思ってるんです? 場所言わなかったら」


「多分引き出し! 絶対にそこだ! あれだよあれ、手に乗るやつ!」


どう言うか伝わったのか、焦るように言った。手に乗るような大きさの木箱なら俺も見たことがあるのですぐに持ってこれるはずだと思い、書斎に向かう。



「これですか?」


「そうそう! それ。ありがとう」


 木箱を渡すと、社長がそれを開ける。その箱の中からは小さい、手のひらほどの大きさの宝石が出てくる。宝石は虹色に美しく輝いており、怪しい雰囲気を醸し出している。


「きれい…」


 そのあまりの美しさに、思わず設楽がそう零した。


「聞く必要ないと思うけど、これが光って見える?」


「…? 見えます。くっきり」


「なんでそんなことを…って、そうか」


「そう。これ、大抵の人には光って見えないんだよ。見えるのはある条件を満たした人だけ」


 もちろん、俺にもちゃんと光って見える。以前初めて会った時に説明されたが、魔力を感じない人には見えないのだ。普通に過ごしていて魔法なんて使うわけないので、見える人は相当限られる。だが何事も例外はあるわけで、設楽はその例外になったという訳だ。


「これで君が見たというナニカは実際に会ってみないことには分からないけど、とりあえず君がこういうものが見える人だっていうのは証明できた。それから最近事故に会ったりした? それか凄くショックな出来事に会ったり」


「そう、ですね…多分ないと思います」


「社長、何か関係あるんですか?」


「あるかなって思ったんだけど、事故とかで頭に衝撃を受けていないなら関係はなさそうだね。まあごく稀に後天的にそういう力を授かる人もいるらしいからなんとも言えないけど」


 そう言いながら社長は宝石を箱に戻した。そして設楽を見てこう言った。


「近いうちにその岡部花音に会う予定はある?」


「…どうでしょう。先生に頼まれないといつも行っていなかったので。でもその話は1週間ぐらい前だから机には紙とかいっぱいあると思います」


「なら、岡部花音に会いに行こうか。3人で」


「……はい?」


 思わず声を出してしまった。急にそんな交流のなかった人の家に行っても怪しまれるだけに決まってる。


「碧、百聞は一見にしかず、だ。相手が本当にいるのかいないのか、いたとしたらどんなやつなのか確かめないと」


「いや、そうですけど。設楽も気まずく無いですか? 変な空気で終わったんですよ?」


「大丈夫。課題を渡しに来たって言えばなんとかいける…はず」


「自信ないじゃん…」


 しかし二人の目を見ていると、もうやる気を出しているようにしか見えない。


「ああ、もう! 分かった、分かりました!」


 そういうと社長ははにかむように笑って


「そういうと思ったよ、碧」


そう言ったのだ。



眠い。眠い。眠い。


意識が朦朧とする。夢の中にいるみたい。家の中を移動しているだけなのに足がふらつく。


ああ、■■■。どこにいるの?私、あなたと話をしていないと気がおかしくなるの。


ゆっくり、ゆっくり。鍵を開けて。気付かれないように。静かに。


ふらついた足を動かし何とか辿り着いた先は、見慣れた風景だった。階段を昇る。一段。また一段。いつもは鍵が閉まっているこの扉も今日は特別。


ガチャりと開けて、




さあジャンプ。

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