いつかみた夢
にゃりん
1. 戦禍から逃れる
夢の中で、私は子どもたちを教える教師だった。
戦時下とはいえ空襲などもなく、ほとんどの人は変わらず日常生活を続けている。
だが私はここから逃げ出すことになっている。
それが自分の意志だったのか誰かの思惑なのか、もはや私にも分からない。
とにかく、逃げる算段はできている。
そして、これから起こることを私は何故か知っている。
予知夢でも見たか、あるいは同じ人生を何周もしているのか分からないが、突然訪ねてくる知人すら私にとってはあらかじめ決められた事に過ぎない。誰にも不審に思われることなく準備は整った。
逃げるにあたってひとつ心残りがあるとすれば、子どもたちや同僚を置いていかなければならない事だ。
罪悪感も相まって、せめて約束の日まではと懸命に仕事に励んでしまった。
決行前日。
いつも通りに遅くまで仕事をし、同僚と寮に帰ってきた。
これからいつも通りに夕飯を食べ、グッスリ眠り、翌朝私は姿を消す。
通勤ラッシュに紛れて消える。
疑われるような事は何もない。
「君は本当に仕事熱心だ。君がいてくれて良かった。ありがとう」
食堂に着くなり突然口を開いた同僚。
こんな事は知らない。
こんな事が起こる未来はなかった。
驚いて思わず同僚を見ると、疲れ切った顔。それにそぐわず熱のこもった目。
ああ、駄目。貴方は連れていけない。
だって貴方は今夜、過労で死ぬのだから。
私は今どんな顔をしているのだろう。
彼から顔をそむけ、こみ上げてくるものを呑み込むようにして「おやすみなさい」とだけ、言った。
翌朝。
いつも通りに支度をして、私は寮を出た。
彼は姿を見せない。
確かめに行く勇気はなかった。
通勤ラッシュの人波に呑まれながら、彼のことを考える。
せめてあと数ヶ月早かったなら、彼を無理にでも休ませて一緒に逃げられただろうか。
いや、と首を振る。
彼の事を意識していなかったとはいえ、過労死する事が分かっていたのに何もしなかったのは私だ。
罪悪感と後悔で頭の中はぐちゃぐちゃだ。きっとひどい顔をしているだろう。
「おはよう!…どうしたの?顔色悪いよ?」
しまった!
彼女はここで私を見かけるが、声をかけては来ない筈だったのだ。
私のせいで未来が変わってしまう。
動揺を隠しつつ、駅の方へと一緒に歩く。
どうやって逃げよう――。
その時、私の混乱を突くかのように空襲警報が鳴り響いた。
逃れようと一斉に走り出す人々。
私も弾かれたように走り出した。この騒ぎに乗じて人波に紛れ、そのまま雲隠れすればいい。
そう思ったのも束の間、彼女に腕を取られて「こっちよ!」と誘導されてしまう。
逃亡は完全に失敗だ。これからどうすれば良い?
彼女に掴まれた腕を振り解けないまま、私はサイレンの中を行先も分からずに走っていった。
―終―
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