悪夢の花が咲く街へ
白いのりとり
プロローグ①
目の前に横たわる男性の表情は決して安らかとは言えなかった。目を見開き、口を大きく開けて硬くなったその表情を見るに、よほど苦しかったのだと想像できる。脳から始まり全身を犯された苦しみに耐え抜いて得られたその先に、安らぎなどどこにもなかった。
あってはならない、決して起きてほしくないことが起きてしまった。あの悪夢からまもなく五十年が経とうとしている今、杖を突いた白髪の老人はその横たわる男性を前に苦虫を噛み潰したような表情でただずっと見つめていた。大自然のど真ん中で命を落としたこの地区の住人。その死が意味するのはかつての悪夢の再来ただそれだけである。
なぜこのようなことが起きてしまったのだろうか。老人は亡き人を前にかつての悪夢を思い返していた。
小さな花びらがひらりと舞い落ちてきた。花びらは風に揺られながら老人の目の前に静かに着地し、周りの草と共に自然の布団に身を横たわらせている。ふと風が吹けばその花びらが再び舞い上がり、亡き住人の胸に舞い降りた。
この自然溢れる地に吹いた風が、あの悪夢を蘇らせたのだ。
「区長……、今年のさくら祭りは中止すべきです!」
老人の隣に立っていた男性がそっと耳打ちした。
「中止だと?」老人は男性の方を向いた。
「ええ。だって、またあんなことが起きてしまったら今度こそおしまいですから!」
老人は視線を遺体に戻した。到着した警察官によって、遺体には布をかぶせられている。
「確かに、あれは普通なら起こり得ないことだ。だが、それを理由に開催を中止したら、どれほど多くの人に迷惑をかけることになるか」
「区長! 迷惑なんて後で頭を下げればいい話です。かつての災害がまた起きたら、すいませんでは済まないんですよ!」
確かに、男性の言わんとしていることは理にかなっているし、心配する気持ちも理解できる。
「ひとまず、この人の死因等、詳細がわかったら検討してみることにしよう」
男性の言う通り、今一人の住人の死によって悪夢が蘇ろうとしている。何としてもそれは阻止しなければならない。しかし、春の祭典を前に世間を震撼させてはならない。
桜花咲く季節へと向かう今日、老人は悠久の山々を前に大きく頷いた。
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