5 魔法の修行
朝、太陽が昇る前に目が覚めてしまった。
社畜の悲しい性だ。
いつもは会社に行きたくないため、だらだらとスマホをみるが、今は異世界に来ており会社に行かなくていい。
一言で言うと最高だ。
昨日起こったことが精神的にも肉体的にもハードだったのか、久しぶりにぐっすりと眠ったように感じる。
今でも信じられない。
1日のうちに電車に轢かれて死んで、異世界に来て、魔物に襲われて危うく2度死ぬところだった。
助けてくれたのがサーシャだ。
深い紺色の髪に、彫刻のように整った顔。
鮮烈な氷の魔法。
脳裏に焼き付いて離れない。
昨日のことを思い出すと、体を動かしたくなり寝床から起き上がった。
ベランダから外にでる。
大きな木の中で生活をしているが、枝がでており、そこから外に出られるようになっているのだ。
澄んだ空気に皮膚がひりついた。
早朝特有の空気はこの世界でも変わらないようだった。
「あら、早いのね」
部屋の中から声がした。
サーシャが起こしにきてくれたようだ。
「ひっどい寝ぐせね」
あははと人の髪をみて笑っている。
起こしにきてくれる人がいることがとても新鮮だ。
就職し一人暮らしを始めてから、1人で起き、1人で食事をして、黙々と仕事をして帰ってくるということを繰り返してきた。
「ご飯できてるから降りてきて」
「ありがとう」
すがすがしい気分で下の階に降りた。
「じゃあ、村長様にも言われたから、これから魔法の授業を始めます。ただ、適性のあるなしがかなり強いから、役に立たない可能性のほうが高いからね」
ほこりをかぶった古い部屋で、魔法陣や厚い本に囲まれて魔法を行うものとばかり思っていたが、授業は森の中で始まった。
「まずは、魔法についてどれだけ知ってるの?」
「いや、僕の世界では魔法がそもそもなくて。
小説、物語の中ではたくさん出てきたけど。神が使う奇跡のような力だったり、思うことはなんでもできたりってイメージかな。」
「うーん。そこからか」
サーシャは眉を寄せたが、丁寧に教えてくれた。
この世界の全ての物質には魔力が宿っている。
魔力とはどんなものにも変換可能なエネルギーと考えていいようだ。
熱、風、電気と言ったエネルギーや水、鉄などの物質に変換もできる。
この魔力を使用し、自分の好きな方向にエネルギー変換を行うことが魔法だ。
古来より人間は魔法の使用は不得手としており、魔道具などで補うことで発展してきたようだ。
対照的にサーシャ達、森の民は魔法の扱いに長けた種族である。
サーシャが俺に期待していないのはこういう種族の適正があるからだった。
魔法を使うには3つの段階がある。
1段階目 魔力の集積
2段階目 魔法式の構築
3段階目 魔法式への魔力の注入
この3つの段階を経て、魔法が発動する。
「では、これから魔法の実技に移るわ」
サーシャが俺の頭に手を当てた。
「目を閉じて、力を抜いて。
深呼吸して。そうそう」
直後、熱の塊が頭の中から流し込まれた。
「な、なんだ。あつっ!」
視界がぐわんぐわんと揺れ、頭を抱えてうずくまった。
サーシャが背中に手を添えて何か言ってくれているが、耳鳴りがひどくて聞こえない。
しばらくたってから目を開けた。
世界が光で包まれていた。
「大丈夫?」
サーシャを見るとひときわ強い光に包まれている。
「まず魔力を感じるために他人の魔力を流し込むの。ただ予備知識があると警戒して効果が半減しちゃうから何も伝えずに魔力を流し込んだの。
気分はどう?」
「さっきはひどかったけど。
今は落ち着いてきたよ。何か、光ってるね」
サーシャは少し驚いたように目を見開いた。
「最低限の魔法の適性はあるようね。
いい?光って見えているのが魔力よ。これはどう見える?」
サーシャが掌を開げてみせる。
「えーと。人差し指に光が集中してるね」
「合格。魔法の認知はできているようね。
今、あなたは私の魔力を大量に浴びて感覚が開いている状態よ。
このときに感覚をつかんでおけば一生忘れることはないわ。
私が指に魔力を集めているのが魔力の集積という基礎中の基礎。
まずは手に意識を集中して」
「分かった」
とはいえ、初めて魔力という未知の力を認知できるようになったばかりなのに、その力を集めるという感覚が分からない。
手に意識を集中するか。
「どう?できてる?」
「全然ダメ」
ズバッ言われてしまう。
「力んでいるだけね。ほら手を貸して」
そういうと、サーシャは俺の右手を覆うように両手で握りこんだ。
おお、こんな柔らかいのか。女の子の手は。
「うーん。どう言ったら伝わるかしら。
まずは手に感覚を集中させてって。
あら?できてるじゃない」
サーシャの柔らかい手を感じ取ろうと意識を集中させていたのがよかったのか。
出来ているようだ。
「そうそう。いいじゃない。
魔法を使うときは基本的に手に魔力を集めるといいわ。
ほんとは魔力の集積には1週間ぐらいかかるんだけど、飲み込みがいいみたいだし次の段階に進みましょうか」
そういうと、サーシャは無造作に小石をつかんだ。
「よく見ててね」
サーシャの手に魔力が集まっていく。
さらに、石の周りにも魔力が集まる。
そして、
石が手から浮かび上がった。
「おおおお!魔法だ!」
思わず叫んでしまった。
サーシャは嬉しそうだ。
「ふふふ。これは基礎中の基礎なんだけどね。魔力の集積を使った魔法よ。運動魔法って言われていて、魔力の移動によって物を動かす技術よ。
まずはこの小石を動かせるようになったら次の段階に進めるからね。」
今まさに魔法を見せてもらい、やろうとしてみるが、なかなか魔法の集積が上手くいかず、石まで魔力を移動させることができない
「あとは反復あるのみね。私は仕事があるから、分からないことがあったら午後に聞いて」
そういってサーシャは去っていこうとしたが慌てて声をかける。
「あ、ちょっとまって。仕事。
何か手伝えることはないかな」
「そうねえ」
サーシャは少し考え込んだ。
「ないわ」
「え?」
「森の魔物の狩りが私の仕事なんだけど。最低限の魔法が使えないと危なすぎるからね。
家でおばあちゃんの手伝いでもしてくれない?」
「分かった」
サーシャは去っていった。
魔法の修行を続けたかったが、ひとまずは居候の身であるし、村長様の所にいくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます