閑話 湊と霧野
ーー湊視点ーー
「今日はダメだったな……」
せっかく宗一郎が合コンをセッティングしてくれたのに、結局僕は誰とも連絡先を交換することなく終わってしまった。
みんな一年生で、家柄もしっかりしているし可愛い女の子たちだったと思う。
出会い方が違えば、いやもう少し普通の出会い方をしていればもしかしたら……があったのかもしれないけど、下手に合コンという出会いの場を作ってしまったがために、相手のよくないところが目立ってしまってなんだかなぁってなってしまった。
もちろん、みんな御令嬢だったし、可愛くていい人たちだったけど、僕というよりみんな宗一郎目当てで来ている感じだったし、そもそも話もあんまりしていなかった。
一人だけよく話をする子がいたのはいたけど、その子もアウラのこととか、それ以外にも僕の秘密を話そうと思えなかったから、結果的にはダメだった。
なまじ普段から朱音たちを見ているせいで、僕たちの見る目が肥えすぎているのもある。
彼女たちって蒼のことになると急に乱暴になるけど、普段はすごく性格いいし、モテる理由もよくわかる。
僕たちのことを家や打算で見ることは絶対にないし、今では大切な仲間だ。
四人とも恋愛では苦労しそうだけど、何かあった時にはいつでも手助けできるようにしておくつもりだ。
話が逸れたけど、結局今日はそのまま二次会とかはなく、そのまま帰るのもなんだったので、僕はいつも言っている図書館に足を運んだ。
時刻は22時。
Cクラス以下の生徒は門限の時間なので、人がほとんどいないのでとても静かだ。
日中に図書館に行くと、それだけで周りがざわざわするからなかなかいけないんだよね。でも、この時間なら人は少ないし、ゆっくりと読書や調べ物ができるからよく利用している。
今では携帯端末から電子書籍を利用することもできるけど、やっぱり僕は紙媒体がいいから図書館がこの時間でも利用できるのは非常にありがたい。
きっと学園側も、日中に僕たち十傑が行くと周りがざわついてうるさくなるから二十四時間開けてくれているんだと思う。
十傑には門限がないから、夜から朝にかけてはほぼ書物を独占できるしね。
そんなわけで、僕は図書館に足を運んで読書を始めていたら、後から人が入ってきた音がした。
「あら、珍しいですね」
僕が本に意識を向けている間に、その入ってきた人は本を借りて何故か僕の隣に座ってきた。
この時間帯に図書館に来るってことは少なくともBクラス以上の人だろう。
気配からしてもかなりのやり手だなーとか考えながらも、僕は本から目を離すようなことはしない。
せっかく時間を割いてまで図書館にきたんだ。
わざわざ他人に注意を割いてまで、読書をやめる必要性を感じない。
と、いうわけで僕はそのまま読書の世界へと旅立つ予定だったんだけど、以外にも相手から声をかけてきた。
「あなた、一年生?」
「……はい。十傑第四席、伊達湊です」
「私は二年、十傑第三席五十嵐霧野です。よろしくお願いしますね」
「っ……」
僕は五十嵐先輩の自己紹介を聞いて、流石に注意をそちらに割かざるを得なくなった。
この時間に図書館を利用しているということは、上級生のそこそこ高いクラスの人なのかなとは思ってたけど、流石に十傑の人だとは思ってなかった。
しかも第三席ということは相当強い人なのだろう。
まぁ五十嵐と聞いた時点で大体察しはつくけど、一応確認しておこう。
「あの、五十嵐って……」
「多分あなたが想像している五十嵐で間違いですよ。そういう伊達くんも、あの伊達くんで間違いないかしら?」
「え、えぇ多分……」
五十嵐家は魔術に特化した家だったはずだ。
今の時代、魔法が主流になっているのにもかかわらず、魔術にこだわる五十嵐家に世間からは「時代遅れの名家」と揶揄されることもあるが、僕はそうは思わない。
確かに魔法は便利なものだし、使い方によっては脅威にも便利にもなる代物だ。
魔術よりも発動するのに低労力で済むし、魔法が一般に流行るのも理解できる。
ただ、そもそも魔術と魔法では質が全く異なるため、そこで比べてはいけないと僕は考えている。普通は、こんな話をしても全く興味を持たれないのだが、この話に共感してくれたのが宗一郎と蒼だ。
彼らは……特に蒼は魔法にも魔術にも精通しているため、僕の言いたいことがわかっているはずだ。
そして、それは目の前で上品な笑みを浮かべている五十嵐霧野先輩も同じだ。
「それにしても、一年生でこの時間に図書館に入り浸るなんて珍しいですね」
「普段はもう少し遅い時間に来るんですけど、今日はさっきまで用事があって……」
合コンが失敗して……なんて情けないことを流石に初対面の先輩に言うことはできないので、それっぽい理由で誤魔化しておく。
なんだか、若干事情を察されている感が否めないけど、僕は悠然と五十嵐先輩のことを見た。
よく見ると、長い黒髪は綺麗で、とても美人な人だというのが強調されている。
清楚という言葉がよく似合う人だなと思う。
「それで、五十嵐先輩は僕に何か用事が?」
「いえ、ただ普段は一人で図書館にいるので、伊達くんを見て珍しいなと」
「なるほど、邪魔でしたか……」
「いえ、むしろ少しだけ嬉しかったですよ。私が隣に座っても、見向きもせずに本に向き合うその姿、すごく素敵だと思います」
「……ありがとうございます」
五十嵐先輩は全く嘘を言っている様子はないし、素直に褒めてくれているみたいだった。
こんな美人な先輩に褒められて、嬉しいのは嬉しいけど、なんだかむず痒い。
こんな時、蒼なら自分からふざけて無理やりオチを作りに行くんだろうけど、僕には無理そうなので、素直にお礼を言っておくことにしよう。
別にお世辞でも、褒めてくれるのは嬉しいしね。
「伊達くんは何を呼んでいるんですか?」
「今は魔術の専門書ですね。少し理解を深めたいところがありまして……」
「あら、それなら相談に乗りましょうか? きっと、その専門書よりも詳しいお話ができると思いますよ」
「それは非常にありがたい話ですけど、いいんですか?」
「いい、とは?」
きっと、言葉通り五十嵐先輩はこの専門書よりも魔術について詳しいのだろう。
それは、僕も知ってるし、そんな人と話ができるなんて願ってもないことだ。
でも、それを「なんの対価もないし話を聞かせろ」というのは少々、いやかなり傲慢な話だ。
今の五十嵐先輩の頭の中に入っている知識は血と汗の結晶であり、それをおいそれと聞いていいものではない。
「ふふっ、少しだけ伊達くんに興味を抱きました。そうですね……では、今日は特別です。先輩から後輩に対しての選別とでもしておきましょうか」
僕の考えていることを伝えると、五十嵐先輩は面白そうに笑いながらそう言ってくれた。
五十嵐先輩本人がそこまで言ってくれているのなら、僕がそれを断る理由はない。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。これは『借り』にしておきますね」
「あら、律儀ですね。では先にその借りを精算しましょうか。伊達くん、私に連絡先を教えてください」
「……そんなことでいいんですか?」
「えぇ、伊達くんは大変面白い方のようなので、今後も夜、時間がある時はここでお話をしましょう。それでこの貸し借りは精算します」
「そんなことでいいのであれば、こちらからよろしくお願いします」
なんでかわからないけど、すごい先輩の連絡先を貰ってしまった。
合コン後で、なんとも複雑な気持ちではあるけど、結局その後二時間以上五十嵐先輩から魔術について話を聞いているうちに最初の複雑な気持ちはどこかに消し飛んでいた。
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