あの頃へもう一度

夢幻の翼

第1話【過去に戻りたい願望】

 いま僕は絶望の底に向かっている途中だ。


 具体的に言うと僕は壊滅的に運に見放されている。


 何をやっても裏目に出る、仕事が無い、お金が無い、家も無い、もちろん彼女もいない。


「一体僕が何をした?」


 何か悪い事をした罰ならばまだ受け入れられるかも知れないが特に何をした覚えもない。


 強いてあげるならば『何もしなかった』になるのだろうか。


「もう、いいや。僕ひとり居なくなっても世の中は微塵も揺るがないだろうし悲しむ人さえ居ないだろう」


 カツーン。


 カツーン。


 バブル期に建てられ、見放されて廃墟と化した古いビルの非常階段を履き古した革靴で一段、また一段と登っていく。


 屋上にたどり着けば後は飛び降りるだけ、それで全てが終わる。


(落ちる時って無重力を体験出来るのかな。

 そのまま空を飛べたら何かが変わるのかな。

 はは、漫画じゃあるまいしそんな非現実的な現象が起きるハズある訳ないよな)


 屋上が近づくにつれ、覚悟を決めたはずの心が階段を登る事を拒否し足が止まる。


「今更戻っても仕方ないんだから動けよ僕の足!」


 自分の顔をパンパンと叩き、また一段ずつ登ることを再開する。


 何度となく進むと止まるを繰り返していた僕の身体はついに屋上への階段を登りきっていた。


「ふうっ!」


 僕は大きな息を吐き、空を見上げる。


 明るいうちにと登り始めたはずだったが既に太陽は姿を潜めて辺りはすっかり薄暗くなっていた。


「よし、行くか……」


 僕が決心をした時、スマホの着信音が鳴り響いた。


「RRRRRR」


 知らない番号からのコールが鳴り続く。


(人生最後の会話が間違い電話の受け応えか……。まあ、誰でもいいから声だけでも聞いてやるか)


 僕は気まぐれから電話のマークをフリックすると電話の向こうからは若い女性の声が聞こえてきた。


「もしもし、どなたですか?」


 電話とは不思議なもので相手か分からない時でも何故か高めの声が出る。


「死んではいけません」


「はい?」


「あなたはまだ死ぬべきではありません」


 まるで僕の行動を監視していたかのように自殺を静止する。


「あんたは一体誰なんだ!?どこで僕を見ている!」


 僕は不気味になり電話を切ろうと電源をオフにするが声は途切れない。


「うわぁ!一体何なんだよ!?」


 僕は混乱して持っていたスマホを投げ捨てた。


 投げられたスマホは屋上から地上へと落下し「ガシャッ」とひときわ大きな音を立てて砕け散った。


 スマホの末路を目にして自分の姿と重ねた僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


「死んではいけません」


 スマホは地上で砕けてしまっているのに何処からか同じ声が聞こえてくる。


「うるさい!簡単に言うな!

 生きていたって辛いだけじゃないか!」


 僕は誰も居ない空間を思いを吐露する。


「ならば人生をやり直してみますか?」


 僕の声に何かが応える。


「やり直す?人生を?」


「はい。あなたの望む時代、年齢、国、世界さえもやり直す事が出来ます」


 僕は何を言われているのか理解が出来ずに呆然とその場に立ちすくんでいた。


「あなたは現世で多くの負のことわりを受け止めてきました。

 ですが、あまりにも大きくなり過ぎたことわりはいつしか世界に跳ね返る事になるでしょう。

 それをあなたは自らの不幸を世の中を恨んで厄災として返すのでは無く、自らの中で完結させようと選択しました」


「いや、それは他に選択肢が無かっただけで……」


「そんな事ありませんよ。世の中には自暴自棄になり周りにあたり散らす者が多く存在します」


 声の主は断言する。


「しかし……やり直すと言っても何も知らない僕は何度も同じ事を繰り返すんじゃないのか。

 何度も辛い人生を……」


 声の主は提案する。


「創造するのです。あなたの望む自分を、世界を。

 他人をうらやんではいけません。

 うらみ、ねたみは負の感情しか生みません。

 他人の成功を喜べる心、力をあわせて何かを成し遂げる勇気。

 全てはあなたのなかにあります」


 声の主は背中を押す。


「さあ、あなたの中にある夢幻の翼を広げてみましょう。

 必ず世界はあなたを歓迎してくれますよ」


 僕はつぶやく。


「これは夢なのか?それとも幻を見ているのか?」


 いや、そんな事はどうでもいい。

 だってもう一度やり直り直せるのだから……。


「ーーー今度は失敗しないよ。きっと……」

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