第4話 試練の日


「うぅん……」


翌朝僕は目覚めて、昨日の記憶が曖昧なことに気づく。

あれ……?

確か昨日、アッケネーアにリコを取られかけて……。

そうだ!

あのあと僕はリコを取り返しにいったんだ。

どうして僕にそんなことができたのか知らないけど……。

とにかく僕はアッケネーアに立ち向かった。


「どうしよう……アッケネーアに仕返しされるかも……」


でも、そんなことよりリコだ。

リコも僕のことを好いてくれていたなんて……!

やっぱりアレは僕の勘違いじゃなかったんだ。

そして昨日の夜の【祭り】で、僕とリコは……!

思い出すだけで幸せがこみあげてくる。

いまだに現実のことだと思えないよ。


「おいトン! いつまで寝てやがる! アッケネーアはもう出かけたぞ! まったくお前はいつもいつも……!」


村長さんの怒鳴り声。

あれ?

なんだか昨日も同じようなセリフを聞いたな……。


「そんなに大声で怒鳴らなくてもいいじゃないですか。儀式は昨日、終わったんですし……」


「何を寝ぼけたこと言ってやがる。今日は【試練の日】だろ!」


「あ……!」


そうだった……【成人の儀式】の翌日には、【試練の日】が行われるんだった。

【試練の日】そこで行われる試練とは――子供たちだけで森の奥の祠に行かされる、というものだ。

祠に到達して、生きて帰って、初めて一人前と認められる。

それがこの村の掟だった。


「どうせお前みたいなへなちょこは、生きて帰ってこれないだろう。俺としては面倒が減ってありがたいくらいだが、まあせいぜいアッケネーアの足だけは引っ張ってくれるなよ?」


「ふん……足を引っ張るとすればそれはアッケネーアのほうでは?」


「は……? オメェ今なんて言った!?」


まずい、しまった……!

いつの間にか、僕は思ったことを声に出していたみたいだ。

村長さんに口答えなんかしたことなかったのに、おかしいな。

昨日の祭りのせいで、気が大きくなっていたのかもしれない。


「てめぇもういっぺん言ってみろ! 誰が育ててやってると思ってんだ!」


あわわ……どうしよう。

村長さん、僕が反抗したものだから、キレてしまったよ。

だけど不思議と、以前のような恐ろしさは感じない。

今日の僕はどうしてしまったのだろう。


「なにか文句がありますか……?」


僕は反射的に、村長さんを睨みつけ、威圧する。

驚いたことに、村長さんはそれだけで恐怖し、縮み上がってしまった。


「ひ、ひぃ……!? ば、化物!? な、なんなんだオメェ……!?」


村長さんは僕の豹変ぶりに驚いているみたいだけど、正直僕自身が一番びっくりしている。

前までは村長さんに怒鳴られて、びくびくするのは僕の役目だったのに。

今では立場が逆転し、村長さんのほうが震え怯えている。

もはや僕は怖いもの知らずといった感じで、すさまじい開放感と無敵感に包まれていた。


「もういいですか? 試練に行かなければ……」


「あ、ああ……。さ、さっさと失せろ……! 気持ち悪りぃ……」


村長さんの目は、まるで猛毒を持つ大蛇を目の前にしているかのようだった。

そんなに怯えなくてもいいのにね……。

なにも、とって食べようというわけじゃないし。


とにかく僕は、今までにない万能感で家を出た。

これもリコと結ばれて、自信が付いたおかげなのかもしれない。

もしかしたら、今ならアッケネーアにもやり返せるかも……!





「トン、おはよう!」


「やあリコ、おはよう」


僕はリコに真っ先に駆け寄り、ハグをして挨拶をする。

もうリコは誰にも渡さない。

アッケネーアなんかには、指一本触れさせないんだ。


村から森へ向かう途中にある広場には、今日の試練を受ける若者たちが集まっていた。

昨日の祭りで結ばれたカップルは、みんな手を繋いだり寄り添い合ったりしていて、一目でそれとわかる。

そんな中、アッケネーアは一人でぽつんと立っていた。


「やあ、アッケネーア。昨日の夜は一人ですごしたのか?」


僕はわざとらしく、みんなに聞こえるような大声で言った。


「う、うるせえよ! 死ねクソ!」


どうやらさらに嫌われたようだね。

でも、もう前みたいに、アッケネーアを恐れたりしない。

僕は彼に勝ったんだ……僕の方が強い。

そのことを彼自身もわかっているのか、向こうからはそれ以上なにもしてこなかった。


「さあ、今日は【試練の日】です。森の奥の祠のところまでいって、帰ってきた者だけが、一人前の大人として認められます。途中にはダンジョンもあります。毎年数人死ぬことになりますが、これは必要な過程なのです。健闘を祈ります」


祭司さまがそう告げると、村と外とを区切るゲートが開かれた。

普段村からは誰も出られないように、カギがかかっているのだ。


僕たちは一人、また一人と、ゆっくりと森へ入っていく。

もちろん僕はリコと一緒だ。

リコは怯えながら、僕にしがみついている。


「大丈夫だよ。僕がついてる。なにがあっても僕が守るから」


「ありがとうトン、うれしい」


アッケネーアは一人で行くのかな?

僕が出発したときにはまだ残ってたみたいだけど……。

まあ、あんな奴どうなろうが知ったこっちゃない。

もし後ろからなにかしてきても、今の僕は怖くなんかない――!

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