第24話 『楽しい』とは素晴らしいものですね

「──っなんで、聞く。……そんなこと」


 あら、警戒されてしまいました。

 自分なりに誠心誠意、心を尽くして質問したつもりなのですが。

 しかし答えたくない訳ではなさそうですね。もうひと押し必要でしょうか。


「教えて下さいませんか?」


 メーラさんは苦い表情を浮かべると、やっと口を開いて下さいました。


「……そんなの、当たり前。──楽しいから。それだけ」


「………………なるほど、楽しい──」


「あなたは違う?」


「──いえ。そうですね、あれが、楽しい、ですか」


 私があまりにも人の前で独り言をするものですから、メーラさんが訝しんでしまっています。

 あまり長くこの状態を続けるのもメーラさんに申し訳ないですから、さっさと終わらせてしまいましょう。


「ありがとうございます。ここまで付き合って下さって。ようやく、答えが見つけられそうです」


「意味、分かんない」


「ええ、私も分かりません」


 私は今まで以上の笑顔を見せた後、短剣を持つ手に力を込めます。そのままメーラさんの首を断つ──、前に、ひとつ思い付いたことがありました。


「あ、せっかくなので、今度また戦いませんか? あなたとの試合は、とても『楽しい』ものでした。あっ、もちろん、メーラさんが宜しければ、の話ですが」


「…………………………いいよ。戦う。──だけど、条件」


「はい、何でしょうか?」


「このイベントで、1位になる。あと、もっと強くなる。それが、条件」


「それは、どちらも『私が』の話ですか?」


「当たり前」


「分かりました。必ずや1位になってみせましょう。──では」


 私はメーラさんの首をなるべく綺麗に切り落とし、立ち上がりました。


「るり姉ー!」


 琥珀が満面の笑みで走ってきますね。

 そう言えば、1位になるには琥珀もライアさんも殺さなければならないのですか。

 現実で死ぬ訳ではないので構わないといえば構わないのですが、心が痛みますね。

 それに、セナさんが1位になるのも叶わなくなってしまいます。


「……悩ましいですね」


「るり姉?」


「あ、すみません。──琥珀。もし、もしもの話ですよ?」


「んー? どうしたの?」


「……もし、いま私があなたを殺すと言ったら、どうしますか?」


「えー? そりゃもちろん、大人しく殺されるに決まってるじゃん!」


「え、何故?」


「あはは、るり姉驚いてる。珍しいね。……るり姉は私のお姉ちゃんだもん。るり姉の思うようにするよ。それに、るり姉強いから、私じゃ絶対勝てないもん」


「……そうですか」


「なに、どうしたの? もしかして、このイベントで優勝したいとか?」


「琥珀は私の心が読めるのですか?」


「あっ、ほんとに? もしかして、さっきメーラさんと話してたけど……、何かあった?」


「ええ。約束したんです。1位になると」


「なーるほどね。じゃあ、私に新しい命令して?」


「え?」


「セナさん、殺さないといけないでしょ? 私も協力する。その後、殺してくれて構わないから」


「……そうですね」


 良いのでしょうか。セナさんに協力すると言ったのに、私がそれを破ってしまうだなんて。


「それにしても、るり姉が楽しそうに遊んでて良かった。私と別の陣営になった時はどうしようかと思ってたけど……」


「楽しそう、ですか?」


「うん。さっきのるり姉、すっごく楽しそうだったよ? るり姉は気付いてなかったかもだけど」


「そうですね、とても楽しかったです」


 これ程まで心が沸き立ったのは、いつぶりでしょうか。もしかすると、初めてかもしれませんね。名付けることが出来ないほど、私はこの感情を忘れていたのですから。


「…………うん、分かりました」


「どうしたの?」


「私は、セナさんを殺します。絶対に、1位になります」


「──よしきた! じゃあ、私も全力で──」


「お二人──っ!」


 突然、ライアさんが私の胸を押してきました。

 いつの間に近くにいたのでしょうか。いえ、そんなことより、どうして──。


「……すみません。私はここで落ちます…………」


「──ライア!?」


 ライアさんの頭の上に見えていた緑色の横棒が、段々短くなり、赤くなって消えてしまいました。

 次いで、ライアさんの体がメーラさんと同じように、光となって散ってしまいました。


「一体何が」


「るり姉! 警戒! ────!」


 琥珀は私を庇うように立つと、呪文を叫びました。

 小鳥のような形をした炎が、目にも追えない速さである廃墟の屋上へと飛んでいきます。しかし炎はここと屋上までの中間点で何かにぶつかったかのように消散してしまいました。


 私は目を凝らし、屋上にある人影を見ようとします。白い顔に、長く黒い髪──。


「──っセナさん」


「るり姉。あの人確か、自分が優勝するって言ってたよね?」


「ええ。その通りです」


「残りプレイヤー数はわかる?」


「すみません、どうやるのでしたっけ」


「ウインドウ開いて……あ、いや、そろそろだと思う」


 何がそろそろ──と言いかけると、ふとウインドウが開きました。

 地図でもなんでもないそれには、赤い点がひとつ、青い点がふたつ浮かんでいます。赤がひとつの青の点の近くに、もうひとつの青が少し離れた所にあります。

 スキャンと呼ばれていた、人の位置を示すものですね。

 右上には、大きく数字が書かれていました。


「残りプレイヤー数……3人と、そう書いてあります」


「私と、るり姉と、セナさん。──セナさんは、私たちと同じことを考えてたみたい」

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