第22話 かわいいのにかわいくないと妹は言いました

「あなたがメーラさんでしょうか?」


 私はにっこりと、できるだけ警戒させないように、現れた方に向かって笑いかけます。

 しかし、やはりそれは難しかったようです。

 メーラさんと思わしき方の狼のような耳はピクピクと動き、黄色い瞳には警戒の色が濃く現れています。


 可愛らしい方ですね。

 ハイド陣営は純粋な人間がいないと聞いていましたが、お耳が生えている方もいるのですか。

 身長は私と同じぐらいで、戦いやすそうですね。

 クロエさんは2倍近くあって非常に戦いにくかったですから。


 しかし、小さいということはお相手も小回りが利くということ。

 クロエさんとは戦い方が違うでしょう。それも頭に入れておかなければいけません。

 兎にも角にも、そろそろ始めましょうか。


「お返事いただけないとは悲しいですね。しかし、先に仕掛けてきたのはそちらです」


 私は笑うのをやめて、メーラさん(仮)に向かって短剣を振ります。避けられてしまいましたが、それでも構いません。


「────!」


 琥珀が何やら叫びますが、やはり聞き取れません。

 しかし叫び声の直後、私の短剣を避けたメーラさん(仮)の背後に大きな炎が現れました。

 メーラさんはそれに気がつくと、背中を大きく逸らして見事に炎を避けます。


「流石に当たりませんか」


 セナさんが言うにはメーラさんの実力は本物で、簡単に倒せる相手ではないそうです。

 なので私一人では難しいと考え、琥珀とライアさんと私の3人で協力して戦う作戦を立てました。

 ですが、それでもやはりすぐにとはいきませんね。


「もう少し本気を出す必要がありますね」


 一応、セナさんがどこかの建物から狙っているそうなのですが、クロエさんの時のようにはしたくありません。

 今度は、私自身の手で仕留めます。


「しっ」


 短剣を横に振り、避けられたとみた途端に跳躍、踵をメーラさんの頭のてっぺんに向かって下ろしますが、それもまた機敏に躱されます。

 今度は着地の隙を鋭利な短剣が飛んできますが、ギリギリのところで避け、メーラさんから少し距離を取ります。


 その間にメーラさんに炎が向かい、しゃがんで避けた彼女は真っ直ぐに琥珀の元へと走り出しました。


「琥珀っ!」


 まずいですね。

 警戒はしていましたが、やはり狙われてしまいますか。


「つれませんね」


 私はそう呟きつつ跳躍し、背中を向けるメーラさんの首筋に短剣を振りおろします。

 メーラさんは黄色い瞳で私を見てきました。しかし、その瞳からは何も感じることができません。


 ふと、こんな考えが浮かんできました。

 ──メーラさんは、どうして戦っているのでしょう?

 とてもお強いようですから、きっと何か理由があるのでしょう。これが終わった後に、ぜひ聞いてみたいですね。

 そうすれば、私が戦っている間に抱いているこの感情が何なのか、分かるようになるかもしれません。


 そんなことを考えている間にも、一進一退の攻防は続きます。

 ちなみに、先程の攻撃は避けられてしまいました。

 確実に狙ったはずなのですが、避けた際、何か不思議な力が働いているように見えましたね。

 もしかして、メーラさんも魔法を使えるのでしょうか。


 しかし、気を引くという作戦は成功しました。今のところ、琥珀とライアさんに標的を変えようとする動きはありません。

 ですが、今行っている剣の打ち合いは、些か私の方が不利ですね。

 何せ私が得意なのは体操であって、剣術ではありません。ゲームを始めたのがもっと早ければ、もう少し上達していたかもしれませんが、まだ始めたばかりなので厳しいところです。剣術において、恐らく以前からやられているであろうメーラさんには、到底かないっこないでしょう。


 ならば、戦い方を変えなければいけませんね。

 剣術のみでは分が悪いので、魔法不意打ち作戦は続行しつつ、体術も使うことにしましょう。

 今回は首に拘らないと決めましたし。

 私はメーラさんの貫くような攻撃を短剣で受け流し、体勢を崩した彼女の鳩尾を殴ります。

 確かな感触があった後メーラさんが跳び退り、何やら呟きました。


 そう言えば、クロエさんはよく喋られてましたが、メーラさんは全く口を開きませんね。

 空気が漏れる音すらもしませんでした。

 私は日常でもよく独り言をしてしまうので、お母様にはよく叱られていました。

 最近は治ったと思ったのですが、ゲームの中だとお喋りが出てしまいますね。

 なので、メーラさんが羨ましいです。


「るり姉!」


「え?」


 つまらないことを考えていたせいで、周りを疎かにしてしまっていたのでしょうか。

 琥珀が険しい表情で叫んでいます。

 しかし慌てて周りを見渡せど、危険そうなものは何もありません。


「後ろ! 防いで!」


 指示と同時に、私は振り向きざまに剣を振ります。

 すると、何故か手応えがありました。見れば、地面に得体の知れない物が転がっています。


「生き物、でしょうか?」


 爬虫類のようですね。眼は大きくて丸く、体は黒に近い紫で、足が4本、背中に大きな翼がついています。体の大きさは……、大きめの猫ちゃんぐらいでしょうか。

 それにしても、このような生き物は見たことがありません。

 体の真ん中辺りに紫色の切り傷ができていますから、きっと私が斬ったのでしょうが──。


「カトリーヌ!」


 突然、今まで一度たりとも耳にしたことがない声が鼓膜を突き抜けました。

 その叫び声はとても悲しそうで、私も眉をゆがめます。

 叫んだのは、なんとメーラさんでした。

 メーラさんは私を吹き飛ばすような勢いで横を駆け抜けると、地面から生き物の体を拾い上げました。そして、5mほど距離を取って恨めしそうに私を睨みつけてきます。


「よくも、カトリーヌを──!」


「か、カトリーヌ?」


 琥珀が目を丸くしています。

 一方の私は、どうして良いかわからなかったので、取り敢えず黙っておくことにしました。


「ごめんね、カトリーヌ……」


 メーラさんは生き物──カトリーヌさん?──の肌を慈しむように撫で、再び私をキッと睨みつけました。


「あなた、許さない。メーラの名において、あなたを絶対に殺す」

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