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伊吹真由子芸能界引退のご報告
平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
この度の弊社所属タレント・伊吹真由子の軽率かつ不適切な言動につきまして、関係各所及びファンの皆様に対しましては、多大なるご迷惑をお掛けしており、誠に申し訳ございません。
タレント以前の、子供の成長をサポートする保健師という聖職である身が起こした不祥事の社会的責任を弊社共々重く受け止めた上で、今後の活動について協議を重ねて参りましたが、この度、本人からの申し出を受け、専属マネジメント契約を解除させて頂く運びとなりました。
伊吹は弊社契約解除後、芸能界を引退致します。
関係各所及びファンの皆様のご厚意及びご期待を、このような形で裏切る結果となりましたことを、謹んでお詫び申し上げます。
重ねましてこの度の不祥事につきまして、ご迷惑及びご心配をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
株式会社CRBエンタテインメント
大丈夫だろうか、と今更ながら思った。
半地下にある古びたテラリウムのような小さな中庭を抜けた先の、隠れ部屋のような事務室の中に私達はいた。
施設は、その特性上、入り口から一番奥の事務室まで、横に長い吹き抜けのような作りになっていた。各部屋は全面ガラス張りだった。天気の良い日は自然と日光浴が出来ますよ、という事務局長の言葉通り、それぞれの部屋は、私達が今いる事務室も含めて漏れなく、屈折した光をよく通した。
この事務室の壁だけはワンタッチで曇りガラスになる構造らしい。誰の目にもそう見えるのか、瞼の上から目の下にかけて地層のように堆積している疲れのせいで、私だけにそう見えるのか。人工の靄の密室の中では、部屋内の全てのものが重力を喪って、地上から数センチ浮き上がっているかのように思えた。この白い繭の中では、今まで普通に見えていたものが見えなくなり、今まで見えていなかったものが見えるようになる仕様にもなっているのか。部屋奥に鎮座するまだ真新しい書記机も、その手前のどこからか譲られてきたような長年使い込まれたダークブラウンのソファーも、それらの周囲に立つ私達の身も心も、全てが重力に沿って、地に足が付いてそこにあるという実感が無かった。
この部屋の主である事務局長は、ここに赴任してまだ間もないらしい。幼児教育学の博士号を持つ元文科省のキャリア官僚。丸眼鏡の奥に人の良い目つきが覗く様は、元キャリアというよりは人の良い学者のようだった。本人の弁では、自ら志願して赴任したそうだ。崇高な理念を胸に持ってはいるのだろうが、華やかな経歴の裏打ちが無ければ、安易に舐められてしまうタイプのようにも思えた。
事務局長の傍らには三人の看護師が控えていた。左からベテラン、中堅、若手のそれぞれのリーダー看護師だという彼女達は、表面上は従順さを装ってはいるものの、内心では三人とも、まだこの新しいボスに本当に服従するかどうか、決めかねているのだろう。事務局長と夫の会話を傍で聞く彼女達を、視線を泳がせるふりをして観察していると、判で押したように並ぶ大人の女の神妙な顔つきの仮面が、三者三様のタイミングで時折割れた。割れた仮面の隙間から、怪訝そうな、あるいは不安そうな、子供がするような戸惑いの混じった上目遣いの表情が現れた。
この施設特有の専門知識を持つ看護師である彼女達もまた、そのポーカーフェイスの仮面の内に成長しない子供を飼っているのだろうか。ここはケアする人間とケアされる人間の境が曖昧な施設なのかもしれないと思った。極論、私としては笑いたくないのなら無理に笑わなくても構わないのだった。そこに明確な悪意さえないのなら。
察するに、彼女達は、人工の靄の中で表面上は漂白された好奇心を、恐らく職業的観察の名の下に、あからさまにさらけ出しているのだろう。事務局長はそれに気づきながらも、客の手前、あからさまには注意したくない。だから自分が朗らかに微笑むことで、こちらの注意を引き付けているように思えた。素人の部外者の立場で見れば、善にも悪にもどちらとも取れる光景だったが、人工とは言え、白い幻想の世界の中でそれが展開されているという点には、無機物が実際に喋っているような違和感を覚えた。はっきり言えたのは、彼ら四人がパッケージングされた笑みを浮かべる光景は、何ともシュールで、少なくとも私は同調出来ないし、したくもないということだった。
私は彼らの傍には行かなかった。入り口のドア横に立ち、明るい腐海のような中庭を呆けた態で眺めながら、彼らの方を見るともなく見ていた。
施設に入った時はまだ日が高かったのに、視界の狭まったガラス窓の外の光はもう飴色に近づいていた。外界の時の流れの速さにやり切れなさを感じて、再び振り返った。人工の靄で柔らかくかく乱された西日で、後光がかった四人の影の中に、ただ一人で対峙する夫の後ろ姿があった。
後光を背負った一人の男と、その傍らの三人の白衣の女達を、夫はじっと見据えていた。最後の挨拶を切り出すタイミングを伺っているのだった。
これまでに聞いた夫の話を要約すると、情報を司る現人神の見えざる手が、私達の今後の生活を、公私ともに、プライバシーも含めて確実に守ってくれるらしい。だからお願いだ、協力してくれないか、と夫は私に何度も頭を下げて、私は最終的にそれを受け入れた。受け入れるにあたって交換条件を付けようとしたが、夫も私と同じことを考えていたので、あえて口に出す必要はなかった。
本当のことを知っている人間は、この施設には一人もいない。もしいたとしても、その人間が言ったことは、どんな形であれ例外なく嘘にされるという契約を、私達は結んだ。契約に際して神に生贄が必要だったのか、必要だったのなら夫は何を生贄にしたのかは知らない。知りたくないと考えることが礼儀だと思った。
だから、目の前にいるこの事務局長も、彼女達も、本当の情報など知りもしないし、知れもしないのだった。察しはつくかも知れないが、ついた所で何だというのか。
もし彼らが悪だとしても、私には、そのアドバンテージがある。特に迷いと好奇心を剥き出しにしている彼女達に対しては。彼女達が私のことを本当に、メンタルが弱いことを頑なに認めようとしない母親だと思っていて、私の態度に本当の精神病を知る専門職としてのプライドを擦り付けようとしているのなら、悪いけれども、ただ滑稽、という感情しか湧かなかった。
夫の脇には行かなかった。
「妻は一度もあの子に手をあげたことはありませんでした。もし身体さえ丈夫なら、彼女が一番、あの子を育てたいはずです」
与党推薦で出馬する青年実業家の演説みたいだと思った。発する言葉に感情が籠っていて、かつ人に聞かせるためのテクニックもあって、嫌味にならないぎりぎりの範囲で悦に入っている。その悦が良い意味でアクセントになっているから、聞き手に人間臭さを感じさせる。事実、夫のこの、「真摯な」説明は職場でも人気があった。身内びいきを差し引いてもそうだった。ずるいですよ、あんな風に親身に説明されたら、落ちない人いませんよ、と数時間に及ぶ打ち合わせの後で、気難しいと評判だった官公庁の担当者が、最後の最後でぽろっと零したことすらある。
すごい、すごい、すごいから、だから手短に済ませてね、という思いしかなかった。夫は時折言葉を詰まらせながら、念押しの説明という名の演説をぶつ。私は夫が演説をしている間、またあさっての方向を向いていた。言葉に興味はなかった。私がその時一番感じたかったのは、自分だけの単純な痛みの感触だった。数時間も車に乗っていたから体中が痛い、という、身もふたもない己の身体の痛みの感触だけだった。
事務局長は、存じております、とだけ言った。その顔に施設の玄関で握手をした時の、あの朗らかな笑顔は、もう無かった。
数か月前、私は生まれて初めて精神科の診察を受けた。これも夫の懇願によるものだった。2時間待って5分の診療と、就活時に散々受けた適性検査のおまけを思わせるマークシートのテストの結果で下された病名は、育児うつに移行しつつある段階の適応障害。行きつく先が果たして本当に育児うつなのかと疑問に思ったが、そこで議論する気力も必要性も感じなかったので黙っていた。臨床心理士とのカウンセリングと投薬で「改善」が見込めると、年配のPCが苦手と思われる精神科医は、ろくに目も合わせずに、両手の人差し指だけを使う二本指打法でタイピングをしながら言った。こんなのでもなろうと思えば医者になれる。新種の生物を見た時のような驚きがそこにはあった。
紋切り型の臨床心理士とのカウンセリングは、ゴールの決まっている打ち合わせのようなものだった。それはゴールを自覚している私にとっては、スポーツ、すなわち阿吽の呼吸のラリーでもあった。ネガティブな一般論には傾聴、もしくは同調、からのポジティブな一般論。ポジティブな一般論には加速をつけるためによりポジティブな一般論を被せる。上に上る方法はエレベーターでもらせん階段でもどちらでもいいが、それなりに上がらないことには会話が進まない。
夫とこの大学院出たてと思われる臨床心理士がもし対決したらどっちが勝つだろうかと内心思いながら、私は死んだ目でこの奇妙な試合を10試合ほどこなした。数をこなすごとに話の主導権をこちらが握れるようになってこなれていった。私が夫と違うのは、私は患者としての自分の印象操作を目論んでいたので、ある程度上がったら飛び降りることでまた振り出しに戻ったりすることだった。これが臨床心理士ではなく、ビジネスの相手だったら、余りに不毛なので胸倉を掴まれてキレられる会話だったことだろう。時折本音を仄めかして相手をフリーズさせながら、私は死んだ目でその出来レースの試合をこなした。物分かりの良い患者のまま底の浅い分析の材料にされるのは悔しいという思いに支配されてもいた。
一通り躁鬱の演技をこなすと、最後の方はお互いに消化試合になったので、頭の中では自分が本当に考えたいことを考えていた。
すなわち、ここまで私を苦しめ抜いた存在に関する問いと、それを抱くことの是非。私が狂ってまで答えを求めた、子供はなぜ守るべきものなのか、母親を母親たらしめるものは何なのか、ということ。私は自分の存在を母親というレッテルごと消されかけた。でもそれでも、誰も私の本質的な問いには答えてくれないのだった。今なら分かる。私の問いに答えてくれるとしたらそれは、哲学者だろう。でも今の社会で哲学者はおろか、哲学的思考を持った人間が自分の家以外で安全に生き延びられる場所など、果たしてあるのだろうか。
ならば。
居場所が無ければ、無ければ、自分で作ればいいじゃないと、私は思うのだった。
私は神をもう信じていない。この世に神はいると思うけれど、それはその神を信じている人にだけ見える神だと思っている。つまりこの世は多神教なんだけど、それは個々人の範疇での一神教ないし多神教が複合的に合わさった結果なんだと思う。人々は自分が信じる神以外を邪神だと思っている。神という言い方が仰々しいんであれば、考えのグループだと思えばいい。私は私が信じない神によって、病気だと判断された。でも私は、その判断を覆せる自信がある。だから従わない。
私はあの臨床心理士とのカウンセリングで、治りかけているが、気を抜けば何をするか分からない患者の演技をした。嘘が嫌いな私が、まさかここまで女優になるなんて思わなかったが、演技自体は根底にあるのが真実だからなのか、簡単だった。時々死にたいという言葉を交えて、絶望したように頭を抱えながら、目に涙を浮かべてみる。‥‥‥これについては身近にリアルすぎるほどリアルなモデルがいたから簡単だった。
‥‥‥私がおかしいのか。
夫のとても仲の良い「お友達」だったあの子のことは、一時期は本当に正気を失うほど憎んだし、喉から腸を起点とした、全身が煮えくり返るほどの殺意も抱いた。でも死ぬまで続くに違いないと思われた憎しみは、日を経るごとに、少しずつ情念から感情に還元されていったのだった。どす黒い色をした丸薬のような個体からタールのような液体に戻るという程度の意味で。思えばあれは蟲毒のようなものだった。忌まわしい蟲の死骸がこびりついた丸薬のようなもので、私の感情の死骸の堆積に等しいものだったとも思う。恐らく死ぬまで私の中で成長を続ける、私の精神の癌とも言えるもの。その蟲毒に日を追うごとに、新たな死にかけの感情という不純物がまとわりついていったのだった。具体的には、虚しさと諦めとごくわずかな同情。それらが蟲毒に付着すると、どす黒い個体だったそれの表面はぬめつき、やがて個体の形を保っておけなくなった。あれは自宅療養のさ中、彼女の動向をスマホの画面に張り付いて追いかけていた頃だと思う。液体になったそれは、私の心の中の感情の海の一部に、日を追うごとに少しずつ溶けていったのだった。溶けることでその部分の海水が汚染されたことは自覚している。この海はいつか外に津波になって溢れるかもしれないとも思う。でも、それは今すぐではないと分かる。自分でもこのことには驚いている。今でも寛大な心で飲み込んで赦すという感情にまでは永遠に至らないと確信しているけど、一時期は本当に呪い殺してやろうかと思うほど激しく憎んだのに。
思うに、あの子もまた専門知識を駆使して働いている一人の女だし、外野から観察している限り矢面に立てる度胸はあるし、バカを演じるのが苦じゃなさそうでそれなりにクレバーだというのもあったのかも知れない。その意味では歪んだ親近感を抱いているのかも。要するにあえて殺さずに、小首を傾げて微笑ましく観察し続けたいのだ。信じてもらえないかもしれないけど、あの子の若さに嫉妬はしていない。だって、そんなに歳も変わらないし、一応、私もこれでも女の感性を持っているから。
むしろ未だに憎いと思うのは、被害者にされた私の心情をしたり顔で代弁しようとする世間の方かも知れない。名目上は多様な個の集合体としての世間様。私と一度も会ったことが無いのに、よくもまああんな風にしゃあしゃあと、間近で見てきたように私の心情を語って、とっくの昔に空席になった的目掛けてナイフ投げをするように投げつけて、あんな風に内輪で面白がれるものだと思う。顔も知らない匿名同士で悦に浸っている様には微笑ましさすら覚えるが、華やかに盛れているペルソナほど日々のメンテナンスが大事なのに。付けっぱなしだと、癒着して剥がれなくなるのに。彼女らは、彼らは、眠る前、あるいはふと画面から目を逸らした瞬間、必ず素面と向き合うに違いない。そんな時、吐いた言葉がブーメランのように己の素顔を傷つけないのか。誰も盛られてない素顔を知らないのだから、痛いと言っても慰めてくれる人間などいないだろうに。そんな時に寂しくはないのか、空しくはないのかと、元当事者としては、冷めた目で思うのだ。
今の感情が、短期間のショックの連続で感覚が麻痺しているだけなのか、本心なのかは分からない。ただ確実に言えるのは、この感情を私が接している自称精神の専門家にしたり顔で解剖された後に、既パターンの中に分類されて、単純化された後にレーンに乗せて分析されるのだけはごめんだということだ。
思えばあの臨床心理士も、フチなしの眼鏡を掛けた明らかに年下の子だった。黒髪ポニーテールの白衣を着た子で、すらっと背が高く、容姿を武器にして働いていてもおかしく無いほどきれいな子だった。最近の子は頭の大きさからして違う。なぜこんな地味な道を選んだのだろうかと思ったが、加速していく少子高齢化社会の中で、恋愛結婚の末に生まれてきた今の子達はある程度整っている容姿が当たり前で、それを抱えて、極力悩まずに、堅実な生き方をするのが普通なのだろう。
この子もこの子なりにコンプレックスがあるのだろうか。あるとするなら、さしずめ学校で学んだ知識と実践の差だろうな、と対峙していた時に思った。現に、時折私を見る際に、目が泳いでいた。どう扱っていいか分からないものを見るセミプロの目に、私は実験台として晒されていたのだった。
院を出てまだ数年しか経っていないであろう新人の子にカウンセリングという名の治療を受ける。どうせ監督役はあの頼りない精神科医なんだろうから、こんなのマーケの新人時代の私にマーケ分析の総合判断も含めて一任するようなものじゃないかとも思えた。最も、どんなに優秀な精神科医であっても、患者が治りたくないと思っているんだとしたら、対処法なんかないだろう。椅子に縛り付けて電気ショックとか、矯正手術とか、昔はあったようだけど、唯一の攻撃手段が薬物処方らしいこの子達にそれが出来る根性があるとも思えなかった。
私は処方された向精神薬を一錠も飲まなかった。夫は公私ともに忙しく、例のごとく追い詰められていて四六時中家にいることは彼が望んでも叶わなかったから、飲んだ振りをするのは容易かった。寝不足と疲労による頭痛は市販薬に頼っていた。一人眠れない夜など、素人考えでひたすら突っ走りながら、もしかしたら最終手段で強制入院させられるかもと怯えた夜もあったが、結局それは杞憂に終わった。何ということもない。私が精神科でおままごとをしている間、少しずつ夫も、ようやく父の実感を持って、あいつの異様性を階段を登るように体感していったのだ。
もう私達にはどうあがいても育てられない。その結果、たどり着いたのが、ここだ。
「このような形での受け入れは、前例がございませんので」と事務局長は、施設の部屋周りの説明を自らしながら言った。これから運営を始める幼児教育の実験施設なのだから、ある意味当然のことなのに、あえて口に出してそれを言うのは、最後の心変わりを期待していたのか。ビジネスとしてのイレギュラー対応の恩を売りたいのと、どんなに希望されてもお子さんを返すことは出来ないのですよ、という最後通告もあったのだろうか。あの態度には、使い古された木器の表面のようなしなびた硬さがあった。これまでのキャリアで、子供を返して下さいと泣き縋る親達の姿が身近にあったのかも知れなかった。
私はその言葉を、半ば浮遊しながら聞いていた。新しく試した頭痛薬の影響か、今日は朝から眠気が酷かった。気を抜けば朦朧とする意識の中で、早く終わらせて帰りたい、という感情のみが波のように打ち寄せては消えていた。だから私は先程から、自身の半透明な感情の波をこの詳しくはどこだか分からない、知りたいとも思わない施設の、無機質なガラスの奥の、腐海の光景に重ねて投影することで気を紛らわせていたのだった。こうでもして感情を宥めていないと、口からとんでもない言葉が飛び出して、全てが台無しになってしまうと思ったからだった。
最後の別れはもう終わった。あっけないものだった。かつて私の子供だったものは、もう近くにはいない。さっき施設の奥に消えてしまった。ずっと目を逸らして視界に入れずにいたら、別の職員達が奥に連れ去ってくれたのだ。
皮肉なことに、永遠の別れを終えた後で、あの中庭の腐海の植物が溜まっている一角の、奥の奥の薄闇から浮かび上がるように、輪郭が鮮明になってくる。まるで、白い骸みたいに。その骸は、じっと私を見ていた。まるでなぜこんなことをした、と言っているかのように。今なら許してやる、と誰かに言われている気がした。ひどく居心地の悪い感じがした後で、なぜか聖母のような感覚が湧いた。
感情がバグを起こして、情念が渦を巻き始めていた。私は心の手を伸ばした。最も敏感な情念の先で、霊のような骸に触れた。ひどく穏やかな気分になった後で、悪魔になるなら今だと思った。
あのね、本当にあんたのこと、どうでもいいの。だからあんたも早く私のことを忘れてなさいね。どうでもいい人間のことを考え続けている時間は無駄よ。‥‥‥最初で最後のアドバイスをしてあげるわ。人間じゃなくてデータだと思えば余計な感情が捨てられるからいいわよ。さっさと記憶から消しなさい。そして浮いた感情を使うべき人に使うのよ。
‥‥‥自分を捨てた相手を憎めないお人好しなんかになったら、あんた、絶対に生きていけないわよ。捕まらないなら刺し殺したいほど憎いと思うくらい憎みなさい。
そうしないと、こっちから殺しにいくわよ。
私はあんたが大嫌いなの。だからあんたも、心の底から私を憎みなさい。心の底から憎んで憎んで、憎み切りなさい。そしたらちょうど真ん中に繭みたいな平和が訪れるから。これは経験に基づくアドバイスよ。今現在経験していることでもあるけど。その中で何も知らない顔をして暮らすのよ。あんたあれでも、血が繋がってる私の子供だもの。出来るわよ。
‥‥‥まだ分からない? まだ分からない?
じゃ、見本を見せてあげるわね。
最後の話も、もうとっくに終わっているようだった。現に夫が私を呼ぶ声がした。完全によそ行きのゆり行こう、という声。私は夫に近づくと、腕を絡ませた。
誰が止めたとしても立ち止まるつもりはなかったが、誰も何も言わなかった。
そのまま二人で踵を返して、ドアを開けた。ドアを開けた先に一直線の長い廊下を歩いた。私達が着た道。それしかない道。その廊下をただ歩いた。背中に無数の視線を感じた。私の背中に職員達の刺すような視線が向けられているのだ、と思ったら、無数の他人の目が背中に張り付いたような、自分が無数の目を持つ怪物になったような不条理な感覚を覚えた。他人の視線で全身をくすぐられているようで背筋がぞくぞくした。そして今改めてはっきりと自覚したのだった。この世界は不条理劇以上に理不尽だということを。
人間が知らない間に化物になる。化物であることを自覚していれば、何の苦痛も痛みも無く、笑いながら化物と人間のキメラでいられる。主体性のあるなしだけが明暗を分ける。そしてその主体性は、けして手が届かないようにあるように語られながらも、ちょっとジャンプすれば誰もが手が届く場所に意地悪にも置かれているのだ。
これはマイナスの感情じゃない。ただの武者震い。そうあれだ、あれに似てる。初めて会社でプレゼンをした時に、上役連中が私に向けた視線。この小娘の力量を見てやろうという上から目線。あれにそっくり。
‥‥‥これは予知夢なんだろうか。私はいずれ、あの修羅の世界に帰るに違いない。あの職場と似た世界に自分からまた行くに違いないと、思った。もうあの職場には戻れないけど、自分からあの地獄みたいな環境を探して飛び込むに違いないと、思った。あの世界は嫌いだが、私はあの世界でしか生きられないことが、子供を産んで良く分かったから。私はこれから死ぬまで濁った水の中でもがき続けるだろう。でも純度100パーセントの水が仮にあったとして、私はその中で本当に生きていけるのだろうか。濁水の中のサバイバーである私の身体は、その純度を有益なものと見なすことが出来るのだろうか。
正しく美しいものに対して私が抱く疑惑の根源としてあるもの。それが心の奥にあるがゆえに、私は清く新しい環境に本能的な恐怖を感じて、永遠に踏み出せない宿命の中で生きなければならないのかもしれない。たとえそれが清流だとしても、必ずその宿命に絡め捕られるのなら、それは私にとってはただの無限地獄に過ぎない。
それでも、どんな形にせよ永遠に続くループの中で生きよということなのか。それならば私はその現実を受け入れる。ループの選択権を奪われることが無いのなら、デメリットは無い。自分が主になれるループを選ぶだけだ。
私は、馴染みのある濁水を自分の正しさに作り替えていくことを望みたい。だってそれが一番効率的で環境に殺される確率が低い生き方だから。天国に見せかけられた地獄で生きるよりも地獄を作り替える生き方の方が、私の性に合っているし、精神衛生上良い。
ゼロサムゲームの人工的で無機質な正義が、先に生まれた事実にねちねちと言及する、その権利もどきに基づく暴力を振りかざす。そんな自然の因習を私は自分で駆逐する。
異臭を放つ有機物の断末魔を初めから存在しなかったものとして、跡形も残さず消滅させていく様を試しに想像してみる。安易に想像出来た。その流れを効率的に広めるためのやり方も含めて。一生留まることを決めたループなら、今度は私のコピーを作ってみるのも面白い。増殖する私のコピーは、発信次第で他のループに安易に波及するだろう。私も含めて、本能的に神経質でかつ臆病な人間は仲間外れが一番怖い。だから誰かに生贄になって欲しいと、無意識的に思っている。その事実を認めてしまわないから苦しむのだ。
自分も含めた人間の弱さを認めた上でそれを利用してこちらから攻撃してやればいい。私なりの正義を提案してみるのだ。合理的な方法で生贄の連鎖を終わらせた後は、必ずしも生贄は人である必要はない。
‥‥‥ここまで考えたら、やはりこれは予知夢だと思った。ここまで来たらもう後は自分に言い聞かせるだけだ。私はあの世界に帰る。帰って別の約束された場所で、まずは私の王国を再建する。
私は背後に見せつけるように夫に体を摺り寄せた。それは、あの事務局長を心の底から失望させるための、あの彼女達にひどい母親だというイメージを植え付けるための演技であり、この世界と永遠に断絶するための儀式だった。私は、どうしようもない母親に見えていることだろう。だったらそれで結構。あんたらの狭い世界の野蛮な規範で勝手に断罪すればいい。そんな思いを、後ろ手で投げつけた。
目で追ってしまう時点で、陰口を叩いている時点で負けていることに気づけない浅はかな奴ら。一生盲目でいればいい。自分の死因が何か分からないまま死んでいる。臆病なあんた達にぴったりの死に方よ。
事務室を遠く離れた頃に、私は他人用の演技を止めた。依然として夫に腕を絡めたままだが、まっすぐと背筋を伸ばし、夫と肩を並べて歩き出した。夫に対しては彼が演じる欺瞞を夫婦の愛情という形で突きつけたかった。
人が皆平等なんて大嘘。皆他人を生贄にして自分の命の価値を上げてるけど、そのことを都合良く忘れているのよ。
もし唯一、この世界の私として生贄に罪滅ぼしが出来るなら。演技の途中に、そんな仮定が頭を過った。なぜそんな思いが頭に過るのだろうと思ったが、心が語るに任せておいた。もうこんなことを考えることは二度とないと思ったから。こうしなければ一生後悔するとなぜか思ったのもあるが、私はこれをすぐに情念の最後の足掻きと見なした。
ママね、あんたにだけは心の中でいつも本音を言ってた。もし私の中に母性に近しいものがあるというのなら、私にそうしたいと突き動かせたものがそうよ。
「さようなら、一ミリも好きじゃなかった」
自然と口に出していた。
夫の視線を右頬に感じた。見ると、夫とそのまま目が合った。目をひん剥いて、信じられない、という顔をしていて欲しかった。だが夫は素知らぬ顔をして私の腰を抱いた。男の余裕を気取っているのか、一緒に地獄に落ちるつもりだというポーズか。白々しい、と思いながらも心の中の自嘲の揺らぎが激しくなる。あなたの同情なんかいらないのに、と冷めたように思いつつもただ身を任せていた。唐突に小学校の頃のあの原始の記憶がフラッシュバックした。時空を超えて、あの時の赤ん坊に今私はなっているのかもしれなかった。
生暖かい羊水。複数の人間の体液が混じり合った、不気味な液体。得体の知れない白いちりが常に浮かんでいるそれを肺の奥まで飲み込んでは排出する。既に知性を持つ存在なのに、自分の排出物を再び飲むことを強要させられるスカトロジーに言及する人間は誰もいない。なぜこれが神聖なのだろうか。ここには生の動物的な悲しみが溢れている。ここは、ぬるま湯の不条理の牢獄だ。
光の暴力。少し遅れて音の暴力。目が見えるようになることは喜びではない。赤黒く蠕動する巨大な物体がもやがかって見える。ぼんやりと見えるそれは自体が意志を持っているかのようだ。敵かも味方かも分からないものと空間を共有する。見つめ続けていれば、気が狂いそうになるから目を閉じた。目を閉じて耐えていた。
生まれながらにしてグロテスクな存在である私達に生まれたことに意味など無い。出来ることは自分で意味を見出して死の時が来るまで生きるという行為のみだ。人間は知性をこねくり回して、不条理に意味を見出す。そして、我が子を愛しているから殺すという選択をしない。愛と言う名のもとに。全ては自分が味わったのと同じ苦労を味合わせるために。
私はそんな茶番にはもう二度と乗らないわ。
これは、そう、あの世界に帰るための肩慣らしだった。私は歩きながら夫に視線を送った。入り口までもう少しだ。
また、元通りね。私、やっぱりあの形でしか生きられない。だからそうするわ。私は仕事とプライベートを完全に分けられる女だから、私はまた、あなたと、ライバル同士ね。
知ってると思うけど、私身内だろうが何だろうが自分の成長の障害になる人間は蹴落とせるの。ひどいでしょう。でも仕方ないの。その代わり、あなたも本気で来ていいわ。あなたには借りがあるけど、あの件で帳消しね。私も、どんなに辛いことがあっても、もうあなたに対しては壊れた所は見せないわ。
‥‥‥だから。
どちらからともなく私達は更に腕を絡めた。唇が自然に動いて、ごめんなさい、と囁くと、夫は静かに頷いた。ゆりちゃんが薄暗い部屋で教育テレビ見ながら、黙ったまんま涙を流していたのを見て、あれを見たらもうだめだって思ったんだ、そんなフォローじみたことを言った。そんなこともあった、と遠い記憶を掘り起こすように思い出す。あの時は悲しくもないのに気づいたら涙が出てきたのだった。きっと、私が無知蒙昧ゆえに白く汚れていた頃の思い出だ。
その白は偽物なのよ、と、こんな風に腕を絡めるみたいにして、私の中の蛇も夫に渡せればいいのに。そんなことを思った。漂白剤の白はそのままだと白味が強すぎて不自然なことを夫は十分すぎるほど知っているはずだ。だから色々足して、自然な白に見せかけるのだ。
本当に、夫はどこまでも優しい。でも、これは優しさにかこつけた檻だ。私は今、夫の目の前に私のかわいい蛇の顔を突き付けてやりたい。夫にもこの蛇が見えたなら、自分の妻である女に何が起こっているかを理解してくれるだろう。でもそれが出来ないのならば仕方ない。
私は心の中でまた呟いた。
これが私の母性なの。腐ってるかもしれないけど、これが私の母性なの。分かってくれる?
この感情は誰にも理解されないことを私は知っていた。逆に理解されない方が良かった。理解されたら都合が悪くなりはしないか、という危惧があったからだ。他人の無知を自分の鎧に変えられなくなるのなら、むしろこれでいいのかもしれない。現に誰にも理解されないことをばねにして、自分の力だけを信じて今までやってきたんだもの。
別に分かってくれなくていいわ。自分が異端だってこと、自分で分かってるだけで十分。変わるつもりない。このまま生きるために異端は異質なだけなんだって思わせてもらうわ。
異端は迫害に遭うんだって、心の中で唱えながら生きていく。
この理屈は、あなたなら分かってくれるわよね。だって同類だものね。元々は私達。
「あの子はかわいかった……」
「え?」
「あの子は天使だった‥‥‥」
「‥‥‥ゆりちゃん‥‥‥どうしたの」
「何でもない。自分に言い聞かせているのかも。こう言わないと駄目になっちゃうの」
「‥‥‥はは」
夫は正面を向いたまま寂し気な笑いを浮かべた。悲しみを堪えるような、喪に服した笑い方だった。夫は私に同情している。自分の落ち度と、私を責めたい気持ちを天秤に掛けた結果、出てきた表情。夫は私を攻撃しないことにしたらしい。博愛気取り。それでも、ここまで夫が感情をむき出しにすることは初めてだった。
水際戦略に出ている夫の左側にいる濡れた目の私。もっと責めてよ。もっと責めなさいよ、と心の中で挑発する。そうしたら、こっちもあなたを攻撃対象として認識出来る。この期に及んでも私は無関係な奇襲をしたくない。まだ正当防衛で攻撃したいと思っているのは、私の歪んだ母性がなせる業なのか。酷い業だが、この業には終わりがあるということを知っているから耐えられる。その終わりとは。
私は予言する。夫の笑顔はこれから、内側から変質していくのだろう。あとどのくらい待てば、あの醜悪な元同僚達の笑顔になるのか。
早くあそこまで堕ちて欲しいという思いの中に、そうならないで、という一縷の願いがまだある。私の弱さ。それを断ち切るためにこう考える。
あなたが堕ちるまで私はあなたの隣にいる。そしてずっと待ってる。もう目を合わせることもせずにただ待ってる。私の記憶の中に、私が一番好きだったあの時の笑顔と、今日の笑顔を並べてしまっておくわ。私は今からあなたといる時は、目を閉じる。しまったものを取り出して見返す時だけ目を開けるの。後の日々は目を瞑ったままで過ごすことを誓うわ。そしてあなたが昔のように、あんな風に笑うことは、私と離婚しない限り絶対にないということも、同時に予言する。
その日が来るまで、私、ずっと待ってるわ。こういうのって酷いと思う?
でもそう思うならね、いい方法があるのよ。これも全部そういう仕事だと割り切っちゃえば思えばいいの。現に私はそう思うことにしようと思う。だってそうしないと、普通の状況じゃないことばかりに囚われて気が狂っちゃうわよ。それに、あなたにとってもその方がいいと思う。仕事ならこう思えるでしょう。大丈夫よね。あなた、仕事用の人格、完璧に作れる人だもんね。
じゃあもう全部無かったことにして、スパッと気持ちを切り替えて、新しい生活を始めようよ。それでいつまでも楽しく暮らそう。大丈夫、出来るから。あなたなら出来るから大丈夫よ。
今の私達は、結婚という枠組みで繋がっているだけの存在。
でもそれが、それが何だと言うの。私には私の人生があるし、それは夫の人生とは関係ないこと。関係ないものは、私には初めから無いのと同じこと。
私の関心はもっと高い所にある。鳥瞰の目で、正しいと思ったことを検証すること。私は誰の指図も受けない。入れ物としての「わたし」だけを僕として、自分の正しさを検証するために生きていきたい。笑いたければ勝手に笑うがいいわ。あなた達の声は私には聞こえないから。
そして、ここまで内側から派手に壊れた夫婦が他人の手を借りずに再生出来るかという実験もまた、その試金石になる。これは徒労なんかじゃない。その証拠に、その実験結果は私も含めて皆が興味があることじゃないかと、オンラインのあの人達を見ていて、思うのだ。
恐らく私はこれでも人が好きなのだろう。人の集合体の鏡の中には自ずと自分の姿が映る。臆病でいて繊細。己の弱さを隠すために他人を威嚇して攻撃し、自己防御で生成された攻撃用の毒で内側からも傷ついていく。誰もが繊細という言葉の価値を損なっている。違うのは周りに散らばる破片の形だけ。それを健全と言い張る姿はグロテスクそのもの。とても直視出来ない。
ここまで見えているのに、行動しないことなどあり得ない。
少なくとも私にとっては。
変人だと思われてもいい。私を裁くのは裁判官でも精神科の医者でもなく、後世の人の目と、彼らが連れてきた時間だから。
もし成功したら、世間にシェアするわね。
だってそれは人類をより良い方向に進化させる発見だから。
あり得ない? でも万が一私の行動で、ずっと昔に錆びついていたベルトコンベアが理性の光を受けて再び動き出したとしたら、どうする?
見直して、仲間にしてくれる?
‥‥‥あのね、大丈夫よ。そんなことしてくれなくて結構よ。別に。
うふふ。
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