いい感じの短編っぽいやつのまとめ的なもの

カミレ

ひとりのメイド

 ――音が、した。


 例えば、毎日庭師が丹精込めて手入れをしていた自慢の庭。陽の光をもっと浴びようと緑が背伸びをし、木陰で小鳥がさえずり、元気のあふれるような花が咲く、そんな庭。


 例えば、磨きぬかれた大理石がゆらりと光る階段の踊り場。窓からは陽の光が差し込み、足音がコツコツと響き渡り、誰かとすれ違ったら挨拶を交わす、そんな階段の踊り場。


 例えば、古びた紙の匂いを嗅ぐだけで賢くなれそうな書斎。見渡せるほどにたくさんの書籍に囲まれており、情報や知識を求める者同士が意見を交わし合う、そんな書斎。


 例えば、目が回りそうなほどに忙しなく音の絶えない厨房。あちらでは鍋を火にかけていて、こちらでは魚の切り身が大量生産され、指示が飛びまわる、そんな厨房。



 ……!


 まるでシャボン玉が弾けるように急速に現実に引き戻される。あれはもう記憶の中にしか存在しないのだと理解させられる。


 ――だってもう、音がしないのだ。


 詰めていた息を吐いて、吸う。祈るような気持ちはもうない。

 揺らぐ視界が捉えるのは、赤色。鼻がもげそうなほどの、鉄のにおい。

 打ちどころが悪かったのだろうか、頭が重い。


 そんな中、残るのはただひとつの思いだけで。


「……まったく、何ひとつ、納得できません」


 やけに静かな空間の中、ひとり佇む。

 この先何を持ってしても拭い去ることのできない圧倒的な敗北感を感じたまま。

 死の足音に耳をすませて。


 それでも、この不服感だけをもって、立ち上がるのだ。


「――よくも、ここを汚しましたね」

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