86限目 貴重なのは情報

 レイラ、リョウ、亜理紗は食事が終わると教科書を片付いてホテルを出た。そして、レイラの車の前まで来るとリョウは足を止めた。


「それでは、亜理紗様、レイラさん、私はこれで失礼します」

「ええ」

「ありがとうございます」


 笑顔に返事をするレイラと亜理紗は礼を言った。

 そんな2人が車に乗るのをリョウは笑顔で見送った。車が動き出し見えなくなるとリョウは自分の車に向かった。


 彼の運転手である港(みなと)が後部座席の扉を開けており、港に礼を言って車に乗り込んだ。港は後部座席の扉を閉めると運転席に乗った。


「それでは出発します。徳山図書館でよろしいでしょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 しばらく走ると、窓の外に徳山図書館が見えてきた。リョウはそれを見て心の中でため息をついた。

 車が止まり、港が後部座席の扉を開けると先程の教科書が入っている鞄は車に置き、もう少し小さい鞄を手にしてコートを着て外にでた。


 港と迎えの時間を約束してから黒バンドを受け取った。それを左手首にある時計の横に巻いた。

 駐車場から図書館へ向かう、リョウが見えなくなるまで港は頭を下げていた。


 図書館の向かう道の両側に生えている木にはもう葉がなくなっていた。風が冷たかった。


「もう冬ですね」


 冷たい風を体に感じながら、図書館への足を早めた。

 館内に入ると、暖房はついており暖かく、休日という事もあって利用者が結構いた。リョウは周囲に目もくれずに階段を上がり一番奥の部屋に向かった。そこは、専門書が多くありあまり利用する人が少ない場所であった。


 リョウがそこの部屋に入った時、人影が1つ見えた。彼は、その影以外誰もいない事を確認すると、その人影が座っている席へと向かった。


「お待たせしました。河野(かわの)さん」


 机に勉強道具を広げて鉛筆を動かしていた手を止めて、河野(かわの)まゆらは名前を呼ばれて頭を上げた。その顔は不満げであった。


「本日の様子は、レイラさんが私と交換した眼鏡を持っていたため知っています」


 まゆらは挨拶もせずに、本題に入った。リョウは苦い笑いを浮かべながら「失礼しますね」と言ってまゆらの目の前の椅子に座った。


「その前に、連絡先を交換しませんか? 機械を使っての連絡ですと一方向的ですよね」

「いやです。以前伝えたように、必要でしたら眼鏡に向かって話します。予定が合わずに来れないのでしたらそれは、それで構いません」


 まゆらは自分が使っている眼鏡を指さして言った。


「大道寺さんとは連絡先を交換したくありません」

「なぜですか」

「繋がりたくなのですよ。私が繋がりたいのはレイラさんだけです」


 リョウは訳がわからないと言った顔をしたが、首を振り笑顔に戻した。


「わかりました。それでいいです」

「分かってもらえて良かったです。で、本題ですがなんで亜理紗とレイラさんを引き離してください。仲が良すぎます」

「そうですか?」

「でも……、キ、キスをしたのですよ」


 リョウはホテルにいるレイラの様子を思い浮かべた。勉強をメインで教えていたのは自分であり、ホテルで接近している様子はなかった。車での様子はわからないが何かあればまゆらが騒ぐだろうと思った。


「レイラさんが、亜理紗様に対して特別な感情を抱いた様子はありませんでした。そもそも、彼女はもともと女の子に近いというか、優しいですよね」


「それは、やはり私もワンチャンあるって事ですね」

「ワンチャン……? ストーカーするくらいですから貴女がレイラさんを特別に思っている事は知っていました。しかし、以前も忠告した様にレイラさんと友達以上の関係を持つことは許されませんよ」

「……。レイラさんのご両親は厳しいですものね。でも、それはレイラさんを愛する故ですよね。しかし、それはレイラさんを追い詰めることになってしまいます。もちろん大道寺さんがレイラさんを大切にしていることも知っていますが、その行動もレイラさんにとっては負担です」

「何を知った様な口を聞いているんです」


 まゆらの言葉にリョウは眉をひそめて睨みつけた。


「“知っている様な”ではなく、知っているのです。私の独り言をレイラさんにもらった眼鏡を通して聞いていたのならわかりますよね」


 まゆらが大きな声を出した。


「あの、レイラさんが破滅するとかいうやつですよね。レイラさんも私も大道寺ですよ。何を馬鹿なことを言っているのですか」


 売り言葉に買い言葉でリョウはイライラして声をお荒げてしまい、慌てて口を閉じて呼吸を整えて座り直した。その態度にまゆらは唖然としていた。


「……信じてなかったのですか? 私、中村幸宏(なかむら ゆきひろ)に襲われることを言い当てましたよね」

「そうですが……、でも、それはあの人の大学に乗り込んで近づいたから知った事ですよね。その、前世の記憶があるという証拠にはなりませんよ」


 まゆらはムスっとしたが、すぐに切り替えて笑顔を見せた。


「そうですか。でも、もうすぐレイラさんと一緒に住めて更に同じ学校に通えるのでその“ありさ”とかいう女ともレイラさんを引き離せます」


 楽しそうに語るまゆらにため息をついた。


「そうですか」

「ご両親の大歓迎ぶりには驚きました。やっぱり自分の子どもの危機を救ったからですよね。大道寺さんも賛成してくれてありがとうございます」


 まゆらはにこりとリョウに微笑んだ。


「それはまぁ……」


 リョウは以前、まゆらがレイラと接触することがあれば手伝うと言った時のレイラの笑顔を思い出して、思わず顔を赤くし。

 彼の赤い顔に気づきてまゆらは慌てて眼鏡を押さえ顔を隠した。


「私が可愛いからと言って惚れないでくださいね。私は絶対に貴方を好きになることはありませんから」


 強い口調で断言するまゆらにリョウは頭に手を当てて困った顔をした。


「それ、なんなのですか? 以前も言っていましたよね。しかも私だけではなく複数の方が貴女を好きになるとか」


 リョウはバカにしたように鼻で笑った。しかし、まゆらの目は真剣であったためリョウはすぐに笑うのをやめた。


「そうです。貴方と後、二人が私を好きになるのです。それに嫉妬して、後、私の学力の高さも気に入らなったみたいですが私に嫌がらせをするのですよ。だから破滅して酷い目にあうのですよ」

「あのレイラさんが、嫉妬ですか」


 リョウは想像できないと首を横に振った。


「確かにそうなのですよね」


 まゆらはリョウに同意しながら、手にあごに当てて視線を下に向けて考えんがらゆっくり言葉を発した。


「まだ、中学1年なのでわかりませんが過去を変えたからだと思うのですよね」

「……」

「大きく彼女を変えたのは中村幸宏による事件なんです。レイラさんは信頼をしていたトメさんを失い、更に婚約者とされた人にホテルで強姦未遂。そして最終的には集団強姦未遂にあいます」

「私が止めたアレも未遂なんですね」

「ええ、ギリギリで逃げます。ホテルでの事件に両親が何もしなかったのでこの事件をレイラさんは自分の中にしまいます。そこからおかしくなっていくんですよね」

「ホテルの事で両親が何もしなかったわけではありません」


 リョウは目を大きく開き否定した。


「ホテルでのその……事件を両親も私も傍観していたわけではありません。彼らにはそれなりの制裁をしました。私だって……、本当は殺してやりたいくらいでした。けど……、そうもいかず」


 肩を落として、リョウはひどく落ち込み言葉の最後の方はほとんど聞こえなかった。


「大道寺家では両親の決定は絶対ですものね。まぁ、一般家庭でも親の言葉は強いですよね。勿論、大道寺の両親が中村とは公私ともに絶縁したことや中村幸宏が実家に戻されて大学以外の外出を禁止された事は知っています。だから、彼はレイラさんを逆恨みして集団強姦を計画しました。本当は彼の元彼女である伊藤カナエを風俗に入れて金銭的援助を受けるのですがそれは彼女を大道寺家の家政婦とすることで阻止しました」


 そこまで、言ってからまゆらは悲しそうな顔した。リョウはそれを黙って見ていた。


「それは、レイラさんには伝わっていますか? ホテルの事件後、彼女はどうしましたか?」

「……。誰も言っていないので知らないかもしれません。ホテルのあの日は、レイラさんは……運転手と共に車で帰宅しました。私と父は一緒でした」

「強姦されかけた娘を運転手がいるとはいえ一人で返したのですね。怖かったはずですよね。その恐怖を一人で耐えたのですね」


 その言葉に、リョウは「でも……」と焦り、まゆらの言葉に被せて言葉を発した。


「その様子を監視カメラで見た父は、レイラさんは平気そうであったと言っていました」

「それは、お父様の判断でレイラさんが言ったわけではありませんよね」

「……」


 リョウはそれ以上言葉が出なくなった。


「前世の話については、信じる必要性はありません。でも、今言ったことは事実ですよね」

「河野さんは何がしたいのです? なぜ、そこまで関わろうとするのですか?」

「レイラさんを破滅から守るためです」

「なんのためにです? 関係ないじゃないですか」


 自分のやってきたことに罪悪感を感じ、話題を変えようとした。まゆらはそれに抵抗することなく彼の質問にはっきりと答えた。


「好きだからですよ。前世でゲームをしている時は最初は傲慢で意地悪なレイラさんが好きではありませんでした。しかし、ゲームの中盤で彼女の過去を知りました。そして、自分がその過去から助けられる立場になったら助けてあげたいと思うのが普通じゃないですか。それに、トラウマ前のレイラさんは素直で可愛らしいですよね。可愛らしいまま大人になったら私の好みだと思いました」


 頬を染めて、早口で語るレイラを知っている風に語る彼女をリョウは不快に思った。そして、大道寺家の前でカメラを持ち、待ち構えているまゆらの姿を思い出した。


「それがあのストーカー行為ですか」

「情報収集ですよ。私はレイラさんを破滅から守りたいのです。だからできれば近くにいたいと思っていたので、一緒に住めるとなった時は心が躍る気持ちでした」


 まゆらはレイラと共に生活する日を思い浮かべてとても嬉しそうに笑った。


「ですが、レイラさんは将来男性と結婚しますよ」

「……」

「貴女は学力がありますし、将来それなりの地位を手に入れれば男性なら受け入れなくもないですが女性です。レイラさんをどんなに思っても無理ですよ。勿論、中村幸宏の件や今回レイラさんの気持ちを教えてくださったことは感謝してます。でも、それが現実です」


 まゆらはリョウのそこ言葉に苦い顔をした。


「貴方は私の一方的な呼び出しによく応じますね」

「分が悪くなると、話題を切り替えるのですね。それは、今回もそうでしたが貴女から情報を得られるからですよ」

「前世の話信じてませんよね」

「情報の精査はします。しかし、まずは得ることが大切です。今後も情報をいただけるなら大道寺から更に支援を受けられる様に口添えはします。しかし、レイラさんとは良い友人でいることが賢明だと思いますよ」


 リョウは時計を見ると、まゆらに挨拶をして立ち上がった。まゆらの返事を聞くと、リョウは部屋を後にした。

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