75限目 友人

「本当にわからないですか?」


 彩花が首をかしげた。それにレイラはゆっくりと首を振った。


「あはは、そんなレイラ様にいいものを持ってきました」


 嬉しそうにそういうとカバンから厚い本を取り出すと、ペラペラとめくり始めた、それをレイラは不思議そうな顔をして見ている。 


「ありました」


 本を開き、それをレイラの膝の上に乗せるとその本のページを指さした。


「“主従関係”それに、えっと、“不信任案”ですか。なんですの? これは」

「え? 生徒会室にある本ですよ。まぁ、生徒会長の席の後ろにあるので普段は読めないのですが、今日は空席だったので借りました」

「大丈夫なのですか?」

「“だめ”と言う規則はありません」

「そうですか」


 平然と言うので、レイラそれ以上聞かず彼女が持ってきた本を読み始めた。主従関係については査問会で聞いた内容と同じであった。

 不信任案は全校生徒二割以上の同意書を集めれば誰でも提出する事ができる。対象となるのは桜花会及び生徒会のメンバーであり、会長の承認案が必要と書かれていた。


「2割って、100人ですか。結構な人数ですわね」

「それに、会長の承諾ですよ」

「これって、二人の承諾が必要ですの?」

「え、あぁ。対象が桜花会なら生徒会長、対象が生徒会なら桜花会会長ですよ」

「詳しいですわね」


 制度について詳しい彩花にレイラは驚いた。彩花は何も言わずにニコリと笑った。


「でも、これには成り立ちは書いていませんわ」

「そうですね。制度の説明しかありませんよ。成り立ち……。あまり褒められた事ではない出来事が

 きっかけですから。多分……口頭で伝わっているのかもしれませんね」

「口頭ですか。なぜそれを知っているのすか?」


 彩花はニヤニヤしてレイラを見た。もったいぶるような彼女の態度にレイラは疲れを感じた。


(口頭なら桜花会の会長が教えてくれるだろうな。多分)


「教えてくださらないならいいですよ」


 レイラが立ち上がろうとすると、彩花は慌てて「待ってください」と言って彼女の手を引いた。そのため、レイラは椅子に戻された。

「なんですの?」


 レイラはため息をつきながら彩花の方を見た。彼女はレイラの手を持ったまま下を見ていた。


「あの、すいません」

「何がです?」

「私、駆け引きをしようとしました。レイラ様の知らない事を私は知っています。それを使って有意に進めようとしました」

「いいのではないですか。頑張ってください」


 そう言って、掴まれてる手をひっこうとしたが全く動かなかった。段々、腕を掴む手の力が強くなっていった。


(ちいせーのに力強いな)


「逃しませんよ」


 顔は見えないが彼女が必死になっているがよくわかる声であった。

 レイラは手に痛みを感じたため、力を抜いた。すると、次第に手を掴む力が緩まった。


「一体何がしたいのですか? 逃げませんからお話ください」

「……レイラ様の力が欲しいのです」

「私(わたくし)の力? 無力ですよ?」


 全く理解できないと首を振って答えると、彩花は「嘘つかないでください」と声を荒げた。


「首席で入学して、現在も学年トップであり桜花会に所属。更に、桜花会の問題児であった亜理紗をおさえつけて生徒会からも一目置かれています。更に大道寺家の令嬢であり全ては思うようになるですよね」


(ならねぇけど。大道寺の令嬢なんてストレスでしかねぇ)


 色々言いたい事があったが、言葉を挟む隙がなかったためレイラ黙って話を聞いていた。

 彼女は部屋中に響く声で更に続けた。


「更に、桜花会であるにもかかわらず親しみやすさで人気が高いですよ」


(そうなのか)


 そこまで言うと、彩花はハァハァと息を切らせた。


「人気……。憲貞様や香織様を筆頭に、亜理紗以外は人気があるのではないですか」

「勿論です。しかし、あの方々はどのまでいっても桜花会なんですよ。しかし、レイラ様はなんと言うか……」


 言葉の途中から彩花はポロポロと涙を流し始めた。それを隠そうと腕で目をおさた。しかし、涙声になり言葉も途切れ途切れであるため泣いているのはあきらかだ。


「黒服の……人間に近い……考え方をします。だから、私たちは……期待しているの……ですよ。だから、だから、私は……」


(考え方? まぁ、お嬢の生活よりも、前世の平民生活のが長いからか?)


「だから……、レイラ様に……。レ……イラ様の……」


 必死に言葉を続けようとするが、ヒクヒクとシャックリがでて上手く話せずにいた。


(コイツはまだ13だよなぁ? そんなに色々背負っているのか)


 レイラは彼女に掴まれている腕を自分の方に引いた。すると彩花の頭がレイラの胸のあたりにぶつかった。


「え……」


 彩花が驚いていると、レイラはそのまま彼女を両手で包み込んだ。


(小さいな)


 レイラは彩花を抱きしめて、彼女の小さく華奢な体を感じた。

 彩花は突然の出来事に、驚き行動していいか戸惑ったため動けずにいた。


「あの、えっと、駆け引きでしたっけ? そんなのしなくていいですわ。私でよろしければ力になりますわよ。何がそんなに辛いのですの」

「……」


 レイラの問いかけに、彩花は何も返事がなかった。レイラは少し考えてから口を開いた。


「お兄様の中村幸弘(なかむらゆきろ)さんのことですか?」

「……兄では……兄ではありません。……血の繋がりで……言うなら……ち、父です」


 最後の言葉は消えそうなくらい小さかった。

 それからしばらくすると「あの」と言って彩花は話始めた。もう泣きじゃくる声でなかったが、いつものように自信に満ちた声でもなかった。


「あの人の、両親は……。私を隠したかったらしく母親からとり、取り上げて……。自分たちの子どもとしました。……そこで、覚えてませんが酷い扱いを受けてたのを祖母に助けられました」


 レイラは話を聞いている間ずっと、彩花の背中をなぜた。


「その事実を知ったのは小学生です。幸弘がわざわざ教えてくれました。幸弘と自分の待遇の違いに腹が立ち、幸弘が酷い目に遭えばいいと思ったのです。それで、婚約者であるレイラ様に近づきました」

「そのために、桜華を受験したのですの?」

「そうですよ。アイツのせいで、私はずっとみじめだったです」


 彩花の声から憎悪を感じた。顔が見えないため声だけで感情を知るしかなかった。


「アイツの両親はほとんど会ったことないのでわかりませんが、アイツはたまに私に会いに来ては罵倒していきました。それだけならまだしも私の体に触れて成長を確認しました。アイツの祖母がそばにいたので悪ふざけにように振る舞っていましたが……あの目は……」


 彩花は体を震わせた。


 そんな彩花にレイラは同情しながら、幸弘の事を思い出した。ホテルで会ったのが初対面で会ったはず、その人間をホテルのロビーという公共の場で押し倒すというアホな行動にでた。

 更に、それが失敗したためレイラを恨み、集団強姦の計画を立てていた。


(コイツの言ってることは事実だろうな。アイツならやりかねない)


「だから、復讐しようしたのに……。桜華に入ってレイラ様にとりいって大道寺を味方につけて。なのに……」

「捕まりましたわね。書類送検されたのですよね」


 彩花は、勢いよく顔を上げてレイラを見た。抱きついたまま顔を上げたため上目遣いになった。更に泣いていたので目が潤んでいる。


(やべー可愛い)


「そうです。レイラ様が仕組んだのですよね?」


 思い切り口をとんがらして、声を大にして言った。


「私は何も知りません。勝手に捕まって医者の道がダメになり更に勘当されたのですよ」

「そうなんですか」


 レイラはその事件をネットのニュースでしか見ていないため、詳しくは知らなかった。


「ニュースで見ただけですわ」

「情報操作して、中村製薬とは無関係という事になってますしあまり大きくならないようにしたみたいです。だからレイラ様が知らないのも無理ありませんよね」


 彩花はため息をついた。


「では、よかったのではないですか?」

「はぁ?」


 レイラの言葉に彩花は目を釣り上げた。


「だって、自分の手を汚さずに目的が達成されたのでしょ。嬉しい事ではないですの?」

「確かに……そうですが。でも、この手で復讐しなくては……」

「自己満足ですわよね。憎い人間に復讐できれば自分はどうなってもいいと言うことですの?」

「……死んでもいいと思ってました」


 彩花は視線を逸らして、ボソリと言った。


「現状では気がすまないのですか?」

「……」

「では、あの方への復讐として幸せになりましょう」

「へ?」


 彩花は、レイラの顔をキョトンとした顔で見た。彼女は首を傾げて「うーん」っと何かを考え始めた。


「現在、あの方はおそらくどん底な気分ですわよね。なら、そこで虐げていた妹……いえ、娘が幸せになったら彼はどう思いますでしょうか」

「……」


 彩花は黙って、じっとレイラの顔を見た。その顔には先程とは違い明るくにこりと笑った。


「いいですね。勿論、レイラ様は力になってくれるのですよね」

「……ええ」


 ニヤリと笑う彼女にひるみながらも返事をした。すると、ずっと下にあった自分の手をレイラの背中に回すとギュッと抱きしめた。


「えっと、私(わたくし)に何をしてほしのですの?」

「うふふ。友人になってください。そして、困った時には一番に助けに来てくださいね。勿論レイラ様が困っていたら助けますよ」

「わかりましたわ」


 レイラがにこりと笑い、彼女を抱きしめる手を緩め頭をなぜると彩花は嬉しそうに笑った。

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