44限目 打ち合わせ

 リョウは家政婦派遣会社の会社要項の社長の名前を指差し出した。


「その方がどうされましたか?」

「幸弘さんの母方の祖母です。母が会社をお願いするぐらい信用しているですよね。多分ですが、この方に頼まれてレイラの婚約候補として幸弘さんの名前が上がったのではないでしょうか」

「つまり、婚約を白紙にしたことの仕返しをするために、この方のツテを使い、幸弘さんがカナエさんを送り込んだというのですか」


 ユリコの言葉にリョウは首を傾げた。


「どうでしょうか。母が信用するくらいなので公私はわける方だと思いますが……。でも、孫には甘いと言う噂……」


 リョウはユリコに返事をしながら、タブレットを指で操作し始めた。

 ユリコはそんな彼の様子を見ながら、大きく首を振った。


「そんな……すぐバレそうですよ。こんなにカナエさんと彩花さん顔が似ているですから、そしたら何か企みがあるとか思いませんか?」


 ユリコの言葉に、リョウは“うーん”と言いながら顎に手を当てて考えた。


「彩花さんは父方の祖母の家で育っています。仮にほどんど接触がないとしたら母方の祖母は彩花の顔を知らないのではないでしょうか。中村彩花さんは戸籍上、中村夫婦の娘で幸弘さんの妹なんですよね」

「……戸籍、そうですね。家政婦はほどんどが派遣登録ですから学歴不問で常に募集してます。大勢いるので、一人一人の調査は行っていないかもしれません」

「ユリコさんは社員ですよね?」

「ええ、トメさんや私は家政婦以外の技能もありますから。本当はレイラさんの次の家政婦も社員の予定だったはずですが……」


 ユリコが考え込むと、リョウは首を大きく振った。


「仕方ありません。凪(なぎ)さんは盲腸で入院しているのですから」

「そうですね。数ヶ月の辛抱ですね」


 突然、ユリコは「あっ」と声を上げた。


「派遣先の勤務地、希望はできますね。そういえば登録するときアンケート調査を行います。数ヶ月だけだから条件にあった人が派遣されたですね」


 リョウはタブレットでカナエの写真入りの履歴書を確認した。そこには中村(なかむら)と繋がる情報は一切なかった。


「カナエさんと中村彩花の関係はわかりませんね」


 リョウはもう一度、タブレットで彩花の写真を開いた。彼女は笑顔であるがレイラに向かって鋭い視線を浮かべている。ユリコがその画像を再度見て目を細めた。


「先ほどは彩花さんに目が行ってしまい、気づきませんでしたがこの写真は登校日にレイラさんの教室で撮ったものでしょうか?」

「そうですよ」

「まだ、周りに生徒が多くいますね。この時間ですとリョウさんは自分の教室にいられたと思うのですがレイラさんの教室に行ったのですか」

「いいえ、違いますよ。これはレイラさんの特待Aである山下夢乃(やましたゆめの)さんにお願いしました」

「そうですか。よくリョウさんから名前を出る方ですね」

「彼女は合理的で好きですよ」


 リョウの“悪役が何か企んでしそうな笑顔”を見て、ユリコは苦笑いを浮かべた。


「言い忘れましたが、レイラさんは打ち合わせの時私に席を外すように言いました。そのため、数分ですが、二人きりで話をしている時間があります」

「ーッ」


 ユリコは言葉を言い終わった後、リョウの顔を見てビクリと体を動かして心臓が飛び出しそうになった。リョウは鬼のような形相で一点を見た。しかし、すぐに笑顔で戻りユリコの方を向いた。その間は数秒であったが、ユリコは変な汗をかいた。


「分かりました。カナエさんの今後の動向は報告願います」

「は、はい。承知いたしました」


 リョウはいつもと変わらなぬ笑顔になっていたが、ユリコの心臓はバクバクをいつもよりも早く脈をうっていた。リョウはそれに気づいていたようであったが気にする素振りなく話をつづけた。


「先ほどの仮説によればカナエさんを通して、何かしようとしてますよね」


 リョウは眉を寄せて「めんどくさい」と呟くと、タブレットを横に置いて乱暴に椅子の寄りかかった。それから、目を閉じてブツブツと呟き考えをまとめ始めた。ユリコはそれを何も言わずに見守っていた。

 しばらく経つ、リョウはパチリと目を開けた。そして、姿勢を正すとユリコの方を向いた。


「ストーカーを使いましょう」

「リョウさんご自身のことでしょうか?」

「私はストーカーではありません。レイラさんを見守っているだけです」


 力説するリョウにユリコは冷たい視線を送った。彼はそれに気づいていたが無視した。


「そうですか。それで、そのストーカーというには以前自宅の前をウロウロしていた方でしょうか」

「そうです。私が以前捕まえて、目の前の持っていたカメラを没収した方です」


 リョウはニヤリと黒い笑みを浮かべた。それを見たユリコはゾクリと寒気がした。彼が悪いことを考えるときにする顔である。


「どなたか分かったのでしょうか? あの時は顔しか変わらなかったため正体がつまめずに終わりましたよね」

「ええ。見つけました。名前は河野(かわの)まゆらです」


 ユリコの聞いたことあった名前であったため、彼女は少し考えてから目を大きくした。


「その方は、レイラさんが図書館で会っていた友人ですよね。そういえばリョウさん会いに行ったですよね」

「ええ。顔を見るまでは彼女がストーカーだとは知りませんでした。しかし、あちらは覚えていたようで真っ青な顔してました。逃げられたら困るので知らないふりをしたのですが、結局逃げられました。それだけならいいのですが……」


 リョウは言葉を止めると暗い顔をした。そして、レイラがまゆらを抱きしめている場面を思い出し、顔を歪めた。

 ユリコは何も言わずに彼の言葉を待っていると、リョウはニコリとほほ笑んだ。


「ユリコさんは、カナエさんをお願いします。私は河野(かわの)まゆらさんと“仲良く”しますので」

「そうですか。彼女のことは以前頼まれていたので調べてあります。確認してください」

「ありがとうございます。いつも仕事が早くて助かります」


 その時、車の窓を叩く音が聞こえた。二人が振り向くとそこにいたのは運転手の港(みなと)であった。ユリコが腕にある時計を確認するとちょうど港(みなと)が出て行ってから2時間が経っていた。彼女はリョウの方を見ると彼は頷いた。そのため、ユリコは港(みなと)に向かってを上げた。すると、彼はお辞儀をすると運転席に乗り込んだ。そして、二人に声をかけると車を走らせた。


 車が走り始めると、リョウはタブレットを操作しユリコから送られてきた報告書を開いた。


 それを読んでリョウは目を細め、ゆっくりと息をはいた。そして、もう一度タブレットが画面を見た。


 少しすると車の速度が落ち、止まった。リョウは扉を開けてくれた港に礼を言うとすぐにピアノ室に向かった。それをユリコは頭を下げて見送ると、家政婦専用の家に足を向けた。

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