Mr.COMPLEX
ありゃ
プロローグ 輝石の誕生
「いいか、俺が合図をしたら作戦を開始しろ。失敗するなよ」
「りょーかい」
「それじゃあ健闘を祈る、For my justice」
「For my justice」
狭い裏路地、蜜取引なんかでよく使われそうな薄暗い一本道。周辺住民が放棄していったのだろう、道の隅にはごみの山が積み重なっている。
黒ずくめの男二人は合言葉のようなものを口にして別れた。
◇◇◇
既によい子は眠る時間。たくさんの人々で賑わう繁華街には色とりどりの装飾が施され、行きかう人の高ぶる気持ちを増幅させていた。無造作に設置された装飾ではなく、丁寧に巧みに飾られている。それゆえ、かなりの数が飾られているのにもかかわらず品性がある。繁華街全体が大人っぽい雰囲気をまとっていた。
「あなた、今日はありがとうね。私のせいで忙しいようなものなのに」
「何を言うんだい。僕は君とこうやって過ごすために苦しいことだってやってきたんだ」
幸せそうに笑みを浮かべた夫婦が高級そうなレストランから出てきて、何やら言葉を交わしている。外見からしても繁華街に並ぶ店な中ではとりわけ高級そうなレストランだ。
「それにね、ようやくわかってきたんだ。君の言っていたことがね。」
夫のほうが妻に優しく笑いかける。
「あらそう、ならよかったわ。」
妻の方も笑顔で返す。
「正しいことをしていると思っているよ。今の僕は少し前の僕よりも生を間近に感じてる気がする。全て君のおかげさ」
言われた妻は少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。
「私もよかったと思ってるわ。あなたに出会えて」
妻が夫の頬に軽くキスをした。
「ほら、早く帰りましょ」
唐突な行動だったため夫も少し驚いているようだったが、まんざらでもなさそうにしている。
二人は幸福に包まれていた。
誰に後ろ指をさされようとも、そんな指には気づきもしない。むしろ今のうちならどんな苦情も受け入れようと、そんな心持でいたのだろう。
でも、だからこそ、刺されたものが刃なら、その傷跡は・・・打たれた杭は永遠に掘り起こされることのない呪縛としてその体を蝕み続けることとなる。
幸せな時には幸福が重なればそれが何十倍にもなるように、幸せな時だからこそ不幸が重なればそれは何千倍にも膨れ上がって、抑えることは難しい。
「ねぇ、あなた、今日はこっちから帰らない?今日は特別な気分なの」
「その道は、人通りも少ないし危険だといつも言っているだろう。万が一のことがあっては取り返しがつかない。僕らには身分というものがあるだろう」
「だって・・・今日ぐらいいいじゃない。今日は二人っきりで帰りたいのよ」
確かに人気の少ない一本道だ。それまでの繁華街とはがらりと印象が変わってくる。繁華街でも大人な雰囲気は漂っているが、それはあくまでも繁華街に対する相対的な印象だ。
幸福で舞い上がった男女には、クールダウンにはとっておきに見えても仕方ないことだろう。その瞬間の妻には、まさにその道はそんな印象を与えたのだ。
「仕方ない、今日は僕もいるしいいだろう。今日は特別だ」
「あら、ありがとう」
二人は満足そうにいつもとは違う道を進んで行った。
◇◇◇
「おい、N1どういうことだ。行動パターンが計画と違うぞ。これじゃあ計画を実行できない」
建物の陰に隠れていた黒ずくめの一人が慌てた様子で連絡用の小型機器に訴えかけている。
「ああ、今日はいつもと違うみたいだな。M1仕方ないから二人が曲がった一本道を先回りするしかない。頼んだぞ」
小型機器からは存外に冷静な返答が返ってきた。もう一人はこういったケースもある程度は想定していたらしい。
「ったく、とんだはったりだぜ。汚れ仕事は俺に押し付けておいてよぉ。今回に関しては俺の責任じゃないからな」
住宅の屋根に上がり、言われた通りに先回りしつつもぶつぶつとつぶやいている。
「わかったよ、今回の報酬は山分けにしてやる」
「おいおいそんなのは当たり前だろ、これだからお前とはやりたくないんだよ」
「だまれ、計画に集中しろ。失敗したら報酬はそもそもなくなるぞ」
「ちっ、もうやってらんないねぇ」
その通りは薄暗く道を照らすのは等間隔で建てられた街頭だけであった。大体15メートルおきぐらいに並んでいる。両脇には住宅が並んでいるが、どの家もカーテンが閉じていて光は少し漏れている程度だ。遠くからでは人の顔までは見分けがつかい。
「おいおい、この道は暗すぎる。人の見わけもつかねーよぉ」
「どうにかしろ。輪郭で大体わかるだろ」
小型機器からは相変わらず乾いた声が聞こえてくる。
「おっと、もう来ちまった。もうやるっきゃねえ」
男は屋根から降りて、住宅の玄関先に身を潜めた。右手にはナイフを構えている。
「よぉうし、今に見てろぉ。俺がやってやる」
ぎゅぁ~ご
「うわぁ」
男は驚き後ろを振り向くと、コンクリートでできた塀の上に猫が横たわってこちらを見ていた。それが分かった男は安堵に胸をなでおろしたが、右手には嫌な感覚がある。
「おい、大丈夫か!おい!嘘だろ!」
男が振り向くと、ナイフを女に突き刺した自分の手と、倒れた女を必死で抱き留める夫らしき者がいた。男は必死に叫んでいる。女は大量に流血していてその場を赤く染めていた。
「やっちまった・・・」
驚いた瞬間に飛び出た勢いで持っていたナイフが女に刺さってしまったのだ。男は顔を蒼白にして後退った。
「とりあえずここは引くしかねぇ」
男は来た道を戻るようにして、暗闇の中へ消えていく。
「おい、しっかりしろ!しっかりしてくれ!へんじをじろ!っ!」
ハッと気づいたように、男は黙って周りを見た。男がいない、この悲劇を起こした張本人がいないのだ。
「あいつはどこに行った。なぜだ、なぜ逃げる。詫びは!詫びはどうしたっ!」
夫がどんなに叫んだところで男はそこへは戻ってこない。そこにあるのは、男が残した残酷な結果と虚しくも高々と響く憎悪の叫び声だけだった。
「なぜだ!なぜだぁぁ!ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
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