10_#3(終)


「クリーム増量、クリーム増量……あ、あった」


 暴人課一階、飲食スペースに立ち並ぶ自動販売機にて、真実也 基は蛭間に頼まれている缶コーヒーの銘柄のボタンを押した。ガコン、と乱雑な音をたてながら排出された缶コーヒーを取り出そうと、姿勢を低くして屈む。


「あっ!」


 缶コーヒーに手をかけたタイミングで、背後から突如発せられた何者かの声に真実也は振り返った。

 低い姿勢のまま振り返ったものの、その人物とちょうど目線が合った。大きく開かれたターコイズブルーの瞳が、真実也と自販機とを交互に行き来する。


「あ……」


 真実也はその人物に見覚えがあった。短く切りそろえられた黒髪に、140半ばほどの小柄な体。腰に差された大きな(小柄ゆえに、大きく見えるのだろう)刀を見た真実也は確信した。真実也の背後に立っていたのは、赤金班の新米警官、剣馬 畔だ。彼女が見ている視線の先を追うように真実也も自販機の方を振り返ると、先ほど真実也が購入した缶コーヒーの下に「売切」という赤い電光表示がされていた。これが最後の一缶で、後ろで並んでいた彼女も同じものを買いたかったのだが買いそびれてしまったのだろうと察した真実也は、振り返って剣馬に同情の目を向けた。しかし、それがいけなかったようだった。


「不躾で申し訳ないのですが……そのコーヒー、譲っていただけませんか?」

「ええっ」


 剣馬は大きな丸い瞳を強く瞑り、手を差し出しながら勢いをつけて頭を下げた。


「先輩に頼まれているんです!お願いします、買い取らせてください」


 剣馬は頭を下げたことで、黒髪がサラサラと重力に従って垂れた。「蛭間班長に頼まれたこのコーヒーを他人に渡すか否か」選択肢を迫られた真実也は、判断を下す前に反射的に答えていた。


「い、嫌だ」


 勢いよく顔を上げた剣馬は、太い眉を下げて真実也を見上げる。


「お願いします!これでないと、ダメなんです」

「これは班長に頼まれたものだ。うちの班長はこれしか飲まない」

「私は先輩に頼まれているんです!期待されてるんです!先輩はこれが好きなんです、お願いします、二倍、いや三倍の値で買い取ります」

「値段の問題じゃないんだ。悪いけど別のものにしてくれ、それじゃあ」

「お願いお願い、お願いします!」

「イタタ、痛い」


 踵を返し立ち去ろうとした真実也を引き止めようと、剣馬は真実也の腕を掴む。その力の強さに真実也は驚いて足を止めた。これほど華奢な体から、どうやってそんな力を出しているんだ。しかし真実也も譲らずに足を進めようとする。


「だめだって言ってるじゃないか。第一、逆の立場だったら君も絶対僕に渡さないだろう」

「初めはあんなに同情の目で見てきたのに……同情するなら、何とやらです」

「それとこれは話が違う」

「これでもいいのに」


 見知らぬ人物の声と、ピ。という自販機の選択ボタンの音で、その存在に気がついた。いつの間にか自販機の前に人が立っている。気配もなく、どうやって?真実也が混乱していると、先ほどまで真実也の腕を掴んでいた剣馬がその手を離した。


「ねむ先輩!」


 茅色の髪をしたスーツ姿の女性班員は、ぼんやりとした様子で取り出し口から「バナナ牛乳」と書かれた紙パックを取り出す。剣馬が先輩と呼んだことと、腰に刺してある刀から、赤金班の班員だと気づくことができた。剣馬はつかつかと班員に近づき、必死に訴えかける。


「いいんですか?このクリーム増量のコーヒーが一番甘いんですよ?二番目に甘いバナナ牛乳で、いいんですか?」

「いいよ」


 ねむ、と呼ばれた班員は開いているのか閉じているのかわからない瞳で剣馬、そして真実也を数秒見つめると、あくびを一つして踵を返した。


「おつかれちゃん」


 今にも寝そうな声の女性班員は、静かにその場をあとにした。取り残された真実也と剣馬はその背中を見送った後、互いに目を見合わせた。



《リビングデッド連続殺人事件は、全国を含め今回で十五件目の被害になります。警察は対策チームを立ち上げ捜査をしているものの、未だ犯人の足取りは掴めていません。警視庁は昨日、規模をさらに拡大し、大規模捜査に移行することを表明しました》


「生ける屍の確保とサンプリング。私たちの新しい任務です」


 ガラス窓の外で降りしきる雨は、街並みを鈍く濁らせている。

 河内奏太の体内から検出された謎のDNAの存在に、特殊対策班所属の警察は皆驚愕した。「リビングデッド連続殺人事件は、ただの猟奇殺人事件ではない」そう誰もが確信していた。


「リビングデッド連続殺人事件の被害は全国的ですが、中でもここ東京が最も多いのです。そこで、都内における生ける屍の捜査グループは我々蛭間特殊対策班、赤金班、黒川班、安田班、百目鬼班、印南班の六班が担当することになりました」


 デスクに座り、視線を向ける班員たちに蛭間は目を細めて微笑む。


「理性を持った暴人……生ける屍を、これ以上野放しにしてはいけません。必ず我々の手で食い止め、生ける屍の正体と真犯人を突き止めましょう」


 たとえどんな正義だろうとも、彼らの行いは許されませんからね。


 そう言って、一見穏やかに微笑んでみせた蛭間の瞳の奥に光が差していないのを、真実也は気づきつつも、きっと気のせいだと感じていた。




BLACK OUT~蛭間特殊対策班~


Sample:10 『歪』


END. 

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