いまはただ自分の時間が欲しい

シヨゥ

第1話

「地位も金もいらん。いまはただ自分の時間が欲しい」

 疲れきった職人はそう漏らす。作っているものが華やかだけに落差が激しい。

「こんな技術持たなきゃよかったと思っているよ」

 そう言って職人は手のひらを見る。

「毎日毎日朝から晩まで作品とにらめっこ。終わることなくやってくる会社からの指示書。いつになったら終わるんだろうね」

 深いため息が漏れた。取材への同席を希望した社長と広報をどうにか遠ざけたから聞ける本音だろう。

「そんなお忙しいときに時間をいただきありがとうございます」

「いやこちらこそだよ。やっと仕事から離れられたし、やっと人と話せた。それだけで今日は満足だよ」

 いったい何時間工房に詰めっきりだったのだろうか。その生気のなさに恐怖すら感じる。

「それじゃあ話そうか。ぼくという職人についてを。なに心配しなさんな。ぼくだって会社員だ。会社の不利益になるようなことはしゃべらないつもりだからさ」

 いじわるそうな笑みを浮かべる彼からどれだけ本音を引き出せるか。それが今回の勝負になりそうだ。


 後日『持つ者の苦労』というタイトルで彼への取材内容を記事にした。

 まるで職人が奴隷のように扱われている小説のようにも読める。そんな記事。

 先方からの再三の修正要求を突っぱねてまで掲載したというのにあまり反響はない。

 『これは伝えねば』と思っただけに少し残念だ。

 それでも彼から『仕事が減ってうれしい』と連絡が入ったので良しとしよう。

 次は何を取材しようか。次はもっと生き生きとしている職人と出会いたいものだ。

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いまはただ自分の時間が欲しい シヨゥ @Shiyoxu

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