喪男オヤジと婚渇ガールズ-Weekend Highway Star-

幸塚良寛

一章.安藤美佳

1.天国行

「見て見て、美佳」

 隣の席の同期で同僚、仲良くしている鴫沢加代が、声をひそめて話しかけてきた。

「フーテン課長補佐が、また、よ」

 寄せてきた顔をそっと、そちらの方へ向け、ホラホラと目線でわたしに指し示してきた。

 金曜日、午後四時半。

 株式会社石崎商事第一営業部営業一課。

 その室内に、いかにもしょぼくれた様子で一人の中年男性が入ってきていることを教えてくれた。

「きっと、専務から怒られたんだわ」

 可哀想に、今日も残業かしらと、加代がつづける。

「かもね」

 今の時間からして、もしも、何か仕事をしなければならないんだとしたら、終業までの残された時間でこなしてしまうのは無理だろう。

 気落ちした感じに背中をまるめた件の中年男性が、自分の席につくのを横目に、わたしも小さくうなずいた。

 男性の名前は、久留間くるま 鴎外おうがい

 わたしが所属する部署の課長補佐であり、上司。

 中肉中背、容姿や仕事の処理能力はごく普通。

 性格も穏和というより、地味な――総じて、可もなく不可も無しで、目立ったところのない人。

 四十代なかばの、いかにも草臥くたびれた風なおぢさんだった。

 べつに挨拶の際、威勢の良い啖呵たんかを切ったりするワケじゃないけど、苗字の読みが同じことから、有名な邦画の主人公にひっかけ、『フーテンの課長補佐さん』呼びをされてたりする。

 決してわるいじゃあないと、わたしは思う。

 でも、歳下の後輩(たとえば、その代表格が、この一課の課長)たちからも、出世競争で追い抜かれたりしていて、それとなくオワコン扱いされてる人でもあるのだった。

 でもって、

 無能……とは思わないけど、かなりな頻度ひんどで専務をはじめの上役たちに呼び出しを受け、しばらくの後、いまみたいにガックリ肩を落として帰ってくるのだ。

 昔、なにかをやらかして、それで会社のえらい人たちから睨まれているのかも知れない。

 仕事ぶりはマジメだし、部下わたしたちに威張り散らしたりもしないし、もちろん、ハラスメントなんかもまったくしない。

 むしろ部下のしくじりなんかには、率先してフォローやら取引先への謝罪やらをしてくれる。

 仕事の面では頼りにして良い上役なのだ。

 地味でも、わるい人じゃあないんだけどなぁ……。

 不遇な星の下に生まれてしまったのかしらん……。

 と――

 そこで、終業を告げるチャイムが鳴った。

「それじゃね、加代」

 とっくに退社の準備はすんでいる。

 わたしは一言、隣席に声をかけると席を立った。

「お~、お疲れ~って、そんな急いでるってことは……、もしかして、デート?」

 にしし……と笑いながら加代が言う。

「ま、そんなとこ」

 ご想像におまかせするわと、かるくいなして、じゃあねとわたしは手を振った。

 部屋から出る時、ちらっと見ると、久留間課長補佐は机にむかい、なにやら作業をしているようだった。

 ぜったい自分の仕事を部下に押しつけたりはしないのよね。部下としては有り難いし、その点はすごいと感心もする。

 上司としての評価にプラスのポイントを加算しながら、すこし急ぐ。

 加代の指摘どおり、わたしのスケジュールにはデートの予定が入っている。

 でも、残念ながら(?)、それは今日これから、じゃなくって、明日のはなし。

 だから、そこまで急々じゃないけど――でも!

 もしかして、もしかすると、明日のデートはわたしにとって、すごくすごくすごく大事なものになるかも知れない。

 忘れられない日になる……かも知れない。

(北島さん……)

 街コンで知り合い、現在、交際している男性の顔がうかんで、わたしは頬があつくなるのをおぼえた。

 足取りが自然と速さを増す。

 まだ若いのに会社を経営していて、ハンサムで……。

 とても優しくて、話題も豊富。

 まだ何回かしかデートもしていないけど、でも、一緒の時間は楽しくて、とてもドキドキして、そして、あっという間に過ぎてしまう。

 あぁ、わたし、きっと彼に恋しているんだなぁ。

 ウン!

 明日も楽しい一日にするために、今日はしっかり睡眠をとって、なにより準備を万端に整えなきゃ。

 そ、それで……、

 ま、まだ……、まだ早い、とは思うんだけど、でも……、も、もしも、け、結婚とか申し込まれちゃったら……、どうしよう……?

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