水月の友達

 三度目となると驚きは少なかった。

 ベッドに腰掛けた水月はやはり無表情だ。


「流石に寝ていないと思うのだけど……」


 入部届をどうするか悩んでいる間に寝てしまったのだろうか。

 そして夢の中で気持ちを整理したと。

 我ながら器用すぎないだろうか。


「寝て?」


 小首をかしげる水月。

 幼さの残る動作は大人びた容姿とのギャップにより破壊力抜群だ。

 俺の頭が見せているにすぎないのだが。


「いや、なんでもない」


 水月に話しても仕方がないことだ。


「それは何?」

「ああ、入部届だよ。アンナに誘われて……アンナのことは知ってるか?」


 遥のことは知っていたのでおそらくーー


「うん。知ってるよ」

「だよな」

「たまにお話しする」

「お?」


 遥の時とは違う物言いに思わず声が漏れる。

 一方的に知っているのではなく、友人設定のようだ。

 何故なのか。


「へえ、アンナと友達だったのか。付き合いは長い?」


 考えても仕方がないので気にしない方向で話を進める。


「うーん……」


 指を折って数える水月。


「七年、ぐらい」

「七年ってことは俺と入れ替わりで知り合った感じか」

「海斗もいたよ?」

「あれ、俺もいたの?」

「海斗が紹介してくれた」


 そういうことになっているらしい。

 その方が自然か。


「そっかそっか。まあ何であれ水月とオマケでアンナに友達がいて良かったぜ」


 水月はもちろんアンナも友達が少なさそうだからだ。

 ……友達になりたいと思っている人は多そうだが。


「そうなの?」

「水月はまあマスコットガール的に愛されそうだけどアンナがなあ。憧れの存在すぎて孤立しそうで」


 実際しているのではないだろうか。

 部員も集まっていなかったらしいし。

 声をかけていなかっただけだろうか。


「アンナは人気者」

「まあ人気はあるよな。下級生とか男子からは特に」


 食堂での視線を思い出す。

 仲間を知ったらどんな反応をするだろうか。


「あれはあれで需要はありそうだけど」

「需要?」

「いやこっちの話。そういえば水月はアンナとどういう話をするんだ?」

「海斗の話」

「俺のか……」


(そうなるよな)


「七年間ずっと海斗の話」

「え、それは流石に怖いぞ。スイーツの話とかファッションの話とかはしないのか?」

「スイーツの話はする」


 即座に前言撤回となったが、水月の眼はキラキラと輝いている。

 眼の中にケーキやらクレープやらスイーツが渦巻いている……気がする。


「アンナは美味しいスイーツいっぱい持ってる」

「アンナなら本当に良い物を知ってそうだなあ」


 お金持ちっぽいし。


「凄く美味しいの」


 瞳の輝きが更に増す。

 よだれを垂らさないか心配になる勢いだ。


「そんなに美味しいなら俺も食べてみたいな」

「アンナに言っておく」

「水月が食べたいだけじゃないのか?」

「っ!」


 水月が首をぶんぶんと横に振る。

 あまりにわかりやすい水月の姿に自然と口角が上がる。

 だが、水月は気に食わなかったらしく眼を僅かに細め、


「海斗信じてない」

「ふふっ、信じてるよ」

「信じてない」

「信じてますよ」

「むう」


 ふくれっ面、で合っているのだろうか。

 視線を逸らす水月の横顔は拗ねているようにも見えた。


「ごめんごめん。三人で一緒に食べられたら良いよなって思っただけだよ」

「……うん。私もそう思う」


 本当に現実になってくれたら良いのに。

 水月の穏やかな、それでいて寂しげな横顔にそう思わずにいられなかった。

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