ユキ来訪
「おっそーい!」
七海家の前で可憐な少女が頬を膨らませていた。
年の頃は13、4といったところだろうか。
「どうしたんだいお嬢さん、迷子かな?」
「殺す!」
風貌に似つかわしくない怒気をはらんだ声、ソプラノボイスでも恐怖って引き起こせるものなのか。
麦わら帽子に隠れて表情は見えないが、眉間にしわが寄っているのは想像に難くない。
「やめてくれ家の前で殺人事件を起こしたくない」
「お前が悪い! 遅刻した奴の態度か!」
「あらやだ、最近の中学生は口が悪いこと」
「よーしわかった! その口縫い合わせてやるわ!」
遥の後だとユキはまるで清涼剤だ。
会話の主導権を握っている感が良い。
「悪い悪い。でも、ちゃんと送っておいただろ。何で中で待ってないんだ?」
「バカか! 一人で入れるわけないだろ! ……ちゃんと挨拶もしたことないのに」
もじもじと恥ずかしそうに身をくねるユキ。
物怖じしない性格だと思ったがそうでもないようだ。
これがアンナなら言われなくても中で待っていただろう。
何なら七瀬さんと談笑してすらいそうだ。容易に想像できる。
「それもそうだな」
そもそも居候としてお世話になっている癖に対応が完全に実家のそれだった。
七瀬さんや力さんが親身になってくれるのもあって、いつの間にか遠慮がなくなっていた。
(まあ、二人は喜んでくれそうだけど)
七瀬さんからはちょいちょい「本当に息子になっても良いのよ」とお誘いを受けているくらいだ。
決まって七海が騒ぐので返事をしたことはない。……流石に断るが。
「まあ、あれだ」
何と言って良いかわからないので煮え切らない態度を取ってしまう。
上がってくれ、は本格的に実家だ。かといって他にどう言えと。
「あら」
困っていると玄関から七瀬さんが登場。
いつも通り人の良さそうな笑顔で俺とユキを見比べる。
「こちらがお友達? 中々来ないから心配してたのよ」
「すみません七瀬さん。一人では入り辛かったようで。こいつは皆木有希、昔仲間の一人です」
「は、はい! 皆木有希です! よろしくお願いします!」
ガチガチに緊張するユキを見て七瀬さんは笑みを深くする。
「ユキちゃんね。海斗君が女の子の友達、しかもこんなに可愛い子を連れてくるなんて初めてよ。ふふっ、やるわね海斗君」
「かわっ!? そ、そんなことありません! お母さんの方が美人で可愛いです!」
ユキは顔を真っ赤にし、両手をぶんぶんと振りながら否定する。
非常に愛らしい。
「確かに七瀬さんは高校生の娘がいるとは思えないくらい美人だけど、ユキだって凄く可愛いぞ! 自信を持て!」
「ば、バカ野郎! お、おおおお母さんの前でそんなこと言う奴があるか! そういうのは二人きりの時に言えやー!」
「あらあら、本当に仲が良いのね」
「おけおけ、一旦落ち着こうか」
聞きようによっては誤解を招くことを宣うユキを落ち着かせるため、深呼吸をさせる。
すーはーすーはーすーはー。三度で息が整う。
「あれ? 高校生の“娘”?」
「ん? それがどうかしたか?」
「…………んんん???」
突如として自分の世界に入ってしまったユキを俺と七瀬さんは見つめる。
十秒ほどして現実世界へと戻ってきたユキは、
「海斗、何でお母さんに他人行儀なんだ?」
その言葉でユキのフリーズの原因を理解する。
そういえば、ちゃんと伝えていなかった。
遥や奏は当然としてアンナも居候の件は知っているので、すっかりと抜け落ちていた。
「あー、この人は天海七瀬さん。母さんの妹、つまり叔母なんだ。んで、居候させてもらってるってわけ」
「はーい、海斗君の叔母の七瀬でーす。海斗君の従妹、天海七海ちゃんのお母さんでーす」
「へ? そうなの?」
「おうよ」
「…………中で待っててとかよく言えたな。居候の自覚なしかよ」
「はっはっは、俺もさっきそう思ったぞ」
「はっ」
あらやだ、冷たい視線。
「良いのよ、そうしてもらった方がオバサンも嬉しいから」
「うっす恐縮っす」
「オバサン、こいつ甘やかさない方が良いですよ? すぐ調子に乗るんで」
「ありがとうユキちゃん。でも、本当にうちの子になるかもしれないから良いのよ」
「ッ!? そ、それって……!」
「いやー、お誘いは嬉しいですけど流石に養子には」
今日は場をかき乱す七海がいないので、やんわりとだがちゃんと断っておく。
「ふっふっふ、それ以外にも方「だー! はやくゲームやろうぜ! な! な!! な!!?」
七瀬さんの言葉を掻き消すかのようにユキが咆哮を上げた。
「ちょ、ちょっと待てよ。いきなりどうした。七瀬さんが話してる途中だったろ?」
「い・い・か・ら! オバサン、お邪魔します!」
「はーい、いらっしゃいませー」
話を遮られた形になった七瀬さんだが、気にする様子もなくユキを招き入れる。
大したことではなかったのだろうか。
「ユキちゃん、海斗君の部屋は二階よ。それと後でお菓子とジュース持っていくわね」
「ありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「……オバサン、後で出かけた方が良いかしら?」
「へ?」
「~~~~~っ!? だ、大丈夫です!」
顔を真っ赤にしたユキに引っ張られる形で二階に。
はて、七瀬さんは何が言いたかったのだろうか。
ユキには伝わっているようだが、聞いても教えてくれないのは火を見るよりも明らかだった。
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